第8話 灸を据えて
「どっからでもかかってこい。世間知らずのガキどもが」
店の外に出た俺は難癖をつけてきた三人の冒険者を挑発し、先に手を出させるように仕向ける。
丁度いい機会だったので、この二年間で俺が身に着けた――いや、あるいは思い出した格闘術の試し打ちをすることにした。
「な、舐めやがってぇ! オラァアア!」
まず一人目が素手で殴りかかってきた。
俺は両手の拳を顔のあたりまで上げて体の力を抜き、軽くステップを交えて難なく躱す。
相手は続けざまにこちらの顔面狙いでパンチを何度も放ってくるが、俺は上体を後ろに下げたり屈ませたりして、すべて躱しきる。
それを何度も繰り返している内に、パンチが空を切ることへの苛立ちと疲れが相手に見え始める。
「ん? どうした? 一発も当たってないし、俺はまだ一発も殴ってすらいないぜ?」
「ち、ちくしょお! なんなんだよ、このおっさん!?」
俺の挑発に乗り、怒り任せに大きく振りかぶった拳を振り下ろしてくる。
実に単調な攻撃だ。店では偉そうにしてたくせに、まるで大したことがない。
「このスタイルでのウォーミングアップは終わりでいいか」
軽くそうつぶやいた後、俺は相手のパンチを躱し際に左ボディブローを一撃打ち込む。
ボゴムッ!
「おごぉ……!? お、おぉ……」
たったの一撃だったが、食らった相手は地面に膝をつき、腹を抑えて悶えている。
「てめえは基礎からなってねえな。まずは身体を作り直すところから始めろ」
「な!? 一撃だと!? このクソおやじ! 何か細工したんじゃねえだろうな!?」
俺の前に二人目が抗議をしながら躍り出てきた。
「別に大したことしてねえよ。ただ、こいつの肝臓を狙って殴ったからな。当分は息をするのも苦しいだろうよ」
「カ、カンゾウ? 訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」
いきり立った二人目は、長棒を構えてこちらに襲い掛かってきた。
「棒術か。こっちもスタイルを変えてみるか」
俺は先程のスタイルを解き、今度は拳は下段に置いて、体はずっしりと軸がぶれないように重く構える。
「ウラァア!」
「フン!」
横薙ぎされた長棒が俺の身体に当たりかけるが、それを腕を使ってガードする。
頭目がけての振り下ろし、脛への足払いと、打ち込み方を何度も変えてくるが、それら全てを腕と脚で完全に防御する。
「くそ! さっきは避けてばっかりだったくせに!」
「棒術はガードの練習にちょうどいいと思ったんでな。まあ、この程度の威力じゃ直撃しても大して痛くないだろうが」
「な……!? 舐めてんんかぁあ!? このおっさんがぁあ!!」
俺のその一言にキレてしまったのか、大きく振りかぶって最大の一撃を放とうとする。
だが――
「攻撃が大振りすぎる。小技も身につけておくんだな」
バシンッ!
――相手の一撃が放たれるよりも先に、俺の右上段蹴りが相手の顔面へと放たれた。
その一撃で気を失ったのか、地面へと倒れこむ。
「さて、残りは一人――」
「く、くそがぁああ!!」
最後の一人がヤケクソとばかりに、ナイフを構えて俺の方へ突進してきた。
「おい。刃物はさすがに危ねえだろうが」
俺は最後の一人が持ったナイフを叩き落し、相手を仰向けにして俺の肩の上へと持ち上げる。
「は、離せ……!」
「さすがにガチで殺しに来た相手に、容赦はしねえぞ」
持ち上げた相手の首と脚を両腕でロックし、そのまま一気に下ろす。
ボギギィ!
相手は弓ぞりの姿勢で関節を鳴らし、そのまま泡を吹きながら白目を剥いてしまった。
「……ったく。手間とらせやがって。肩慣らしにもなりゃしねえ」
最近の冒険者は数ばかりで質も品も落ちてきているような気がする。
こんなのの相手をしていても、俺の苛立ちは増すばかりだ。
貴族からの汚れ仕事の依頼といい、最近の俺の精神衛生はよろしくない。
だが、愚痴ってばかりもいられない
あまりにあっけなくぶっ倒れた若い冒険者三人を尻目に、俺はイトーさんの店へと戻ろうとした。
パチ パチ パチ
「ん?」
「いやー、中々見事じゃん! 力の差がありすぎて、全部の実力は見れなかったみたいじゃんけど、良いもの見せてもらったじゃん!」
俺に向かって拍手しながら、「じゃんじゃん」うるさい若造が俺のほうに向かってきた。
なんだこいつは? 俺とこの三人の喧嘩を見物してたのか?
「どうやら、ゼロラさんの実力は噂通りじゃん。マジでステゴロの実力がパネーじゃんよ」
「なんで俺の名前を知ってるんだ? ……あと、もうちょっと分かりやすい言葉で話してくれ」
「ああ、すまないじゃん。ゼロラさんのことは、さっき酒場で店の人に聞いたじゃん」
ああ、イトーさんの店にいた客の一人か。
顔なじみも何人かいるし、あそこで俺の噂を聞いたってことか。
「じゃあ、なんで俺の喧嘩を盗み見るような真似をしてたんだ?」
「実は俺も武闘家の端くれじゃんよ。武術の知識に関しては結構自信があって、ゼロラさんの戦い方にも興味があったじゃんよ。実際、ゼロラさんの武術は俺が知る武術の中にあるものも多かったじゃんよ」
俺の技を知っているだと?
俺が使った武術の数々は、元々俺の体が覚えていたものがほとんどだ。
もし、その武術のルーツが分かれば俺の記憶を取り戻すヒントになるかもしれない。
「なあ、あんた。悪いんだが、俺の武術について知ってる話を教えてくれねえか?」
「お? そっちから食いついてくるじゃん? まあ、俺もゼロラさんとは色々語りたかったじゃんよ」
好都合だ。向こうも話したいことがあったなら、丁度会話の種にもなる。
俺も知らない俺のことを理解できる、この上ないチャンスだ。
「ところであんた、名前はなんて言うんだ?」
「ああ、俺ね。俺は、オレジャン」
まず、この若造の言ってる言葉の意味が理解できなかった……。
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