第13話 都へ

「…では、本当にルークをアルベールへ連れて行くのか?」

「うむ。」


魔法院長官のゲーデリッツは、レンバルト校長に、ルークを首都へ連れて行く計画について話していた。


「…随分と性急だな。またどういう理由で…」


「シャーロット王女の指示でな。…彼を″保護″すると。」


「王女直々の命令とは、何か裏がありそうだな…

ゲーデリッツ、その理由を知ってるんじゃないのか?」


「アーサー。今はお互い、余計なことはベラベラ喋らんことだ。誰が聞き耳を立てているかわからんからな。

…いずれにせよ、ルークが大神院の手に落ちるよりも、シャーロット王女のもとに身を寄せたほうが、はるかに安全だ。」


「…たしかにな。王女の真意はどうあれ、彼女のもとならばルークは安全かもしれん。

しかしゲーデリッツ、王女とお前のやろうとしてることは、司法院…もとより″大神院″への背信行為だ。ルークの″黒き魔法″の存在が連中に知られたら、お前もただではすまない。


ルークが使ったあの魔法は、″魔法抑止法″に違反している。この国の″法の番人″を出し抜くことは、大きな代償を支払うことになるかもしれん。」


「もとより覚悟の上だ。私はなアーサー、ルークという将来有望な魔法使いが、司法院によって潰される。その事実に耐えきれんのだよ。だから私はルークを守るために、王女に彼を託すのだ。王女の真意はわからんが、これが私の本音だよ。」


ゲーデリッツの真意は判らないが、あまりに魔法使いに寄りすぎた彼の言動は、時に旧友のレンバルトですら危うさを覚えるほどだった。

スヴェンの件もそうなのだが、ゲーデリッツ長官は魔法使いを守るためなら、法を守ることさえ重要視していない節がある。その魔法使いへの″歪(いびつ)な献身″っぷりには、どこか恐ろしさも感じる。


「…わかった。この件がばれたら、校長である私も責任を問われる。だがゲーデリッツ、私はお前の考えに従うよ。」


それでもレンバルトは、ゲーデリッツ長官のことを信じる。彼は魔法使いの″地位向上″のために、あらゆる手を尽くしてきたことを知っているからだ。エストリア王国における魔法学校の創設、「魔道士」制度の法整備。人間との婚姻の自由、職業選択の自由、等々。ゲーデリッツ長官の働きがなければ、魔法使いがこの国であらゆる「権利」を獲得することもなかっただろう。故にゲーデリッツ長官は、レンバルト校長のみならず、この国で生きるほとんどの魔法使いから、絶大な人望を得ていたのだ。


「ところでゲーデリッツ。ルークを首都へ連れていくといっても、一体誰がその役割を?」


「ああ、それなら手配はしておるよ。

キーラ・ハーヴィーを隊長とした護送部隊が、既に学園に来ておる。」


「…エストリア騎士団のナンバー2が、わざわざこんなとこにまでやって来るとは…王女にとってルークはよほどの重要人物、ということか…」




————




「何なんだ。君たちは一体…」


「何って…ルーク・パーシヴァルを連れていくに決まってるじゃないですか?」


「…話が読めん。連れて行くって、一体どこに?」


「…ひょっとしてゲーデリッツ長官から何も聞いてないんですかぁ?」


ルークを介抱していたマーカス・ジョンストンは、突然部屋に押しかけてきた″騎士団″のメンバーたちに驚愕する。


「私は″エストリア騎士団″副団長のキーラ・ハーヴィーです。

シャーロット王女からの勅令により、ルーク・パーシヴァルを首都アルベールへと連れて行きます。」


「…王女の命令?…まるで話が理解できない。

私はこの子の養父だ。ルークを連れていきたいなら、理由を話してもらおう。でないと、要求には応じられない。」


「…ああもうめんどくさいなぁ。こんなやりとりは時間の無駄。

グレンヴィル、ルークを拘束して。」


「はい、キーラ様」


キーラは傍にいた側近の騎士″グレンヴィル″に、命じる。ルークはまだ疲労困憊といった体で、体力が完全には回復しきれていなかったが、グレンヴィルに腕を思い切りつかまれ、恐怖を感じた。そして反射的に、抵抗してしまった。


「いやだ…やめて!」


抵抗するルークを、グレンヴィルが力ずくで連れ出そうとするが、マーカスが制止する。


「私の息子に手を出すな!」


マーカスがグレンヴィルの腕を掴み、彼を止めようとした瞬間。

マーカスは、その首元をキーラ・ハーヴィーに掴まれた。


キーラは、片手でマーカスの首を掴んで、彼を壁に押し付ける。


「騎士団の任務の邪魔をする者は、排除します。」


「がぁっ……!!」


キーラの指がマーカスの首元にめり込み、マーカスは呼吸も出来ず苦痛の声をあげる。


「先生!!」

傍にいたメアリーが声をあげる。しかしどうやら、キーラは本当にマーカスを殺そうとしている。マーカスの顔面は、締め上げられ次第に青ざめていく。このままでは本当に死んでしまう。


「やめてください!!僕、あなたに従いますから!だから、マーカスおじさんを離して…!」

ルークは耐えきれずに、キーラに懇願した。


「あら?最初からそう言ってくれたら良かったのに。なーんで素直に従ってくれなかったのかなぁ?」


キーラはマーカスの首を離し、彼を解放する。マーカスは一命は取り留めたものの、気を失っているようだった。


「先生!しっかりしてください!」


メアリーはマーカスの足を上げ、脳に血流が行くようショック体位をとらせる。


「話のわかる子でよかったー。じゃあルーク君、一緒に——」


「ハーヴィー副騎士団長、何をしている!勝手な真似をするな!」


ルークを連れていこうとするキーラ・ハーヴィーに、突然声を浴びせたのは、ゲーデリッツ長官だった。


「待機していろと言ったのに、なぜ勝手な行動をするのだ?ルークには私から十分な説明をするつもりだったのだ。」


「説明?説明なんているんですかぁ?やるべきことは決まってるじゃないですかぁ。ルークをアルベールへ連れていく。ただそれだけです。

それが私の任務。」


「では、なぜ民間人に手を出した!」

ゲーデリッツはそう言うと、今もメアリーに蘇生処置を施されているマーカスを見やる。


「…彼は、私たちの邪魔をしました。騎士団の任務の障害となり得るものは、″排除″する。そんなの当たり前ですよ?」


「…これでは、ルークが怖がるだけだ。いいかねキーラ・ハーヴィー。物事には手順というものがあるのだ。」


「…くだらないですね。ではその手順とやらを、どうぞ実行してください長官。

…時間の無駄だと思いますけど?」




長官はルークに目を合わせ、″騎士団″に対して怯えている彼に、優しく声をかける。


「…ルークよ。騎士団の連中が手荒な真似をしてすまない。だが、よく聞いて欲しい。」

ゲーデリッツは、温和な声色ながら、しかし深刻な面持ちでルークに語りかける。


「…先日の魔法学校での卒業式。君は正体不明の″黒き魔法″の力を発動させた。それは覚えているかね?」


「…はい。ところどころ記憶は曖昧ですが、魔法が発動したのは覚えています。」


「…うむ。包み隠さず言うと、君が発動したあの魔法は、″魔法抑止法″には明記されていない力…すなはち禁断の魔法ということになる。…それが何を意味するか、わかるかね?」


「…僕は、裁かれるんですか?」


「左様。″法律″に明記されていない魔法の存在を、司法院が許すはずはない。そして君の″黒き魔法″は大勢の人間たちを襲い、傷つけたのだ。

…この事実を司法院が知れば、どうなると思う?司法院はお上の″大神院″にこの事実を伝えるだろう。

そして君は、大神院が審理する″最高法廷″にかけられることになる。」


「最高法廷…」


罪人は基本的に、「司法院」が管轄する「通常法廷」で裁判にかけられるのが通常だ。だが最高法廷とは、エストリア王国の「法」を支配する最高機関「大神院」が、直接罪人を裁く法廷である。通常この最高法廷にかけられる者は、極めて重大な罪を犯した者に限られる。


「…僕は…最高法廷にかけられるんです

か…?」


「残念だが、そうならざるを得ないだろう。法に違反した禁断の魔法を使い、何十人、いや、何百人もの人間を襲ったのだ

……君に伝えたくはなかったが、あの黒き魔法のせいで、命を落とした者もいたのだよ」



(死んだ…?僕の魔法のせいで、死んだ人間がいるのか…?)


ルークは、全く聞かされなかった事実に驚愕すると同時に、(まだ殺人者ではない)という自分の矮小な矜持、その″聖域″が汚されたような…果てしない喪失感を同時に味わう。


「そ、そんな…何人か死んだ…のなら…

なら…僕は、最高法廷で…どうなるのです…?」


今ルークの心に表出されていたのは、自らが「殺人者」であると伝えられたことに対する、後悔ではなく「保身」だった。


つまり、自分のことしか頭になかった。それ以外のことを処理する心の余裕など、今の彼には持ち合わせていなかった。


ゲーデリッツは顔を伏せ、重苦しい声色でルークに伝える。



「…死刑は、免れぬだろうな…」


そうゲーデリッツに告げられ。

ルークは頭の中が真っ白になる。



「死刑…?ぼ、僕は…あんな魔法のことなんて何も知らないんですよ…?

僕の体から″勝手″に出てきた魔法なんだ…!

なのにどうして…僕が死刑にならなくちゃならないんです…?」


ルークは、制御のいかぬことだったとはいえ、結果論的に自分が殺人者であるという事実を知らされ、狼狽し、焦燥し……

その現実を受け入れられず、必死の″逃げ道″を心の中に作ろうとしていた。その罪を受け入れないための、逃げ道を…


だがゲーデリッツは、そんなルークを一蹴する。


「法廷の場でも、君はそう言うのかね?」


「それは……」


「自分の体から出てきた魔法が、大勢の人間を襲い、殺した…でも自分はそんな魔法のことなんて何も知らないから、その罪を認める気はありません。自分は悪くない、自分は悪くない、自分は悪くない…」


「…違う…!」


「君の魔法のせいで命を落とした者にも、君は同じことを言えるのか?″自分は悪くない″と?」


「だって、僕は…」


言葉を失うルークに、ゲーデリッツは容赦なく言葉をかける…



「…スヴェンにも、同じことを言うかね?」


「……!!」



「君が行動しなかったから…自ら自分を守らなかったから…スヴェンは君を助けるために、自らの手を汚さざるを得なかったのではないのか?

…でも君は、本当は心の中でこう思っているのではないか?


…自分は悪くない、と。」


それはある意味、ルークが最も恐れていた言葉だった。



「…だって、だって…どうしようもなかった!あの時僕は…ジョージ・ハースに殺されそうになった時…魔法抑止法に違反するから、僕は魔法が使えなかったんだ!!」



「…結果、スヴェンは君の代わりに、監獄へ行くことになったわけだ…」


「………!!」

 


僕のせい、などという自戒はもはや、何の意味も持たない。結局のところ、苦しみを引き受けるのは、自分ではなく他の誰か。


だからこそ、「自分じゃなくて良かった」という考えが、心の奥底に内在していた。故に、無意識にそれを心の中で封じ込めようとしていた、自らの浅ましさをルークは突きつけられた。


「でも、仕方がなかろうな。そう、君の言うように、″どうしようもなかった″ことだからな…」


そしてゲーデリッツの言葉は、急にトーンがダウンして、まるでルークに″距離″をつくるかのような冷淡さを孕んでいた。


「…そうだ。君は悪くない。たとえ他人を犠牲にしてでも、自分が間違いを犯していなければ、″君は″悪くない。」


ここまで自分の深層心理をのぞきこんでおいて、何故このゲーデリッツ長官は、″急に″自分と距離をつくろうとするのか。


「…黒き魔法が発動し、その力がまた何者かを傷つけるようなことがあったとしても、君は…悪くないのだ」


ここまで自分の心に踏み込んできて、″最善の答え″も出さずに、幕を引こうとしているのか?

このゲーデリッツに突き放される感覚が、ルークにはたまらなく恐ろしかった…


「たとえ、自分の大切な人間の命を奪うようなことがあったとしてもな…」


この言葉がとどめを刺した。そして急に、自分が持っている″謎の力″への無知に対して、恐怖を覚えた。だから咄嗟に、ルークの口から本心からの言葉がこぼれた。



「…違います。僕には、責任がある…」


絞り出すように言うルークの表情は、悲痛な感情が明確に表出していた。


「もう二度と、同じことを起こしちゃいけない…この黒き魔法がまた暴走しないように…自分の力のことを、この魔法のことを知らなくちゃならない…!


僕は…嫌だから…!自分の魔法が暴走して、ラスカー先生やマーカスおじさんやメアリーさん…スヴェンを…殺したくはないから…」


大切な人間を失いたくはない。自分の魔法がまた暴走すれば、今度は身近な人間が命を落とすかもしれない。その恐怖が、リアリティをもってルークに感じられた。それこそが、ルークの心を覚醒させる引き金となった。


「そうだ、それが″力″を理解することの重要性だ。


死んだ人間は帰ってこない。そしてその結果を受け止め、自分が出来ることは何か?それを考えなければならん」


ゲーデリッツは、その軽薄な口調から一変し、今度は諭すような語り口で、ルークに声をかける。


「ルークよ、現実に向き合うのだ。さすればお前は強くなれる。」


″距離″をつくり、離れようとしていたゲーデリッツ長官が再び、ルークの心に入ってきたような気がして、ルークは″奇妙な″安堵感を覚えた。


″答え″がほしい。そのためには指針を示してくれる人間が必要だ。


「でも、僕は…」


この場にラスカー先生はいない。今のルークにとっては、少なくともその″指針″を示してくれそうな相手は、ゲーデリッツであった。


「僕はどうすれば…」



「都へ行くのだルーク。シャーロット王女に会いなさい。」


「王女…?」


ルークに出されて答えは、彼にとっても至極意外なものであった。


「うむ。お前の″黒き魔法″の存在が気になっているようだ。ひょっとしたら、王女は何か情報を持っているかもしれん。 


…であるならば、今は王女に会いにいきなさい。それがお前の″力″の正体を知る、近道だろう。

…今はな。


幸い司法院はまだ、お前の″黒き魔法″の存在には気付いておらん。王女に匿ってもらうことが、お前の身の安全にもつながるのだ。」


「…わかりました。アルベールに行きます。

…何か、僕の魔法の力についての手がかりがわかればいいですが…」


「その意気だルーク。エストリア騎士団のキーラ・ハーヴィー副騎士団長が、お前を都市まで護衛する。」


「…わかりました」


「ルークよ。今は辛い時期かもしれんが、お前自身が選び、決断していくのだ。さすれば、自らが望むものが手に入るだろう」


ゲーデリッツの言葉に勇気づけられたルークは。自分の思いを吐露するように…本心を打ち明ける。


「ゲーデリッツ長官…たしかに僕は、逃げようとしていたかもしれない…


…校長に尋問された時、僕は恐ろしかったんです。

思い出したくなかった…


それじゃいけないって、わかってたはずなのに。

あの黒い魔法について、理解しなくちゃならなかったのに……


″知らなかった″では済まされない…それで他人が傷ついて、許される理由にはならない…」


「ならば、方向性は定まったかね?」


「はい…長官。」


「…私の言葉に、何か裏があるとは考えないのか?」


「いいえ。ゲーデリッツ長官を、信じていますから」


屈託のない声で、そう告げるルーク。


「他人のことは、すぐに信じるべきではない…特に、私のような″嘘つき″はな。」


ゲーデリッツは皮肉まじりに言いながら笑う。






「では、ルーク・パーシヴァル殿、こちらへ案内します。」

グレンヴィルがルークを案内しようとする。


「…ちょっと待ってください。マーカスおじさんが…」

マーカスはメアリーの咄嗟の処置によって、まだ朦朧とはしていたが、意識を取り戻していた。


「…ルーク。都へ行くのか?」


「はい、マーカスおじさん。僕は、僕の秘密を探すために、王女に会いにいきます。」


「…それは、お前の意思か?」


「そうです。僕がそうしたいから、そうするんです。強要されたからじゃ、ありません。それに…ここにいたって、何も変わることはありませんから…」


ルークの決意に、マーカスは少し考え込み…

しかし躊躇はなく、ルークに告げる。


「そうか…ならば、私たちも行く。」


「え…?」


「…私とメアリーは、医者と薬剤調合師だ。ルークの健康状態を、しっかり把握し管理できる者が、必要だ…

だから、私たちもルークと一緒に行かせてもらえないでしょうか、ゲーデリッツ長官。」


マーカスが、ゲーデリッツ長官に頼み込む。


「…たしかに、今のルークは健康状態が十分に回復したとは言えん。ならばルークの″主治医″には同伴してもらったほうが、いいやもしれぬな。…かまわんかね?ハーヴィー副騎士団長。」


「私たちの″仕事″の邪魔をしないなら、別に構いませんよぉ。」

キーラ・ハーヴィーの答えは、ひどくあっさりしていたが、そもそもその軽薄な喋り方からして、彼女の本音は推し量りようもない。


「では、さっそく準備にとりかかりなさい。一刻の猶予も—」


「ゲーデリッツ長官」


その折、一同の前にビアンカ・ラスカーが現れる。


「…ラスカー先生か。どうしたね?」

ゲーデリッツはそう尋ねるが、なぜラスカーがこの場に現れたのかも、概ね予測はついていた。


「…私も、行きます。ルークと一緒に…」


「あなた、誰?」

キーラがラスカーに尋ねる。


「私は、ルークの担任教員です。…私にも、責任があります。ルークのことを、最後まで見届ける責任が…」


責任云々は建前である。本音を言えば、ラスカーはルークのことが心配だったのだ。

もしルークが窮地に陥った時、彼を救わなければならない。


また、あの「黒き魔法」が発動してしまったら?


そのような心配を、ラスカーは排除できなかった。そして最も核心的な理由は、今ルークが「行ってしまったら」、もう二度と学園には戻ってこないのではないか。そんな予感を、感じていたのだ。


「くすくす…過保護な親に、過干渉な教師…面白い人たち。ルーク君は幸せ者ね…」


キーラは小馬鹿にするように笑うが、ラスカーは取り合わない。


「ハーヴィー。ラスカーは優れた魔道士だ。道中役に立つと思うぞ。もし、偶発的な戦闘が発生すれば、だが…」


「ゲーデリッツ長官。王女は、ルークの移送経路は、東部国境付近を通っていけとの指示なんですけどぉ。

なーんで空輸しちゃ駄目なのかしら?

魔道士の使い魔で″空″から運べば、あっという間に首都アルベールに到着すると思うんですけど?」


「…いや、空からのルートは駄目だ。目立ちすぎる。

王女が東部国境地帯の経路を指示したのは、あそこは″司法院″の手の者がほとんどいないからだろう。不安定な地域なので、検問もほとんど機能していない。

故に…司法院に感づかれずルークを移送するには、うってつけなのだ」


「その代わり、あそこを通るのは危険ですよぉ?東の国から、難民が押し寄せてますからねぇ。治安がとーっても悪いの」


「…だから、君が派遣されたんだろう?キーラ・ハーヴィー。″危険″な任務は、君の得意分野じゃないか?」


「…私のやることは一つですよぉ。任務を邪魔する者がいたら、始末するだけです。」


キーラは微かに微笑する。エストリア騎士団の副騎士団長たるこの女性は、背丈はかなりの長身で、肩まで揃えた赤毛の髪に真っ白な肌。その整った顔立ちは、透き通るような美しさを内包していたが、その目はどこか虚ろで、人間的に何かが欠落しているような印象を、ルークに与えた。



そしてキーラ・ハーヴィーには一つ納得できないことがあった。


「長官、なんであんなまどろっこしい説得を、ルークにしたんですかぁ?無理やり彼を連れていけばよかったんじゃありません?」


キーラの問いかけに、ゲーデリッツ長官は重い口調で、言葉を返す。


「…アルベールに行く目的を明確に、ルークには持ってもらいたかったのだ。

誰かから指示されたのではなく、″自分の意志″で行動を起こしてもらいたかった。


人の行動には″理由″がいるのだ。理由がなければ、人の行動は破綻する。


力尽くで彼を連れていけば、きっと彼はまた逃げ出すだろう。だからこそ私は、彼に理由を与えた。それがたとえ、″まやかし″の理由であったとしてもな…

だが、その″理由″が自分にとって真に価値あるものなのか決めるのもまた、ルーク自身なのだよ。」


ゲーデリッツは、2つルークに嘘をついた。


一つ目の嘘は、ルークはあの「黒き魔法」で大勢を負傷させたが、誰かの「命まで」は奪っていないこと。


二つ目は、スヴェンがルークを助けたことによって法を犯し、「監獄行き」になったという事実。これも嘘だ。


(他人のことは、すぐに信じるべきではない…特に、私のような″嘘つき″はな。)


ゲーデリッツは、自らがルークに放った言葉を思い出す。



「あの言葉だけは、真実だよ…」



ゲーデリッツもまた、何かが欠落しているようだった。





















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