第13話
それは唐突だった。
「おい眞己」
獰猛な気配と共に、肩に手が置かれた。
「へ──?」
次の瞬間には眞己は宙を舞っていた。
視界が転地逆さまに見える。このままでは頭から地に叩きつけられて、最悪──首の骨が折れるだろう。
って、ヤバイだろ、それ。
「く……ッ」
眞己はせめて受身をとろうとしたが、全身の毛が逆立つような寒気がそれを拒否した。腕は意思に反して顔のまえでガードを固めた。
そして衝撃が全身を駆け抜けた。
逆さまになった眞己の頭を、サッカーボールを蹴ぬくかのように、思いっきり足刀がはいったのだ。
腕の骨が折れるかと思った。相手は本気で殺しにきている。
眞己は蹴られた勢いで廊下に思いっきり叩きつけられた。それでもなお勢いは止らず、水きり石のように跳ねながら、五、六メートルも吹き飛ばされて──壁にぶつかってから、やっと止った。
「どういうことだ。答え如何によっては、即、殺すぞ」
すごいです、おばあさま。いきなり殺人技をかましてくれた人物が発する言葉とは思えません。
「いや、答える以前に殺しにきてますからね貴女」
眞己は痺れて使い物にならなくなった腕をプラプラと振りながら言った。
「お前の答えはそれでいいのか。よし、わかった。──殺そう」
眞己に殺人技をかけた相手──鳴海は獰猛な瞳を鋭く細めながら、しなやかな指を鳴らした。
「いや、ごめんなさい。なにがなんだか全くわかりませんが、とりあえず謝りますから言い訳ぐらいさせてください」
眞己は即座に土下座をした。
昼休みどきで周囲に人の姿は多かったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。まさに今が命の分かれ道なのだ。
「よし、では言え。リンとなにがあった──?」
「──あ」
そうだった。鳴海がこれだけ激昂することといえば、リンのことにおいて他にはない。
だが──
「オレが説明するまでもないでしょう」
そうリンのことについて、鳴海が知らないことなどあるはずがないのだ。
なぜならリンのピアスはカメラの役割もするからだ。それは鳴海の持つメインコンピューターに絶えず送られているはずだ──もちろん眞己のピアスも同様である。これは明らかにプライバシーの侵害だが、リンを護るためには仕方がないと割り切っている。プライバシーを護るために、命を護ることができなかったら意味がないからだ。まあ、それらの理由で鳴海は昨日の二人のやり取りをすでに知っているはずなのだが──
「私は、お前の口から訊きたいんだ」
そう言われてしまうと、眞己には断る手段がない。
鳴海は、他に誰もいない特別教室へと眞己を引っ張り込み、盗聴の可能性を完全に排除してから、改めて問いただしてきた。
そこで浅いざらい話した。
鳴海からもらった映画のチケットを元手に、かれんとデートの約束をし、それをリンに妨害され、口論となり、そして──
ここで、眞己は口ごもってしまった。
しまった。これを言うのか。鳴海に対して。
「それで、どうした?」
鳴海はなにがあったかわかっているくせに、眞己の口から言わせようと強要しているのは、これのためか。ヤバイ。これを言ったらどうなるか予測がつかない。
「ん? どうした早く続きを言え」
鳴海の放つ殺気が、致死量を越えそうだったので、眞己は震えながらも口を開いた。
「あ──と、口論になって、その、リンに、その──キ、キス、された──」
言ってから、恐る恐る鳴海をみた。
彼女は、ほーう、キス、ね──と口の中で呟き、眞己に対して信じられないほど、綺麗な笑みを向けた。
眞己は我知らず咽喉を鳴らした。
それに彼女はより笑みを深め、いきなりその場で跳躍し、同時に鋭く旋回した。身に着けている白衣が花弁のように広がる。
そして──
「ふ────っざぁけるなぁっっ!」
最大限に遠心力を込めた踵を、眞己の左胸に叩き込んだ。
「ぐえぇぇぇえ──ッッ」
眞己は再び、ぶっ飛ばされた。
洒落にならなかった。
この際言わせてもらうが、心臓とは急所のひとつである。急所とは一撃で急死させることができる所だから、急所と言うのだ。
いくら骨で守られていると言っても、こんな蹴りがクリーンヒットしたら、折れた骨が心臓を突き破り、即座に死ぬことができる。
蹴られた瞬間に微妙にインパクト点をずらし、自ら後ろに飛んでなければヤバかった。手加減など毛虫の毛ほどもなかったのだから。
「こ、殺す気かあああああああああああああ……ッ」
「当たり前だ」
彼女は即答した。
「私ですら、頬にしかキスされたことがないのに、貴様は……ッ」
目がヤバい。声もヤバい。というかこいつの存在が一番ヤバい。
殺気を通り越して鬼気が宿っている。
「しかもリンの初めてのキスを……ッ。もう死ね。死んで償え──いや私が殺してやるから苦しみぬいて血反吐を吐きながら死に果てろ」
目の前に夜叉がいた。眞己はそれに血の気が引く思いだったが、必死に言い訳をした。
「オ、オレからしたわけじゃないぞ」
「だからこそ余計に腹が立つんだ。ぁあ、クソっ! 死ねッ。私のストレス解消のために狂い死んでしまえ!」
すごい理不尽だ。
「勘弁してくださいよ。オレが悪いっていうんですか?」
どちらかといえば眞己は被害者である。
鳴海は鼻を鳴らした。
「そんなことわかっている。昨夜のことも燐が悪いということも」
「だったら、なんでこんなこと……」
「ふん、ただの八つ当たりだ」
うわぁ、最悪だよこの人。眞己が素で引いていると、鳴海はため息を吐きつつ言った。
「燐の事はしばらくそっとしておいてやれ。私ができる限りフォローする」
そっとしておくも何も、リンとは昨日から口をきいていない。あれだけのことをされたのにも関わらず、眞己は朝ごはんまで用意してしまったのだが、結局リンは帰ってこなかったのだ。それでも彼女は学校には来ていたのだが、目をあわせようとしなかった。
「まあ、そうしますよ。他になにができるとも思えませんしね」
それに眞己の方にもまだしこりが残っている。
鳴海は鼻を鳴らして、手を振った。もう話は終わりだということらしい。
眞己は肩をすくめて鳴海に背を向けた。
「ああ、そうだ。眞己」
その声に振り返った瞬間──
「ふん──っ」
衝撃が眞己を襲った。視界には足を突き出した鳴海の姿がうつった。
胸骨が嫌な音を立てて軋んでいた。鳴海が眞己の心臓に向かって再び蹴りを放ったのだ。
蹴られた瞬間に、背後に飛んで衝撃を殺すことができたのは我ながら上出来だと思う。
ただ惜しむべくは、背後に窓があって、ここが三階だったことだろう。
眞己は見事に窓を突き破り、硝子の破片と共に地へと叩きつけられた。
薄れる意識の中、鳴海の一言が聞こえた。
「これで少しは気が済んだな」
本当に最悪だこの人。
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