第38話 暴動
「…守護者様。足元にお気をつけください。」
建物や地面が破壊され、おおよそ足場とは言えない険しい″瓦礫の道″……
「…ああ、すまない」
その瓦礫の中を歩く一団……
その中心には、″守護者″の姿がある。
そして、その守護者を囲むように。
″護衛″として、守護者を都市外に避難させる役割を請け負った、″ランスロット騎士団″の騎士達…
「…みなに申し訳がない。本来ならば、私も王女達と一緒に市民達の救出にあたるべきだったろう……」
自分を責め立てるように呟く守護者に、同じく″護衛部隊″の一人として同行していた″魔道士″ソフィア・ニコラウスが言葉を返す。
「…守護者様。この国の″最高権威″たる貴方様は、誰よりも安全な場に身を置かなければなりません…
守護者様の身の安全を、我々は死守いたします…」
ソフィアの言葉に、やはり″守護者″は自嘲気味に笑う。
「…最高権威、か……」
自分の立ち位置の大仰さと現実のギャップに、彼はひどく荒涼とした気持ちになった。
「民も守れずに、何が″最高権威″だと言うのか……」
「……みなさん。
…足を止めてください…」
守護者の護衛部隊を率いるランスロット騎士団団長のグレンヴィルが、一同を制止した。
「……囲まれて、いますね」
グレンヴィルの傍らにいた女騎士が、彼に言葉を返す。
彼女は、ランスロット騎士団の副団長、オードリー・ファジェットだ。
金髪の髪を後ろにまとめた、端正な顔立ちをしている。
グレンヴィルの腹心なだけあって、確かな実力者だ。
「オードリー。
…何があっても、守護者様の命だけは死守するんだ…」
グレンヴィルが、そう指示する間に、彼らの周囲を取り囲むようにして——
大勢の——武器を携えた人間たちが現れていた。
その集団は、斧やら鍬やら鉄の棒やら…まるで急ごしらえで武装したかのような、非統一的な装備だった。
「彼らは…市民か何か、でしょうか?」
「…それはわからん。だが連中を見てみろオードリー。とても殺気は隠せていない」
すべからく、それは明確な事実だった。
武器を携えた彼らは、今にも襲いかかってきそうな″異様″な興奮状態にあるように、見えた。
そして、彼らの″標的″は間違いなく…
「———死を…」
一人の男がおもむろに、こちらへと足を進めて来る。
そして……
「———守護者に、死を!!!」
その男の怒号とともに、全員が武器を振りかざして——
一斉に襲撃をかけてきた。
「応戦態勢を!守護者様を守れ!!」
グレンヴィルの発令とともに、ランスロット騎士団の騎士達が、剣を抜く。
「やはり、分離主義者達か!!」
分離主義者とは、″守護者″を神の化身として崇める「青の教団」の教義に異をとなえ、守護者の排除を図ろうとする者…
その勢力は、「分離主義勢力」と呼ばれていた。
「守護者様!どうか離れないように願います!」
グレンヴィル騎士団長が、守護者を誘導し、″分離主義勢力″の攻勢から遠ざけようとする。
「守護者を殺せ!!」
分離主義者たちが容赦なく、守護者へと攻撃を加えようとしていた。
しかし、連中に遅れを取るランスロットの騎士達ではない。
騎士団の団員達は、その流れるような剣捌きで、襲撃者達の攻撃を防ぎ、時に″いなし″ながら彼らの隙を突いて、頭部や急所に打撃を加える。
「ぐはっ!!」
襲撃者たちは、ランスロット騎士団よりはるかに人数が多かったが、騎士団員の巧みな技術によって、一人、また一人と無力化されていく。
″極力、命を奪わずに敵を無力化する″
それは、グレンヴィルを団長とするランスロット騎士団の流儀であった。
騎士たる者は、不必要にエストリア国民の命を奪ってはならない。
たとえそれが、守護者に刃を向ける者であっても……
それこそがグレンヴィル騎士団長の信念。
「……あれだけの人数を相手にしながら、命を奪わずに気絶させるとは……」
守護者は、騎士団の戦いを見て賞賛の声を漏らす。
「…あの程度の相手ならば、余裕です。」
グレンヴィルが守護者に言葉を返す。
それは過信、というものではなく。純然たる事実だった。
ランスロット騎士団に限らず、″騎士団″の名を冠する戦闘員達は、エストリア王国の精鋭部隊だ。
こと戦闘においては、一般人に「毛が生えた」程度の戦闘能力しか持たない者では、まるで相手にならない。
しかし、だからこそ。
″騎士団″と相対することが出来るのも、
また″騎士団″なのである。
「守護者様、こちらへ……」
騎士団と共に守護者を護送するソフィアが、守護者を″都市外″へ通ずる道へと誘導する。
…その時。
新手が現れた。
それは紛れもなく、″守護者″を標的にしていた。
しかし、それは″分離主義勢力″の襲撃者とは、明らかに異なった″動き″をしていた。
「———何だ!?」
まるで弾丸のごとく疾走してくるその人影。
グレンヴィルが反応し、剣を構えたその刹那——強烈な拳による″刺突″のごとき攻撃が、守護者の喉元を狙う——が、その疾走してきた″襲撃者″による拳は、間一髪のところでグレンヴィルによって防がれた。
「……まあ。今のわたくしの攻撃に反応出来るとは、さすがはランスロットの騎士団長…ですわね。」
″守護者″を狙ったその人影……
それは″仮面″を被った襲撃者だった。
(…こいつ、何者だ……?
他の″分離主義者″たちとは違う……)
グレンヴィルの握る剣に、力が込められる。
目にも止まらぬスピードで突如現れたこの仮面の襲撃者は、他の分離主義者達とは、明らかに戦闘能力が違う……彼女の攻撃を受け止めた時、グレンヴィルは即座に理解した。
「…お前、何者だ?
分離主義勢力とは違うな?」
グレンヴィルと問いかけに、仮面の″襲撃者″……丈の短いスカートとドレスをはためかせたその少女は笑った。
「…ふふ。私は、分離主義勢力ですよ?
守護者様の命を、頂戴しに参りました…」
顔が仮面で隠れているとは言え…グレンヴィルには、この少女が何者なのか、すぐに理解出来た。
「…とぼけても無駄だ。
お前の正体はわかっている。その声……
お前は″シュヴァルツ騎士団″の団長、アンバー・フェアファックス……」
しかしグレンヴィルが言い終えるよりも前に、仮面の襲撃者は、その驚異的なスピードでグレンヴィルに接近していた。
(……速い!!)
それは、歴戦の騎士たるグレンヴィルですら、反応するのがギリギリというほどのスピードだった。
彼女はグレンヴィルに急接近し、強烈な跳び膝蹴りを見舞った。
グレンヴィルはそれを両腕で受け止めた。
小柄な彼女からは想像もつかないようなパワーで、両腕が激しく痺れる——
籠手をしていなければ、おそらく腕が折れていただろう。
「…グレンヴィル騎士団長?
無駄話は、やめましょう。
これは命のやりとりです……
殺るか、殺られるか、ですよ?
それにわたくしは、フェアファックスではありません。″ただの″分離主義勢力の一人、ですわよ?」
「フェアファックス……これはスペンサー卿の差し金か?
騎士団″強硬派″はこの混乱に乗じて、ついに守護者様にまで手をかけるつもりか?」
あくまでグレンヴィルは、今目の前に相対するこの少女が、騎士団強硬派の一角たるアンバー・フェアファックスであることを疑わない。
「グレンヴィル様。あなたにはここで、死んでいただきましょう。」
フェアファックスはそう言うと、指を鳴らした。
彼女が合図をすると同時に、新たな伏兵が現れたのだった。
その伏兵達は、フェアファックスと同様に、「仮面」をしていた。
「…下手な偽装だな。それで正体を隠したつもりか?…シュヴァルツ騎士団よ。」
アンバー・フェアファックスを騎士団長とする、″シュヴァルツ騎士団″。
騎士団″強硬派″の一角で、全騎士団内でも、序列は高位に位置する。
団長であるフェアファックスを筆頭に、高い戦闘能力を持っている。
そして話し合いをする余地もなく…
シュヴァルツ騎士団の団員達は、グレンヴィルへと攻撃を加えた。
「ちっ!」
グレンヴィルは、シュヴァルツ騎士達の剣撃を、冷静に躱しつつ、その剣の軌道を受け流す。″並″の人間ならば、ここで反撃を加えてダメージを与えることが出来るが…シュヴァルツ騎士達にはそう易々と、反撃を許してはくれなかった。
シュヴァルツ騎士達は、グレンヴィルのカウンター攻撃を受け止めつつ、複数人でグレンヴィルを包囲するように、間隙なき攻撃を加え続けた。
(やはり無力化するなどという安直な考えでは、彼らを止めるのは酷だな……)
″不殺″を信条とするグレンヴィルだが、それを可能にするのは、圧倒的な戦力的優位がある場合のみ。
こと実力者が相手ならば、″手心を加える″余裕など、なくなってしまう。
(本気でやらねば、こちらが殺られる、か……)
シュヴァルツ騎士団の猛攻を受けつつ、しかしグレンヴィルは頭の中で…冷静に″スイッチ″を切り替える。
「本当は殺したくはない、が…」
敵の攻撃を受け流し、グレンヴィルは強烈な肘鉄を、シュヴァルツ騎士の顔面に見舞った。
——そして間髪入れずに、隙を見せた敵の首元を、剣筋一閃——
グレンヴィルの剣撃が、シュヴァルツ騎士の一人の首を、斬り落としていた。
「シュヴァルツ騎士が相手では、やむをえない……!!」
″不殺″を標榜するグレンヴィルは、即座に頭を切り替えて、″敵を殺す″という本気の戦意を激らせた。
味方の″首″を落とされたシュヴァルツ騎士達は、その″スイッチ″が切り替わったかのようなグレンヴィルの表情に……その気迫に気圧された……
しかし、シュヴァルツ騎士団長のフェアファックスだけは、むしろグレンヴィルの″豹変″ぶりに、満足そうな笑みを浮かべていた。
「そうです……本気でかかってきてください、グレンヴィル様……
あなたに″不殺″は似合いませんわ……」
「……ご無事ですか?デュラン長官……」
「……君は……?」
「クールベです。ドクター・クールベ…」
先の大地震の後、″司法院″長官のロベール・ド・デュランは、建物の倒壊に巻き込まれて気絶していたが、奇跡的に一命は取り留めた……
「私は……そうか。
あの地震に巻き込まれて、気を失っていたのだな……」
自己に起きた出来事を冷静に分析するデュランは、即座に他の者達の身を案じる。
「…アルベール市民達は!?
他の者達は、どうなった!!
…無事なのか……?」
「…デュラン長官。
街は壊滅的な被害を受けています。
今現在、医師や教団員…魔道士や騎士団達が総動員で、人名救助にあたっているのです…」
デュランの問いに答えるのは、医師団を指揮するドクター・クールベであった。
「なんということだ……」
デュラン長官は周囲を見渡し、中央広場の仮設救命場に溢れる死者や重傷者の光景を見て、絶句した。
「…私もこうしてはいられない。市民達の救助を……」
デュランが立ちあがろうとするが、体幹の骨がいくらかやられているようで、激しい痛みが彼を襲った。
「うっ……!!」
「デュラン様。どうか無理をなさらないでください…!
頭部に衝撃を受けております上、骨にも異常があるかもしれません…
どうか今は、安静に……!」
立ちあがろうとするデュランを、ドクター・クールベが制止しようとする。
「…いや、この程度なら大丈夫だ。
…これでも体は丈夫なほうでね。
今も死の瀬戸際にいる市民達がいるのに、私一人だけ何もしないわけにはいかないだろう。
それとも。私が動くと足手まといになる、かね?ドクター。」
「いえ、そういうわけでは……」
実務的なデュランは、負傷しているにも関わらず、ドクターの制止を振り切ろうとする。
自分一人だけが、安全な場に留まるわけにはいかないという、彼の矜持か。
「私のことはいい。ドクター・クールベ。
君は君の仕事をしなさい。
…私も、私の出来ることをするさ。
…そういえば、フランソワは無事なんだろうか…」
デュランはそう言うと、一人でにとぼとぼと歩いて行った……
「……あの炎は、一体何です?」
アルベール中央区で指揮を執っていたシャーロット王女は、都市の北側から火の手が上がっていることに、気づいた。
「…嫌な予感がしますな。」
魔法院長官のゲーデリッツが、不穏な調子で声を漏らす。
「火災か、あるいは———」
「シャーロット王女!!」
考える間もなく突然、衛士の一人が駆け寄ってきた。
「一体何事です?」
王女の問いかけに、衛士は必死に息を整える。
「はぁ…はぁ…
北区を、調査していた魔道士のメフィスから、報告が…ありました……」
「どうしたのですか?」
「……暴動です!
北区にいた″難民″の魔法使い達が、魔法を使って暴れているのです!!」
「難民達が暴動…?
略奪が起きているのですか?」
王女は尋ねるが、しかし衛士は言葉をすぐに返せなかった。
「…それが、よくわかりません。」
「わからない?」
「…はい。とにかく難民達は、突然″騎士団″に攻撃を仕掛けたきた、と。″北区″を管轄している″ガルド騎士団″のカニンガム様より、そう報告があったとのこと、です…」
「カニンガム、ね……」
ゲーデリッツ長官は、察したようにその名前を呟いた。
…難民達が暴動。…仕掛けたのは、カニンガムのほうだろう。
″難民″たちに対して敵対的なカニンガムが、難民達に何をしようとしたのか、想像に難くない。
「規模はどのぐらいです?」
「…最初は、病院内の患者が″暴れた″だけのようですが…
騎士団が攻撃を加え、難民達がそれに抵抗し……暴動の波は、スラムや難民街にいる難民にまで波及し、今や北区全土で騎士団と難民外国人たちで戦闘を繰り広げていると……」
「…それは、まずいですね。
難民達の″暴動″が北区全体におよんでいるなら、″それ″は他の地区にまで波及してしまう可能性があります。
早急にガルド騎士団を支援し、鎮圧しなければなりません。」
王女が、溜息を漏らす。
「…キーラに命じて、エストリア騎士団を待機させておいた甲斐が、ありました。」
「仕事ですかぁ?シャーロット王女」
王女の側にひかえていた、エストリア騎士団副団長のキーラ・ハーヴィー。
「…そうね。″あなた向き″の仕事よ、キーラ。
かなり過酷な戦闘が、予想されるわ。」
「…くすくす。戦いに″過酷″も何もありませんよぉ?王女。やるかやられるか。…ただ、それだけです」
相変わらず間延びした口調のキーラは、これから実行する″戦い″に胸ときめかせ、僅かに笑みを浮かべる。
「…キーラ。エストリア騎士を指揮して、暴動の鎮圧に当たりなさい。暴動の波が拡大すればするほど、市民への危険がおよびます。
… 可及速やかに、行動しなければ……」
王女はそう言いながら、自らも剣を整え、戦闘の準備をしているようだった。
「シャーロット王女も、暴動鎮圧に向かうのですか?」
ゲーデリッツ長官の問いかけに、王女はしごく当たり前だと言わんばかりの声を漏らす。
「…勿論です。私は″エストリア騎士団″の団長でもありますから。」
「王女が離れるなら、中央区の指揮はどうします?」
「ゲーデリッツ長官。あなたにお願いできますか?
…魔道士の各種連絡係を統括しているのは、あなたですし。ここ中央区に待機して、街全体の状況把握と……必要ならば、指示を下してください。」
「…わかりました。シャーロット王女、くれぐれもお気をつけください。
…まあ、心配はしておりませんが。」
ゲーデリッツの言葉に、シャーロット王女は僅かに微笑する。
エストリアにおける全騎士団のトップ。
それがシャーロット王女だ。
それは紛れもなく、全ての騎士達の中で、彼女が最も優れた騎士であることを意味する。
彼女の動きについて来れる者は、誰一人としていない。
最強剣士と名高いキーラ・ハーヴィーですら、王女には敵わなかったほどだ。
「…王女。魔道士達も暴動鎮圧任務に向かわせましょうか?″難民″魔法使いの数は膨大ですぞ?」
「…魔道士達は戦闘要員ではありません。
彼らは″魔法抑止法″に縛られている。
…故に、魔法で″他人を攻撃する″ことに慣れてはいない。
…それは″迷い″を生みます。
戦いにおいて、″迷い″は死に直結する。
ならば魔道士に、戦闘任務は相応しくないと、私は考えます。」
(迷い、ね……)
王女の言葉にゲーデリッツは……ばつが悪そうに、内心でつぶやいていた。
(迷わぬ魔道士も、いるがね……)
シャーロット王女達は、武器装備を納めて、戦闘態勢を整える。
″難民魔法使い″の暴動規模が激しくなれば、被害はより甚大になっていく。
早急に、鎮圧しなければならない。
「では、向かいましょう」
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