第24話 王女
「ちょっと!待ってください、ソフィアさん!」
首都アルベールへ着いたルークは、王室付き魔道士のソフィア・ニコラウスと共に、シャーロット王女のいるエストリア城に向かっていたが、道中ハプニングが起きた。
数日後に開かれる「守護者」様の生誕20年を祝賀したパレード。
その開催にあたってアルベールの衛士達は、街の至るところに住み着いている浮浪者達の排除を進めていた。
そのうちの一人がソフィアに暴言を吐いたことで、彼女は激昂し、その浮浪者の男に雷撃の魔法を浴びせたのだ。
男は電撃を受けてけいれんし、医者でもあるマーカス達の応急的処置を受けるような事態に。
「こんなところで…もたもたしているわけにはいきませんから!早く城へ向かいましょうルークさん!」
ソフィアは、ルークの手を無理矢理引っ張って、そそくさとその場を離れようとする。
「ソフィアさん!なぜあんな酷いことを…!」
「言いましたよね?あれは正当防衛です。彼は私に危害を加えようと…そんな予兆があった」
「彼はあなたに暴言は吐いたかもしれないが、乱暴を働こうとまではしていなかった!あれはやりすぎです!それに、正当防衛だと言うのなら…なぜ、″逃げる″ようにあの場から去ろうとするのですか?」
「っ……!」
ソフィアは、やや動揺はしているようだった。頭に血が昇ると、人は冷静さを失ってしまう。彼女もそれ故の行動なのかもしれない。
だからといって、全ての行いが許されるはずはない。「感情」で魔法を使ってはいけないのだ。
それは「魔道士」を目指すものならば、魔法学校で学ぶ基本的なこと。
なのに彼女は…魔法を、自らの″攻撃性″を発露させ、極めて示威的な考えのもと…己の″怒り″を体現させる「ツール」として使ったのだ。そして「無抵抗の」市民を傷つけた。
こんなことが、本来許されるはずはない。だが、周囲にいた衛兵達は黙認するようだ。ソフィアの行いを咎める者は、あの場で誰もいなかった。それは彼女は、″王室付き″魔道士という、極めて高位の職務に就いているからだろうか。
「私は…間違ってなどいない!」
そうきっぱり言い切るソフィア。しかしそんなソフィアを、グレンヴィルが厳しい口調で責めたてた。
「ソフィア殿…あなたのしたことは、やりすぎです。…なぜ、市民を容易く傷つけることが出来るのか?これは、あなたの倫理観の問題です。王室の名を借りるのなら、あなたはそれに相応しい言動をしなければならない。」
言い方は冷静だが、その内容は、明らかにソフィアへの非難が込められていた。
「グレンヴィル騎士団長…あなたにとやかく言われたくはありません。騎士団だって所詮は…任務のためならば、何だってする。
殺し屋集団じゃありませんか?
あなただって…騎士団の″内紛″の時、仲間を大勢殺したじゃありませんか?そんなあなたに…倫理観についてとやかく言われたくはありません。」
ソフィアはグレンヴィルにそう吐き捨てる。
グレンヴィルは表情を変えなかったが、その目には、おおよそ今までのグレンヴィルからは感じられなかった「冷たく仄暗い」生気のなさを、ルークは感じ取る。
(騎士団の内紛…)
ルークは、その争いについての委細は知る由もなかったが。たが「騎士団」という組織は、外部からはおおよそ知ることが出来ないような複雑な内情を抱えていることは、想像に難くない。
「…ここで不毛な争いを続けている暇はありません。さ、行きましょうルークさん。」
ソフィアはルークを連れて行こうとしたが、グレンヴィルが再度、ルークに声をかけた。
「ルーク殿」
「は、はい!グレンヴィルさん。」
「…もたもたしていられないという点では、ソフィア殿と意見は同じです。なのであなたは彼女と一緒にエストリア城へと向かってください。あまり王女を待たせるわけにはいかないのでね。
君の先生…ビアンカ・ラスカーは私が引き受けます。マーカス殿達も、あの男の応急処置で手一杯なので。私が、ラスカーをこの街の大病院へと連れて行く。…そのほうがいいでしょう。」
「すみません、グレンヴィルさん…」
「いえ、礼には及びません。むしろ、謝らなければならないのは、こちらのほうだ。」
「え?」
「…ルーク殿。任務とはいえ、半ば無理矢理の形で、あなたを首都まで連れてきたこと。あなたに、謝らなければなりません。」
「…気になさらないでください、グレンヴィルさん。
僕は、僕自身の意思でここに来たんです。
王女と会って、自分の″真実″に近づきたい。
本当に嫌なら、とっくに逃げ出しています。」
ルークの言葉に、グレンヴィルは僅かに笑みを見せる。
その瞳には、先程のような「冷たい」感情は消え失せていた。
「…ルークさん。もし″迷う″ことがあれば、自分自身の心に従ってください。最後に信じられるのは、自分だけです。…では、私はもう行きます。」
「グレンヴィルさん。」
「…はい?」
立ち去ろうとするグレンヴィルを…ルークが呼び止める。
「また、会いましょう。」
「…そうですね。また…」
グレンヴィルはそう言うと、車椅子に乗って眠っていたラスカーを、移送して行った。
(また会おう、とは言わないんですね…)
別れ際、グレンヴィルの最後の言葉。
それがルークには、どこか寂しかった。
でもよく考えると、これほど無責任な言葉は、ないものだ。
(また会おう)
なぜ、こんな無責任な言葉を、自分は言ってしまったのか。
また会えるかどうかも、わからないのに。
そびえ立つ巨大な城門。
門は厳かに開かれ、ソフィアとルークは、エストリア城への敷地内へと入る。
城壁の内部は、首都アルベールの華やかさを象徴するような、優美かつ広大な庭園が広がっていた。
庭園を抜け、中央にそびえ立つ″エストリア城″の本館へと向かう。
ルークの胸は、緊張感ではち切れそうだった。
まがりになりにも、自分で決断したこととは言え…
この国の″王家″に、彼はこれから会うのだから。自分のような矮小な存在が、何事もなくこのエストリア城の内部を、歩いている。
城の中には、無数の衛兵がいた。彼らはこちらに会釈し、粗相のない動作で、ルークたちを城の奥へと誘導する。
衛兵なのに、彼らの所作は、高貴な執事のように整っていた。
エストリア城の内部は、外観からの華やかさとは裏腹に、相当に堅固な構造のように思われた。敵に攻められた時、簡単に破壊されないように出来ているのだろうか。
そして城の至るところに、無数の彫像や絵画が設置されている。城のあらゆる区画に、整えられている調度品の数々は、ラグジュアリーな装いかつ、伝統を感じさせるような意匠の傑作品。無論、それらをじっくりと眺める余裕など、ルークにはなかったが、おおよそこの国の「最高品」と呼べるようなあらゆる代物が、このエストリア城にはあった。
王女が居るという″玉座の間″に着くまでに、一体どれほど歩いただろう?どれほどの距離を歩き、どれほどの階段を昇ったか?
ソフィアは息一つついていなかったが、ルークの呼吸は相当に荒かった。
「…大丈夫ですか、ルークさん?」
ソフィアが、ルークを案じて声をかける。
″王に仕える″というのは、想像以上に大変そうだ。このだだっ広い城内を、毎日移動しなければならないのだから。
しかし、ルークの息が荒いのは、彼の体力のなさだけが原因ではなさそうだ。
ルークは、そこはかとなく緊張していた。
これからルークは王女に会って、一体何を言われるのだろう?何を話されるのだろう?
それは、自分にとって望むものなのだろうか?あるいは、望まないものなのだろうか?
とはいえ、今ここで引き下がるわけにはいかないし、引き下がる気もない。
「…よし!」
ルークは息を整え、再び歩き出す。
廊下を歩いた後、長く続く螺旋階段があった。ソフィアとルークは、無言でその階段を昇っていく。
「…………」
ルークはともかく、そこからはソフィアも一才口を話さず、無言だった。
おそらく、ソフィアも今緊張している。
それはルークほどのものではないだろうが、いかに″王室付き″と言えども、いざ″王女″と会う時は、やはり気が張り詰めるものなのかもしれない。
長く続く螺旋階段。この階段の終わりこそ、いよいよ″玉座の間″につながるかもしれない。
それは、図らずともルークにはわかった。
そして…
「……ルークさん。この扉の先が、玉座の間です。」
階段を昇りきった後、そこには大きくも堅牢な扉があった。
「…ルークさん。そのローブは、脱いでおいてください。王女に…顔をお見せしないと、いけませんから。ローブは私が…預かっておきます。」
ソフィアにそう言われると、ルークはローブを脱いで、ソフィアに渡す。
(この先に、王女が…)
ルークは、緊張を打ち消すように、覚悟を決める。
「では、行きましょう」
ソフィアが言うと、彼女はその堅牢な扉をゆっくりと開ける。その大きさとは裏腹に、扉の開く音はひどく静寂としたものだった。
「…失礼します。シャーロット王女…」
扉の先には、長く広い空間が広がっていた。天井を巨大なシャンデリアが飾り、流麗で鏡のように透き通った石作りの床には、蒼い絨毯が敷かれ、玉座の最奥部へと広がっている。
「………シャーロット王女?」
しかし、そこに王女の姿はなかった。
部屋の奥に配置されている、優雅で立派な玉座にも、彼女の姿はない。
ルーク達は玉座へと近づき、その広い間の周囲を見渡す。
「…王女は、ご不在、なのでしょうか…」
ソフィアが、そう呟いた矢先のこと…
「……来て、いたのですね」
ソフィアとルークの背後から、透き通るような甘い声が響いた。
「……シャーロット王女」
ソフィアが呼びかける。
「……ごめんなさい。少し、中庭のほうに出ていたのです。あなた達が、こんなにも早く来るものだとは、思わなかったから…」
″王女″はそう言うと、ゆっくりとした足取りで、こちらに近づいてくる。
「あ……」
ルークは、その優雅かつ静謐な足取りでこちらに歩み寄ってくる王女に対して、緊張が一気に跳ね上がり、どんな言葉をかけていいのかわからなかった。
(名前を名乗って…)
ソフィアが小声でルークに助け舟を出すが、緊張感に支配されていたルークに、ソフィアの声は届かなかった。
先手をうったのは、王女のほうだった。
「……はじめまして、というべきでしょうか?
私は、シャーロット。
シャーロット・ウィンザー・エストリア…」
そしていつの間にか、シャーロット王女は、目と鼻の先かと思うほどに近い距離まで、ルークに接近していたのだ。
「あ……」
ルークは、眼前に迫るシャーロット王女の美しさに、思わず言葉を失った。
透き通るような、大きく青い瞳と、整った顔立ち。淡い金髪は、肩まで綺麗に揃えられて、ややウェーブがかっている。甘く蕩けるような声は、心地良く…それは麻薬のような耽溺の念を、ルークに与えていた。
「あ、あの……」
ルークの鼻先に伝わる、甘い香り。″異性″というものをそれほど意識したことがないルークにとって、″女性の香り″というものを明確に意識した、この瞬間。
(早く、名乗らないと…)
王女の″雰囲気″に圧されたのか、とにかくルークの胸の鼓動は″高鳴って″いた。この胸の高鳴りの正体が、ただ緊張しているからなのかどうかは、彼にはわからなかった。
やはり言葉を返せないルークに、ソフィアが痺れを切らして、ルークの「代わり」に、王女と疎通を取る。
「申し訳ありません王女。彼の名前は—」
ルークの代わりに、彼の名前を伝えようとしたソフィアを、しかしシャーロット王女は遮った。
「…待ちなさい、ソフィア。……彼から、直接聞きたいのです。彼の″名前″を。」
ルークの息は、またもや激しくなっていた。
そして王女は、ルークにたずねる。
「…あなたから、直接聞きたい。
…あなたは、誰?
…あなたの名前は…何?」
答えないと。
でも、ルークはなぜだか、自分の名前を″忘却″してしまった。
言葉が出てこなかった。自分の名前なのに。
「あ、あの……」
言葉の出てこないルークを、しかしシャーロット王女は待ち続ける。彼を急かすことなく、彼から言葉が出てくるまで、永遠と…
だが、ルーク当人は焦っていた。
当然だろう。
王女から先に名を名乗り、自分はいつまでたっても名を名乗ろうとしない。通常なら相当な無礼行為だ。
そんな空気に耐えられず、やはりソフィアは、ルークに助け舟を出す。それはルークのために、と言うよりも、自分のために。
王女への無礼を、打ち消すために。
ルークが、ふとソフィアを見やると、ソフィアがルークに何かを伝えようとしていた。
(ルーク・パーシヴァル)
ソフィアは口の動きで、ルークに名前を教えようとする。
(ルー…)
ソフィアの口の動きを読み取ったルークは、ようやく自分の名前を思い出した。
「…そ、そうだ。ルークだ。僕の名前は、ルークです。ルーク・パーシヴァルです…」
ソフィアの助けを借りてルークはようやく、シャーロット王女に自らの名前を伝えた。
「……そう、ですか。ルーク。
あなたは、ルーク・パーシヴァルなのですね……」
反芻するように、王女はその名を繰り返し述べた。そして…ほんの僅かに…
ルークには王女の瞳が、僅かに揺れ動いたような…気がした。
「…申し訳ありません!シャーロット王女。彼は緊張のあまり、自分の名前も言えなかったようで…」
「…いいのです、ソフィア。
…緊張感を与えてしまったのなら、私からもあなたに謝ります。ルーク・パーシヴァルさん」
「…いえ。申し訳ありません。こんなことは初めてなのですが。自分の名前を忘れてしまうなんて…」
「…誰にでも、忘却は訪れます。それは突然に。だからこそ…今″その瞬間″を、大切にしなければならない。
″刹那″のようなひとときの中に、本当の価値があるのだと、私は信じたい。」
その抽象的なシャーロット王女の言葉は、王女自身が自分に対して放った言葉なのかどうか、ルークにはわからなかった。
「…ルークさん。あなたを突然呼び出して、あなたにはその意味がわからないかもしれません。ですが、あなたをここへ呼んだのは、理由があってのことです。」
王女はそう言うと、踵を返して、部屋の端にあったテーブルへと向かう。
「…ルークさん。どうぞ、お掛けになってください。立ち話、というわけにもいかない。
長旅で、さぞお疲れのことでしょう?」
シャーロット王女は、ルークが想像していたよりも若かった。年齢はルークとそう変わらないようにも見える。
少女と言うほど若すぎもせず、かといって20歳を越えているようにも見えない。
まさに、″少女″と″大人″の狭間。
しかし王女の所作は、それこそ淑女と言えるほどに、優雅で落ち着いたものだった。
歩く姿、腕から指先の動き一つ一つが、無駄なく美しかった。これが、高貴なるものの″品格″というやつなのだろう。
背丈はルークより少し高いぐらい。エストリアの女性としては、決して長身というわけではないが、そのスラッとした体躯のおかげで、遠目から見るとかなり高身長に見える。
王女の身につけていた衣装は、ルークの想像とは異なっていた。それは、″王女″という言葉で連想されるような、過度に煌びやかで華美な衣装ではない。体幹部や手足は、軽装の鎧で覆われ、腰には見事な剣を携えている。
その姿は、王女というよりも″戦士″のそれ。
奇麗さよりも、″戦いにおける機能性″を重視したような出立ち。まさに″金色髪の騎士″とでも言うような、洗練された凛々しさが、そこに体現されているかのようだった。
その姿をはっきりと認識し、ルークはふとグレンヴィルの言葉を思い出した。
そう…彼女は王女であると同時に、この国における最高位の騎士団″エストリア騎士団″の団長でもある。
エストリア王国の王女が、あのキーラ・ハーヴィーを凌ぐほどの実力者だとは、俄かに信じ難かったが、実際にシャーロット王女を目にして、ルークは理解した。
この女性には、いっさいの″隙″がないのだ。
「さあ、どうぞ…」
シャーロット王女に促され、ルークは椅子に腰をかける。
「…失礼します、王女様」
「ルークさん。そんなに、畏まらないでください。私は、あなたと対等に話がしたい。」
テーブルの先から真っ直ぐと、その美しく青い瞳でこちらを見つめるシャーロット王女の姿に、やはりルークの胸の鼓動が、ドキドキと高まった。
ルークは不意に、部屋の中央に位置されていた、至極立派な″玉座″に目をやった。
王とは、玉座に座りながら″尊大″な態度で、目下の者に話しかけるもの…ルークはそんなイメージを勝手に、「王家」に対して抱いていた。
しかし、このシャーロット王女は違っていた。彼女は玉座にも座らないし、ルークと対等に話がしたいと言う。それはルークにとって、意外なことだったのだ。
そんなルークの心の中を、見透かしたかのように…シャーロット王女はルークに声をかける。
「…玉座に座らないのが、不思議ですか?」
まるで自分の心の中を読まれたような気がして、ルークの胸が緊張で張り詰める。
「い、いえ!そういうわけでは……」
王女は僅かに微笑し、言葉を続ける。
「ふふ…立派な玉座でしょう?
ですが、そんなものには何の意味もないのです。いかに玉座が立派であろうと、そこに座るものに、それ相応の価値がなければ…あれは、ただの椅子にしかなり得ません。」
王女は目線を低くし、まるで流し目で見るように、玉座へと視線を向けた。
「…王たる者は、行動によって決まるのです。…その人間が、どのように行動したか…それこそが、その人間の真価を決める。
王だから、立派なわけではありません。
″地位″が人を作るのではありません。
あなたも、そう思いませんか?ソフィア…」
「は、はい!!」
突然の呼びかけに、ソフィアはびくっと背筋を伸ばし、咄嗟の返答をした。
「私も、そう思います…王女様…」
しかしソフィアは、まるで″先刻″の自分の行動を咎められているような…そんな末恐ろしさを感じていた。自らの″傲慢″が招いた行動を、王女に見透かされているような、そこはかとない緊張。
「…シャーロット王女。なぜ僕は、ここへ呼ばれたのですか?何のために、僕はここにいるのでしょう…?」
ルーク自身が、そのよそよそしい空気を破った。当然のことながら、彼自身も知らなければならない。自らが誘われた、その「理由」を。
「…ルークさん。あなたには、まるで心当たりがありませんか?」
単刀直入に返さない、示唆的な王女の言動。ルークはしばし考え、王女に答えを返す。
「……僕の、″力″のことでしょうか?
僕は…レンバルト魔法学校で、謎の″黒き魔法″を発動させました。なぜそうなったかもわからない…その魔法のことも知らない…
ただ、その魔法はとても恐ろしいものだった…それだけは、理解できます。
そして僕は、その黒き魔法で大勢の人間を傷つけた…」
「…ルークさん。
あなたの言う通り、その″黒き魔法″の存在こそが、私があなたを、ここへ呼んだ理由…」
王女の返答に、ルークは恐る恐る彼女に尋ねる。
「…シャーロット王女。僕はやはり…裁かれてしまうのでしょうか。″魔法抑止法″で禁じられている魔法を使ってしまったから…」
ルークの問いかけに、王女は首を振る。
「いいえ、ルークさん。あなたをここへ呼んだのは、あなたを咎めるためではありません。司法院達はあなたを裁くつもりでしょうが…私は違います。
あなたの力が…必要なのです。」
「必要…?」
王女からの意外な答えに、ルークはやや怖気付いた。
「…はい。あなたの黒き魔法の力、それが意味すること。…それは、あなたが私の″探し物″を見つけることができるかもしれない、ということです。」
ルークには、王女の言っている意味が理解できなかった。
「王女の探し物…それを、僕が見つけることができる?…僕が″黒き魔法″を使えることと、王女の″探し物″を見つけられること…何の関係があるのでしょうか…?」
「…私の探し物。それは、誰にでも見つけることが出来るものではないのです。」
王女はそう言うと、ひどく古ぼけた用紙を取り出し、それをルークに見せる。
「…これは、私が探している秘宝…″生命の宝石″について書かれたものです。ここには、こう書いてあります。
″黒き力の持ち主のみが、その感覚を以て、秘宝のありかを探り当てることができる。それは、その力の持ち主にしか不可能である″」
生命の宝石…
それが、王女の探している″秘宝″。
そして、それを探すことが出来るのは″黒き魔法″の持ち主のみであると。
それこそが、本題か。
「…私は以前より、この秘宝を探していました。それはどこにあるのかもわかりませんが、世界の″どこか″に存在している。…私はずっと、騎士団や″調査隊″を使って、この″生命の宝石″の在処について調べさせていたのです。」
″調査隊″とは、王家からの極秘任務を請け負う部隊の総称。″王室直属″という点では騎士団と同様だが、要人警護、治安維持や反乱分子の排除など、より戦闘に沿った危険な任務を中心とする騎士団と異なり、″調査隊″の主な任務は、国王から請け負った「調査」業務が主たる仕事。
その任務の範囲は、国内での情報収集から、外国での活動まで広範囲にわたる。無論、表向きには「国家の利益のために有益な情報」を集めることが役割、としているが、実際には非合法的なことも辞さない活動をしているため、大神院や司法院から目をつけられている存在でもある。
「…でも、未だ秘宝は見つかっておりません。しかし、調査隊の一人が、北方の国でこの古ぼけた書を発見したのです。
…今見せたように、この書には黒き魔法の使い手のみが、秘宝の在処を感知できる、という旨のことが書かれています。」
「…僕に、その秘宝を探してほしい、ということですか?」
シャーロット王女は頷く。
「…いきなりあなたを呼びつけて、無理を承知なのはわかっています。
ですが、私にはどうしても……その秘宝を見つけなければならない理由があるのです…」
「……シャーロット王女。その秘宝とは…
″生命の宝石″とは、一体どのようなものなのですか?」
ルークからの問いかけに、王女は臆することなく返答する。
「生命の宝石……それは、死者を蘇えらせることが出来るものです…」
「死者の…蘇生……」
「…はい。なぜエストリア王室に、国王がいないかわかりますか?」
王女からの問いかけに、ルークは少し考えこんで、思い立った。
「先代のエストリア国王は……ヘンリー王でした。つまり、王女のお父上に当たる人物。病気で亡くなられたと聞きましたが。」
「…そうです。私の父は、6年前に亡くなりました。なので事実上、今現在エストリア国王の位は″空席″です。…王女である私が、王室政府を執り仕切ってはいますが…」
王女は、ひどく沈痛した面持ちで話を続ける。
「…父の死は、表向きには病死とされていますが…本当は違います。
……父は、自殺したのです。」
「…自殺……?」
ルークは驚嘆したが、王女は構わず話を続ける。
「……10年前、″世界大戦″がありましたよね。
エストリア王国と、″解放連合軍″の戦争。当時我が国は、世界各地に植民地を抱えていました。」
10年前に起きた戦争。それはエストリア王国と、敵対する数多の国家が同盟し結成された「解放連合軍」との戦争だった。
「植民地当時国では独立の機運が高まっていました。その植民地国の独立を支援した国々とで出来たのが″解放連合軍″。
当時のエストリア王室や騎士団の主流派メンバーは、この″連合軍″と戦わなければ、植民地を失ってしまうと危機感を募らせました。しかし、私の父ヘンリーは、″平和的外交″を希求し、戦争を望んではいませんでした。
…ですが、王室や騎士団の強硬派を抑えきれず、結局エストリアは開戦に踏み切り、結果戦争に敗れました。
敗戦の責任は王室に降りかかり、私の父は、激しく責めたてられた。…父は、本当は戦いを望んでなどいなかったのに…でも、責任だけは父にふりかかってしまった。」
シャーロット王女は、とても辛辣な様子で、声を絞り出すように語り続けた。それを聞いていたルーク自身も、彼女の″辛い″感情を鋭敏に感じ取っていた。
「…側近からも、国民からも激しく非難された父は…心労がたたり、生きる気力を失い…そして最後には……
塔から、身を投げました……」
…表向きには、先代のエストリア国王″ヘンリー王″は病死したことになっている。しかし今、シャーロット王女から聞かされた真実を耳にし、ルークは言葉を失っていた。
「…私は、父の死体を目にした時のことを鮮明に覚えています。その時、自分が取った行動も……
私は、父のもとに駆け寄り、飛び散った父の頭の″破片″や、″血″を、手でかき集めていたんです。なぜそんな行動をしたのか、自分でもわかりませんでした。…そんなことをしても、父が生き返らないって、わかっていたはずなのに。
でも私は、頭の中が真っ白になりながら、飛び散った父の体の″破片″を…ずっと集めていた。目の前で起きた現実を受け入れられず、私自身も″壊れて″いた…
そして正気を取り戻した時、私は初めて気付いたんです。
″ああ、父は死んだんだ″って…」
父親の死を眼前で直視した少女にとって、それを受け入れることは容易ではなかっただろう。
ルークは、彼女に同情していた。
同時に、自分に言い聞かせてもいた。
″みんな、辛い思いをしている。辛いのは、僕一人だけじゃない″、ということを。
「…ルークさん。私は、″生命の宝石″を使って、父を取り戻したいのです。父を生き返らせたい。
…それが私の願い。
もしよろしければ…私に、あなたの力を貸してはもらえないでしょうか?」
それは、王女の切実な懇願。
「…もちろん、″タダ″で、というつもりはありません。願いには、対価が必要ですから。
…もし、私に協力してくれるのならば…可能な限り、あなたの望むものを用意します。」
「僕の、望むもの……」
ルークは考える。
そもそも、自分がここへ来た目的…
そう、ルークには、″探し物″がある。
王女と一緒だ。
″探し物″のために、彼は自らここへやって来た。王女と会うことが、その″探し物″を見つける近道になると…そう思っていたからだ。
「僕は……」
それでもルークは、その言葉を発することを躊躇っていた。
理解されるだろうか?
王女に無理を言うことにはならないだろうか?
呆れられてしまわないだろうか?
そんな恐れが、ルークを躊躇させていた。
でも……
シャーロット王女なら、きっと理解してくれる。なぜだかルークは、そう思った。
そう、思えた。
「僕の望むものは…」
ルークは勇気を出して、己の望むものを、王女へ打ち明ける。
「…僕は、″自分″が何者なのか知りたい」
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