第1話
その出会いはまさに衝撃的だった。
扉を開けたら、下着姿の美少女がいたのだ。
それも絶世のという言葉が頭についてもいいぐらいの。色素がうすく首筋まで伸びた艶やかな髪。どこか神秘的な猫科の動物のように切れ上がったまなじり。ほそくしなやかな肢体。そう、それは人類の考える美の基準をそのまま立体化したような、完璧な美しさを誇っていた。
長い間、お互いに固まっていたように思えるが、呆然としていた時間はわずか三秒程だろう。その間にここまでのことを考察したのだから褒めてほしいぐらいだ――といってもこのとき、そこまで考える余裕は毛虫の毛ほどもなかった。
美しい少女の顔が羞恥に染まり、濡れたような唇が叫び声を上げるように大きく歪んだ。
ヤバイと思ったときにはもう手遅れだった。
反射的に、間違えましたァっ! と言って扉を閉めた。
胸を押さえながら、扉に背をあずける。なぜかフルマラソンを走って後のように呼吸が荒くなり、全身から粘つくような汗が滲み出ていた。
入学早々痴漢になってしまった。お先真っ暗だ。あぁ、おばあちゃんになんて釈明したらいいんだ――って違うっ! いや、落ち着け。結論をだすのはまだ早い。
だって、ここは――男子寮だ。
現実的に考えれば女がいるはずがない。それに、ここは自分に割り当てられた部屋のはずだ。そう、女などいるはずがないのだ。この春に新調したメガネが見せた白昼夢か、はたまた自分の脳が見せた青少年特有の妄想か、とにかく幻のはずである。
だから、再びこの扉を開けても、だれもいないはずだ。とくに女は。
そう祈るような気持ちで再びドアノブを廻し、空けた瞬間――
――目の前が真っ白に染まった。
後に判明したことだが、それは高速で飛来してきた超重量物体――信じられないことにマクラだった――が顔面にめり込み、意識を刈り取ってくれたからなのだが、そのときには何がなんだかわからなかった。
そして、覚醒し目を開けると、自分は両手両足を縛られていて、口には猿轡がしてあった。
なぜに?
そう思えど、声は出ない。芋虫のように転がりながら、何とか状況を把握しようと周囲の様子を探った。メガネ――奇跡的に割れてなかった――がズレてしまった所為で視界の半分は歪んで見えた。
すると――
「目が覚めたかい?」
それは、耳に心地よく賛美歌のように澄んだ声質だった。それだけでわかった。この声の持ち主は先程の美少女だと。苦しい体勢で声のするほうを見た。
そこには、男物の制服を着て美少年に変身した少女がいた。そして、信じられないほどきれいな笑みを浮かべながら、右手に包丁を持っていた。刃が灯りを鋭く反射させ、目に眩しい――って違う!
なんで、包丁? え、下着姿見ただけで死刑? 本気で?
そう目で訴えた。それが通じたのだろうか、美貌がわらった。それは生きるもの全てを虜にしてしまいそうな笑みだった。そして笑みをうかべたまま朱唇をひらく。そこから漏れるのは天使のように流麗な声。
「ここで、口封じで殺されるのと、さっき見たことを墓に入るまで誰にも言わずに生きるのと、どっちがいい?」
一瞬、何を言われているかわからなかった。さっき見たこととは、下着姿のことだろうか。それとも――その考えも長くは続かなかった。
「どっち?」
再び少女が問うてくる。まあ、答えは決まっている。死にたくなければ後者を選ぶしかないのだから。
だが――
答える術がなかった。手足を縛られ、口も塞がれているのだから。どうしろというのだろう。
「ああ、そうか」
それが、伝わったのか、猿轡を切るために包丁を近づけてきた。
「そんなに早死にしたかったなんて、気がつかなかったよ」
猿轡ではなく、咽喉を切り裂こうと思ったらしい。
「~~~~~~っ!」
声にならない悲鳴を上げ全力で首を左右に振った。
「え、死にたいんじゃなかったの?」
絶対に死にたくない。
「じゃあ、誰にも言わない?」
大きく頷いた。
「そう、約束したからね」
そう言って、今度こそ猿轡を切ってくれた。それを吐き出しながら手と足も自由にしてくれと訴えた。
「わかってるよ。そんなに慌てないで」
まず、手を解放され、続いて足が自由になった。とりあえず固まった関節をほぐしながら、ずれたメガネを中指と親指で両端を持つようにして直した。そして、睨むようにして少女を見る。
「そんな怖い目をして睨まないでよ。事情なら話してあげるよ」
そう言いながら彼女は肩をすくめた。そんな一挙手一投足にも匂い立つような気品があり、つい耳目を引きつけられるのだが――、それでも包丁は持ったままである。
「まあ、その前に……キミの名前は?」
「
そう答えると、彼女は笑みを浮かべ、
「そう、ボクの名前は、
そう言って、右手を差し出してくる。眞己は反射的に手を握り返していた。
「これから、よろしくね。ルームメイト」
その言葉に絶句してしまったのは、どうしようもないと言えるだろう。
なにはともあれ、この出会いから全ては始まったのだ。
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