第9話 武術とは
カラン
「おお、ゼロラ。戻ってきたのか。……ん? そっちの若いのは?」
「待たせてすまないな、イトーさん。こいつはさっきそこで知り合った――」
「俺は、オレジャン!」
「……は?」
店に戻った俺に対して、イトーさんは開口一番に一緒にいた若造について尋ねる。
そしてその問答に対して「訳が分からない」といった顔で返す。
まあ、そりゃそうなるよな。
「おい、その言い方じゃ伝わらないって言っただろ……。ちゃんと間をおいて名前を言え」
「え~、めんどくせえじゃん。俺の名前は、"オ・レイ・ジャン"、じゃん」
そう、こいつの名前は"オ・レイ・ジャン"。
早口で述べると「俺じゃん」と聞こえてしまう。
ふざけた名前に聞こえるが、れっきとした本名らしい。
「あ、ああ……そういうことか。変わった名前なんだな……」
「そうじゃん? よく言われるけど、俺はそうも思わないじゃん?」
おまけに、こいつ自身には自覚が無いときている。
今までよくそれで生活できてたな……。
「こいつは俺の戦い方に覚えがあるらしい。それなら、何か俺の過去についても知っていると思ってな」
「そこまで保証はできないじゃん。俺も師匠の教えや文献で武術のことを知ってるだけじゃんし」
ジャンには俺が記憶喪失であることは、ここに来るまでの間に軽く説明をしておいた。
ジャンも状況を理解したうえで、知っている限りのことは教えてくれるそうだが、あくまで武術に関することしか教えられないらしい。
「悪いんだが、イトーさん。仕事の話の前に、こいつの話を聞かせてくれ」
「そういう事情なら構わないさ。ジャン、だったな。ゼロラは俺のダチなんでな。すまねえが協力してやってくれ」
イトーさんの了承も得て、俺達はジャンの話を聞くことにした。
■
「ゼロラさんの武術…… さっきの喧嘩で見せてもらったじゃんけど、大きく分けて三つのスタイルに分かれてるじゃん。一つ目はパンチとフットワークを主体にした<ボクシング>。二つ目は強固な守りと一撃に重きを置いた<空手>。三つめは組技を主流とした派手さのある<プロレス>。俺の知る限りだと、その三つのスタイルを使ってるじゃん」
<ボクシング>、<空手>、<プロレス>――
俺が普段何気なく使っていた武術には、そういう名称があったのか。
「ただ、これらは全部俺も文献からの推測になるじゃん。実際の武術とは多分差異があるじゃん。だけど、普通武闘家は一つのスタイルをベースにして戦うのに、ゼロラさんは三つものスタイルを満遍なく使い分けてたじゃん。これって結構すごいことじゃん」
「すると、ゼロラは元々武術の達人か何かってことか?」
ジャンの話を聞いてイトーさんがそんな疑問を口にする。
「少なくとも、並の武闘家じゃないのは確かじゃん。でもそんなにすごい武闘家だったら、俺も存在ぐらいは聞いたことがありそうじゃんけど、ゼロラさん程腕の立つ武闘家の噂は聞いたことがないじゃん」
ジャンは王国内の武闘家事情には精通しているらしい。
そのジャンでも知らないとなると、俺の過去に関することは手詰まりとなってしまった。
「もしかしたら師匠――俺のじいちゃんなら心当たりがあるかもしれないじゃん」
「お前のじいさんが?」
「じいちゃんは若い頃武者修行で世界中の武術を見て回った、凄腕の達人じゃんよ。じいちゃんならゼロラさんのことを何か知ってるかも」
ジャンの祖父の師匠か。
俺が元々武術の達人だったとするならば、世界中を回った武術の達人が何か知ってるかもしれない。
「なあ、ジャン。もしかしてお前さんのじいさんってのは"チャン老師"のことか?」
「おお! よく知ってるじゃんね!」
チャン老師?
俺の聞いたことがない人名がイトーさんの口から出てきて戸惑ったが、イトーさんは説明を付け加えてくれる。
「チャン老師ってのは、このルクガイア王国でも名の知れた武術の達人だ。国王からも何度か声がかかって、武術師範を務めてたこともあるって話だ」
国王から声がかかるほどの達人か。
そんな人からの話ならば記憶のことでなくても、純粋に武術に関する興味もわいてくる。
一度会って話を聞きたいものだ。
「ってか、イトーさん。よくジャンがそのチャン老師の孫だってわかったな」
「あ、いや。ジャンの本名って"オ・レイ・ジャン"なんだろ? それで気づいたっていうか……」
「俺のじいちゃんは、オジーチャンじゃん」
『俺のじいちゃんはおじいちゃん』?
また訳の分からない物言いを――
――いや、待て。
まさかそのチャン老師のフルネームは――
「お前のじいさんの名前を、間を空けて言ってみてくれ」
「え? また? "オ・ジー・チャン"じゃん」
なるほど。ジャンとチャン老師が血縁関係であることがなんとなくわかった。
「ジャン。お前の家系って、変な名前の付け方をしなきゃいけない義務でもあるのか?」
「そんなに変じゃんか?」
そしてやはり自覚無し。なんて面倒な名前の家系だ。
「……で。そのチャン老師ってのはどこで会えるんだ?」
「今は王都の、その……"壁周り"にいるじゃん」
「はぁ!? チャン老師ほどの人が、なんだって"壁周り"なんかに!?」
俺がチャン老師について尋ねていると、イトーさんがひどく驚いた顔をした。
"壁周り"ってのは何かある場所なのか?
「詳しいことはじいちゃんに直接聞くといいじゃん。機会があったら寄ってみるじゃん。あ、それとこれも渡しておくじゃん」
そう言ってジャンは一冊の分厚い本を俺に手渡してくれた。
「それはじいちゃんが書いた武術の本じゃん。その本にはじいちゃんがこれまでに経験した、古今東西様々な武術が記されてるじゃん」
「そいつは読み応えがありそうだな。有難くもらっておくぜ」
記憶の話は別にして、武術に関する本というものには興味がある。
ゼロラと名乗るようになってから、本なんてほとんど読んでいなかったが、この本は暇があるときに目を通すようにしよう。
「それじゃ、俺はお暇するじゃん。ゼロラさん、仕事の邪魔して悪かったじゃん」
「いや、こっちこそありがとよ」
そう言ってジャンは酒場を後にした。
明確な記憶のヒントは見つからなかったが、それでも武術に関する収穫はあった。
そうして俺はイトーさんと本題である仕事の話に戻るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます