第3話
眞己の苦労は学校だけでは終わらない。
寮に戻ってからも、リンにいいように使われているのだ。
眞己は大量に買い込んだ食材と共に、自室の扉の前にいた。
その扉を開けるのに手順が要るのだ。
ドアノブには指紋を調べるセンサーが取り付けられていて、インターホン型セキュリティが声紋を、そして扉についている魚目が網膜をスキャンする。
これら三つを潜り抜けないと部屋に入れないのだ。ちなみのこの扉は特別製らしく、一説には核の爆発にも耐えられるとか。
これだけのセキュリティが最初からあれば、あんな死にそうな目に遭わなかったものを。
そう思いながら、買い物袋を片手に扉を開ける。
すると――、
そこには、学生寮とは信じられないような広さがあった。
本来この学生寮は、二人部屋だ。机が二つと二段ベッド、トイレ、冷蔵庫と、LAN、配線が備えつけだ。キッチンは各フロアに共同。一階に多目的ホールと銭湯のように広いお風呂がある。
それがリンの場合は、学生寮の最上階のワンフロアがすべて彼女の部屋になっている。
なんでも春休み中に工事が行われ、もともとの寮の屋上を改築して階そのものを増やしたらしい。初日扉をあける前にそこに気づいておけば、もう少し違った未来があったかもしれないのに――っていうか気づけよ。あきらかに他の階と新しさが違うし、間取りすら違うじゃん。少しは怪しいと思えよな、過去のオレ……
そう思いつつ、玄関から廊下を歩き、多目的ホール並に広いリビングに着くと、そこは――これでもかというほど散らかっていた。
泥棒に入られたと言えば、十人中九人は信じるだろう。信じない一人はその真相を知っている眞己だけだ。
なんだろう、この散らかりようは? 朝まではまともだった。それは間違いない。ということは放課後までの数時間でここまでになったということだ。しかも朝昼は学校にいるはずなのに、どうやったらここまで無残なことになるのだろう。
そんな中に、その首謀者であるリンは一人優雅に立っていた。
「なんだこれは?」
「ん、おかえり」
「どうしたら、こうなるんだ?」
「え、たまってた荷解きをしようと思って――」
「――やったら、こうなったてか?」
そう、このお嬢様は学校では完璧だが、実生活は駄目駄目なのだ。それはもう料理洗濯はもちろん片付けもできない駄目っぷりだ。
「うん、だから早く片付けてくれない?」
彼女は当たり前のようにそう続けた。
駄目っぷりに加えて高貴な育ちだからだろう、ナチュラルに身勝手かつ傲慢であることを付け加えておく。人に命じるのに躊躇いがないのだ。
「マジで……? これを?」
「うん、今すぐ」
さらに言わせてもらう。部屋はこれでもかというぐらい散らかっているのだ。それこそ震度七クラスの地震が起きた直後のように。これを今すぐ片付けろというは無茶を通り越して無謀だろう。
「マジでか……」
「うん、何度も言わせないでよね」
彼女はあきれ果てたように言い、さらには――
「ああ、晩御飯も早く作ってね。今夜はミネストローネと海鮮パスタが食べたい、かな」
気まぐれなネコのように身を翻すと、リンはリビングを出て行った。
「……勘弁してくれよ」
眞己は呆然と呟いた。なにはともあれ、彼女の命令には逆らえない。逆らえばあのときの二の舞いである。
深く嘆息しつつも、とりあえず足元の片付けから始めたが、いきなり手にしたものが女物の下着だった事に、早くもげんなりとしてしまった。
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