夢の、夢による、夢のような解決策

Unferth(ウンフェルス)

議場にて

議場は静寂に包まれている。

現代のこの深刻な事態に対処するために、世界の声、民意の代表が集まっている。

みなこの危機にどう対処すべきか、思索を巡らせている。

ただ一人の、いや、ただ一柱の存在を除いては。


まず議長が重々しく口を開く。

「現代の病は経済に、そして人類の生存に大きな打撃を与えている」

まったくもっともだ。現在の情勢は油断ならない。

「全世界の技術、頭脳、そして労力を結集してもなお、この問題はすぐには解決されない。まず私達が始めるべきはこの問題を落ち着かせること。対処療法と言われようと、我々は動かなければいけない」

悲痛な、そして密やかに賛意の声がところどころで上がる。

そう、我々はこの問題に、新しい流行病に対処できない。

アトランティスを発祥としたこの病は、世界をまたたく間に広まった。

今や、世界のどの場所においても、安全ということはない。


アトランティス病、これは症状は風邪に近い。とはいえ、それは方向性が近いということに過ぎない。

世界は今やあらゆる流行病に無防備となっているのだ。

「世界の一体化」、航空機・船舶・自動車・鉄道、あらゆる交通網は、経済に欠かすことのできない要素だ。

いやむしろ、現代に、現代という時代に欠かすことはできない。

私達は遠く離れた人々と話し、ものを売り買いする。

かつて国、あるいは大陸という風な小さな経済圏しか持たぬ時代は終わり、現代は「グローバル化した」と多くの人々は自信を持っていた。

そして、そうした経済のあり方が私達の生き方、そして思想にまで染み込んでいた。

だから、これは本当に憂慮すべき事態なのだ。


今やアトランティス病によって経済は死んでいる。

現代を現代たらしめていた流通網こそが死を運ぶものとなり、

「死神は貧乏人と富豪の戸を平等に叩く」という格言の通り、

病は、そして死は平等なものとなった。


「私がみなさんに提案したいのは、経済の一時的なブレーキをかけることである。我々はこの病になんの解決策も持っていない。かつて我々が駆逐した病に対するような武器を我々は持たない。それゆえ入国の制限、これを我々は今日まで避けてきたが、受け入れなければいけない。冬の時代を受け入れなければいけない」


議長もまた、苦しみながら声を発した。

以降、先進各国の代表もまた発言こそしたが、それは言葉を変えただけで、結局の所は議長の言葉の繰り返しに過ぎなかった。

そう、我々は冬の時代を受け入れなければいけない。


しかし、厄介な存在に発言の順が回ってきた。

あの忌々しい緑の神。この整った場ーーみながスーツを着て文明国として対峙している場ーーで唯一、明確な非文明。

私が知るもので似たものをあげるなら、歴史の授業で習ったローマ教皇のように野暮ったく、あまりに過剰な装飾。

長いローブ、数多の金の装飾品。

非文明の代表、アステカ代表のククルカンが発言する順となった。


「私がみなさんに提案したいことは忍耐ではありません。冬の時代ではなく、春の時期をあなたがたに提案したい。私は雪解けをあなたがたに提供する」

議場からため息がもれる。この女はいつもこうなのだ。

非科学、非論理的、そして未開。

「私は特効薬を提供する。それは直ちに病を治し、また病を予防する。あなたがた科学においてなそうとしているもの。ワクチン、あるいは解毒薬と呼ぶもの。それを私は提供する用意がある」

なんという欺瞞だ。嘘つきめ。この女が科学と対比させたように、かの国が提供する薬なるものは魔術的なものなのだ。

一体どの国がそんなものを承認するのか。どの保健局がそれを認めるものか。そこには科学的・合理的根拠が欠けているのだ。

「アステカ代表の提案には大きな問題がある」

ブリタニア代表が声をあげる。本来は発言を遮るのはルール違反だが、無法には無法で対処しなければいけない。

「アステカ代表が提案する特効薬とは、あなたがたが信奉する怪しげな儀式で作られた偽薬にも劣る代物ではないか。今や世界は科学の世紀なのだ。我々には病を解明し、それに対処する確かな知識が、技術がある。この場においてこれ以上、無意味で根拠のない発言は認められない。それは時間の浪費である」

他のどの国もがこの発言に賛同したであろう。

いや、推測ではなく、実際に議場から賛同の声さえ聞こえてきた。

「では、あなたが実際に何をするつもりなのです」

アステカ代表の冷たい声が響く。

「ブリタニア代表の発言に反し、議長は経済を壊死させることをあなたがたに提案した。魔術? そこのどんな問題があるというのですか。現に私の国では病はもはや確認できません。私が癒やしたからです。あなたがたが言うまやかし、魔術によってです。もっとも私はそれを”奇跡”と呼ぶのですが」


そう、いかなる偽装によってか不明だが、アステカではアトランティス病が一切確認されていない。厳密には発症は確認された。しかし、アステカ代表が言うように、完治したと彼らは報告している。

しかし、仮に彼らがどれだけの偽装された証言を集めた所で、それは国際社会が認める事実とならない。かつてノヴゴロド連邦が他国に対し彼らの罪を隠しおおせたように、アステカもまたプロパガンダによって、偽の情報を発信しているに過ぎない。我々はもう二度も騙されはしない。

「事実、我々の支援を受け入れたクタイではアトランティス病は直ちに駆逐された。社会が正常となり、経済が回復したことはあなたがたもご存知のはず」

議場ではクタイ代表に冷たい視線が注がれる。それは当然だ。文明国として恥ずべきことだ。たしかにクタイ国はアトランティス病によって人口の50%が減少し、経済は崩壊した。しかし、それを言い訳にしてアステカの操り人形になっていいはずがない。彼らもまた金銭か、あるいは国際秩序への不平から、この場に毒を持ち込もうとしているのだ。


「ですから、あなたがたはこの事実を素直に受け入れればいいのです。アステカは何の見返りも求めません。私達はあなたがたのように金銭欲にまみれ、お金を受け取ることで満足するつもりはありません。私達はただ純粋に病める人、不幸の最中にある人を救いたいだけなのです」


しかし、私達の対応は決まっていた。裏切り者はクタイのような少数だけであって、我々はこの病に対して正しい対応をとることを決議した。僅かな票が反対に回りはしたが、国際社会は理性的判断を下したのだ。

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