[完結]The Tales of Bluebird

柏沢蒼海

EP.01:紅の凶鳥

 深い闇が月明かりを覆ってしまうような深夜、闇の中にそびえる管制塔から照明の光が漏れている。

 

 夜闇で行く先の見えない滑走路ランウェイ、扉の隙間から光を漏れるハンガー、滑走路までのタキシングウェイは誘導灯の光が重なっている。


 ここは、アキツ州にある<第19特殊防空管制基地>は国内最大の基地だ。


 通称、アキツ基地と呼ばれ、スクランブル発進しやすい位置条件であり、敵対国家への出撃も容易に対応出来るようになっている。

 それに、パイロット達は精鋭揃いだ。



 滑走路まで延びているアスファルトの通路、そこを大型の戦闘機が通り過ぎる。

 機体後部のエンジンノズルから熱波を放ちながら、静かに、滑るようにタキシングウェイを滑走していく。

 それは単機では無く、同じ機体が4つ。

 その造形は鋭角と曲線、堅牢なフォルム。イースト・エリア国防空軍の最新鋭機。


 その編隊が滑走路に至る。

 隊長機が管制塔タワーとの交信を終え、順次滑走路へと進入していく。


 先頭の機体のエンジンノズルから青白い炎が噴出され、爆発的な推力を得る。

 同様に後続機もまたアフターバーナーを使用し、炎を延ばしながら轟音と共に闇夜に旅立っていく。

 こうして、4機は漆黒の闇の中へ溶けていった。



 イースト・エリアではスクランブル騒ぎなど珍しくもない。

 ただ、この時は「ただの」スクランブルでは無かった。



 イーストの夜空に、今日も『強襲可変戦闘機レイダー』が舞い上がる。







 見上げれば暗黒、目の前には計器類の灯り。眼前にはヘルメットのバイザーに投影された戦術情報や機体のコンディション、航路情報が表示されている。


 右手と左手は操縦用の管制スティックとそのボタンに触れ、両足はフットペダル。



 真横に小さな灯りを視認、赤と青の光、機体の両翼端に付いている識別灯だ。

 左には3番機が、もっと奥には1番機が、ここからでは見えないがその奥には2番機がいる。


 闇夜を見つめているとヘルメット内で電子音が響いた。

『こちらガルーダ1より各機へ、このまま編隊を維持したまま巡航速度を保つ。いいな?』


 短いノイズを挟んで、再び電子音が鳴る。

『こちらリー、そんなにノロノロ飛んでいて大丈夫なんでしょうかね?』

『――ガルーダ3、今は任務中だぞ』


『こちらガルーダ2より、ガルーダ1へ。戦闘速度での移動を進言します』

 ガルーダ2、その女性の声がそう告げた。

 しばらく無線が黙っていたが、数拍の間を置いてから再び電子音が響く。


『ガルーダ各機へ、速度を上げるぞ』

『やれやれ、始めからそうすりゃいいのに』

『――ガルーダ3、私語は慎め』

 コクピットを覆っているキャノピーの向こう側で、3番機と1番機が加速していくのが見えた。


『ガルーダ4、クーガー。準備はいいか?』

 隊長が無線越しに俺のもう1つの名前を呼んだ。

 スティックのトリガーに指を掛けながら、俺はヘルメット内の無線機に向かって答えた。


「ガルーダ4、レディ」

『――よし、良い返事だ』

 左手で握るスティックをバイクのスロットルのように捻る、推力を、パワーを解放していく。

 機体が震え、速度が上がる。バイザーに表示された数値が激しく変動している。

 湧き上がる闘志と興奮を抑えつつ、スティックをより強く握りしめた。


 ――闇夜はずっと濃い。黙って見ていると吸い込まれそうになる。

 だがその暗雲が不意に途切れた。月明かりが微かに海面を照らし、夜明けまで数時間もあるのに不自然に明るい夜の空がそこにあった。


 そこでいくつかの光が交差し、新たに小さな光点を撃ち放っている。

 ――友軍機だ、遠くからでもアフターバーナーの光が見える。

 そしてどこかに飛んで消えていく小さな光点は機関砲の曳光弾だ。それは1つや2つではない、複数の機体が連携して『狩り』を行っていた。


 複数の味方機が巻き付くように飛び交うその中心に、ヤツがいた。

 淡い月の光に照らされ、毒々しいほどの赤色が艶やかな光沢を放っている。

 そのシルエットは大胆にして繊細。大型機でありながらもその大きさを感じさせないほどに機敏に――そして、鋭利に『斬るような』旋回していた。


 その機動マニューバを実現すべく、機首付近の小型安定翼カナードや紫色の炎の尾を延ばす可変ベクターノズル、そして機体各所のスラスターが機動マニューバに必要な要素を全て支えている。

 コクピットは、まるで化物の顔のように複数の赤い眼が付いた装甲に覆われていた。


 コクーンキャノピーと呼ばれるものだ。センサー類で外界の情報を得て、それをヘルメットのバイザーやコクピット内に表示するという装備らしい。

 そのような仕様の機体は国防軍にはいない。



 小型機のF/R-16がヤツの背後に食らいついた。

 いくら時代が進んでも、空戦において背後を取ることの優位性は依然変わらない。

 その基本通りに、ユニコーン隊の4番機が所属不明機を撃墜可能な位置取りに成功した。


 所属不明機ボギーは追跡を振り切るように機首を天に向けた、その動きはただ上昇するようにしか見えない。それに追従するようにユニコーン4もまた機首を上げる。

 まさに、その瞬間だった。



 単に上昇するように見えた所属不明機は、突然真横に回頭フラットスピンした。

 まるで飛行機からブーメランにでもなったような機動の最中、機体が歪み、曲がり、そして人型に変形し始める。

 その変形は1秒も掛からない、ユニコーン4の機首は天を扇いだままだ。


 そして、人型になった所属不明機は両手で抱えたそれをユニコーン4に向けた。 


 低く、重い轟音が夜空に木霊する。

 それは大口径の機関砲。チェーンソーのような銃声と共にユニコーン4、F/R-16の華奢な胴体と小さな主翼にいくつもの風穴を開けていく。

 機関砲の咆哮が止むと同時に、ユニコーン4の機体は炎上し、エンジン部から爆発が上がった。

 それを見届ける様子もなく、所属不明機は再び「鳥」になって夜空を駆ける。

 


『――聞こえるかッ!? ユニコーン4! ルーキー! 』

 ユニコーン隊隊長の叫びが無線機を震わせる。


 未だに撃墜許可が出ていない、だからユニコーン隊やそれを支援していたイーグル隊もミサイルの使用が禁止されていた。

 ほとんど撃墜するつもりで機関砲を撃っても、ひらりひらりと避けられてしまう。


 そして、ガルーダ隊も発進許可を得て、空に上がったものの肝心の撃墜許可が降りてない以上は攻撃することが出来ない。


『――おいおい、まさか俺達はずっと見てろっていうんじゃないだろうな!? 』

 ガルーダ3が吠える。

 それはガルーダだけではなく、イーグル、ユニコーン両隊とも同じ気持ちだろう。


 未だに出ない許可、突如攻撃してきた所属不明機。自らに降りかかる火の粉すら払うことも許されないまま、ユニコーンとイーグルの両隊は所属不明機を追い回し続けている。

 それを遠巻きから見ているガルーダ隊自分達


 トリガーに掛けたままの指がつりそうになりながらも、敵機がこちらを向いた時に対処出来る速度を保つ。

 しかし、どう見てもそれは劣勢だった。

 数で勝っているとは言っても、相手の機動は常軌を逸脱している。

 数機で取り囲んでいるにも関わらず、ほぼ全ての機体の射線を避けるように機体を「転がしている」。

 ただ飛んでいるのではなく、途中に奇怪な機動を挟むことでこちらの予想を裏切り、そしてあわよくば後ろを取ろうとさえもしてくる。


 相手はこっちを殺す気で来ているのだ。


 そんな悲惨な状況を見ている時、突如無線から甲高いビープ音が響いた。

『――こちらAWACS<ホークアイ>より各隊へ』


 目視で確認出来ないが航空管制機AWACSからの通信のようだった。


『本部より、攻撃許可及び撃墜許可を得たッ! ガルーダ隊の交戦を許可する』

 それを聴いた時にはほとんど反射的にコンソールのスイッチを切り替え、武装の安全装置を解除した。


『よォし、ガルーダ・オール、ウェポンフリー! マスターアーム・オンッ』

『待ってましたァ! 』


 遠巻きから眺めるのはもうおしまい、隊長機が機体を傾けて急旋回するのを確認してからそれに続く。

 改めて管制スティックを握り直し、生唾を飲んだ。

 視界の中にいる敵機はゆらゆらと不規則な旋回をして、ユニコーン1とイーグル2の銃撃を避けている。


『――所属不明機を<ボギー013>と設定。イーグル、ユニコーン両隊はガルーダの援護に移れ』

『こちらユニコーン、了解。あと回収部隊を急がせてくれ』

 味方機が一斉に散る、たった1機を追い回す茶番は終わった。


『ガルーダ1より各機へ、俺達はスタープレイヤーだからな、各機の判断に任せるぞ――』

 隊長の言葉に思わず口元が緩んでしまう、この発言はいつもの事だ。


 俺達はスペシャルで、精鋭で――

『――ブレイクッ! 』

――最高戦力だ。



 スロットルを全力で解放する、アフターバーナーで急加速。僚機ガルーダ3を追い抜くように前へと躍り出る。

 所属不明機、ボギー013はフラフラとした機動をしながらこちらを向く。


 国籍や所属を示すマークが一切無い機体、気持ち悪いほどに目立つ真紅のカラーリング。

どれをとっても異質そのものだ、異次元からやってきたと言われても信じてしまいそうになる。

 だが、1つだけわかることがある。


 ――今まで戦ってきたヤツらとは、別格だ。

 だからこそ、負けるわけにはいかない。

 

 機体を視認したと同時に、その距離はあっという間に縮まっていた。

 瞬きする間も無く、衝撃波がキャノピーを叩く音で交差したことを知った。


 即座に操縦桿を引き起こし、機体を急旋回させる。

 見上げるようにして、あの真紅の機影を視界の中へ収めた。


 ――問題はここからだ。

 ボギー013の機動力は凄まじい、曲芸飛行アクロバットを実戦でこなす度胸のあるパイロットがそのコクピットに収まっているのがそれ以上に質が悪い。



 ボギー013はこちらに見向きもせず、そのままの進路で飛行を続けている。このまま追えば背後に付けるだろう。

 ――きっと罠だ。

 

 視界の端ではガルーダ3が変形。人型のレイドモードで滞空しながら、機体の両手で保持している20ミリガンポッドを発射している。

 しかし、ボギー013はそれを気にする様子は無い。

 ガルーダ2とガルーダ1の位置は見えなかったが、おそらくどこかで仕掛けるつもりのはずだ、そのチャンスを活かすためにはガルーダ3と共同でこちらに引き付けておかなければならないだろう。


 機首をヤツの方に向ける。同時に管制スティックに付いているスイッチを指で弾く、選択した兵装は熱源探知型の短距離ミサイルIRMだ。

 バイザーの表示が切り替わり、火器管制システムによって翼下パイロンに搭載されたミサイルのセンサーが起動。

 赤外線センサーが作動していることを告げる電子音がヘッドギアから流れる。


 センサーがボギー013を即座に探知、バイザーに投影されているサークルが収束していく。

 ボギー013の機影にロックオンシーカーが重なる。


 電子音がリズムを刻む。そして、ノイズのようなアラーム音に変わった。

「――ガルーダ4、フォックス2ッ」

 発射宣言をして、トリガーを引いた。


 ミサイルのジェット加速によって大気が裂かれる音が聞こえた時には、ミサイルスモークの白煙がボギー013へ伸びていった。

 機体を傾け、進路をずらす。スモークが邪魔にならない位置へ移る。


 当たるとは思っていない。いくらミサイルが進化し続けているとはいっても、撃たれる側がずっと同じように撃ち落とされ続けているわけではない。

 それに強襲可変機にとってのミサイル攻撃は、ジェット戦闘機同様に避けられない攻撃では無いのだから。


 ボギー013は激しく旋回する、縦横無尽に機首を振り、機体を疾駆させている。

 遠距離、短距離問わずミサイルには対象の機動を予測する機能がある。ほとんどは機体とミサイルとの相互の情報のやり取りによって命中性を向上させるのだが、既に武装を切り替えてしまったのでその機能は使えない。

 いや、むしろ最初から当てる気など無かった。


 ボギー013を追っているミサイルはイースト空軍特製。高感度センサー、高性能CPU、とんでもない超機動で逃げる相手に対して同じように「超機動」で追尾するために方向転換スラスターを搭載している。七面鳥を撃つターキーショットにはあまりにも高価なミサイルだ。


 ヤツの力量はコイツを避けるほどの実力はある。

 だが、今までのようにヒラヒラと飛ぶだけでは避けることは出来ない。それでもあの手この手で絶対に避けるだろう。

 その時がチャンスだ。



 ふと、目線を下げる。

 そこにはヘルメットのバイザーに投影しきれない情報と、兵装や機体の現状が事細かに表示されている。もう少し目線を下げると、僚機やAWACSによる戦域情報を共有したデータリンクマッピングが表示されたモニターがある。

 そこにはガルーダ2とガルーダ1、そしてガルーダ3とボギー013の位置がはっきりと映っている。

 その位置というのはボギー013の2時と10時の方向だった。そしてガルーダ3が真後ろに陣取っているという図だ。

 すぐに視線を戻すと、ボギー013は失速寸前まで逃げている。


 ミサイルの予測を欺くように必死にもがいていたが、対抗手段を用いずに「機動マニューバ」だけでこのミサイルを回避するのはほぼ不可能に近い。

 そう悟ったのか、ガルーダ3の銃撃を避けつつも静かに高度を上げていた。


 アクションを起こす時が来た。

 強襲可変戦闘機レイダーという兵器はとても自由だ。人型の陸戦兵器アーチャーが実用化され、一度は戦場を駆逐された戦闘機と混じることによって生まれた兵器。

 その性質上、パイロットの身体能力とスキル次第でどこまでも無茶が出来る機動兵器である。


 そして、その神髄は「アクロバット」だ。


 ボギー013が変形。翼を曲げ、畳まれていた腕や脚を広げ、胴体や機首は別の部位へと変貌させる。


 ――まるでメタモルフォーゼだな。


 「鳥」から「人」になったボギー013は滑空し、最後の回避機動を行う。

 その回避機動によって、再び新たな機動予測を行うミサイル、そしてそれに機関砲ガンポッドを向けた。


『――ガルーダ1、ドライブッ!』『――ガルーダ2、ドライブ!』

 二人の声が同時に無線から届いた。

 『ドライブ』近接距離用のマイクロミサイルの使用宣言。

 上方から大量のミサイルが白煙を引いてボギー013に向かって行くのが見える。


『ガルーダ3、ドライブ! ドライブ!』

 同様に弾幕を張り続けたガルーダ3も同じくマイクロミサイルを使用する。


 真紅の巨人は眼前に迫る短距離ミサイルに銃撃を浴びせた。

 そして、爆発が起きる。

 しかし、その次の瞬間には数十発ものマイクロミサイルに囲まれている。


 ボギー013は冷静だった。静かに高度を下げ、海面に機体の鼻先が触れるほどの低空で機体を滑らせるように移動。

 それを追うように飛んで来たマイクロミサイル、その時ボギー013の肩の一部が動いた。装甲の一片がずれて、中から剥き出しになったマイクロミサイルが現れた。


 間も無く、肩から弾けるように飛び出したミサイル群は追尾していたミサイルを撃ち落とす。


 連鎖的な爆音と、黒煙が海の上で発生。

 恐ろしい量のミサイルをその半分以下の量で迎撃してしまった。密度の濃い攻撃も視点を変えれば無駄な攻撃になる。

 しかし、この黒煙はミサイルの推進剤が含まれているせいで、すぐには消えない。


 ――まだ勝機は失われていない。

『行け! クーガーッ!』

「――了解」

 

 機首を海面へ向け、天地がひっくり返ったまま、地上に向けて降下ダイブする。

 スロットルを緩めず、加速したまま急降下した。

 主翼が、機体が唸る。加速によるGと機体に負荷が掛かっていることで発生する振動を全身で感じながら、黒煙の中にいるだろうボギー013を見る。


 ガルーダ3が別の位置から牽制射撃を行っていることもあって、ボギー013はこちらを向いている可能性は低い。 


 加速を続けながらも、また機体を回転させて通常の向きに戻す。それと同時に強引に管制スティックを手前に引く。

 機首がふっ、と持ち上がった瞬間に操縦桿――右手が握っている管制スティック、そのグリップ下部に付いているボタンを小指で押す。スティックが固定され、根本が少し浮き上がる。

 浮き上がったスティックを自体を手前にスライド。


バイザーに投影されていた火器管制システムFCS、その表示が切り替わる。

 フットペダルが浮いて、足首を固定してペダルと足が一体となる。


 そして、機体の変形が開始された。

 大気を裂き、抵抗を受けながらも装甲が開き、折れ、重なり合う。

 機首周りの装甲自体がキャノピーを包んだ時、バイザーは透化ディスプレイではなく、モニターそのものになった。


 ――バイザーは「巨人の視点」を映していた。

 可変時に大きく減速してしまっていたものの余剰速度は充分で、機体は垂直に立ったまま海面のすぐ上を滑空している。

 目の前には、壁のように分厚い黒煙がある。


 兵装を、近接攻撃用のショートブレードを選択する。

 バイザーの隅に表示された機体ステータスウィンドウでは左腕に収納していたブレードが展開されたという通知が更新。


 機体のセンサーが黒煙の中にいるボギー013を捉えた。目視情報に追加表示される。

 それと同時に3時方向から飛んでくる機関砲の攻撃が止んだ。

 

 その微かに見える機影に突撃。

 夜空よりも漆黒の海上を駆けて、闇より深い場所に至った。


 黒煙のカーテンの向こうに、真紅の姿を見た。

 ほぼ反射的にトリガーを引く、それと同時にFCSや機体の制御OSがいくつもの指示を電流が走るより速く伝える。

 群青色の左腕が薙ぐように一閃。煙幕を切り裂き、真紅の巨人に刃が触れる。


 バイザー全体にボギー013が映り込む。真紅の巨人は左腕を差し出し、腕に付いた装甲で刃を受け止めていた。

 プログラミングされている通りに、ブレードを振り抜く。

 真紅の装甲に一筋だけ、白銀の細い傷が残ったのが見えた。

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 そのまま滑るように自分だけが黒煙の中を通り過ぎる。ボギー013の位置を思い出しつつ、その方向へ「顔を向ける」。


 機体と自分の頭の動きが連動して、意図通りに自分の来た方向の景色が映っている。

 しかし、ボギー013を捕捉することは出来ない。


 武装を手持ちのガンポッドに切り替え、煙の中へ撃ち込む。

 弾倉から鎖のように繋がった弾薬が引き上げられている音、そして銃身が回転する時のモーター音が混ざり、低く、重い騒音がコクピットを支配する。

 だが、手応えは感じない。


 浮いたフットペダルを傾けるように踏んで、機体を横に滑らせる。

 別の方向からボギー013を探すが、煙の中にいるようには見えなかった。

 

 突如、煙の中から「鳥」のボギー013が飛び出す。

 反射的にトリガーを引いたが、ガンポッドの曳光弾が虚空に消えるのが見えた。


『――クーガー! 追うんだ! 』

 ガルーダ3の叫びを無線機が運んでくる。

 

 僅かに高度を上げて、機体を変形。

 海面ギリギリで機体が複雑な変形を終え、巨人は鳥に戻る。

     

 機首をゆるやかに上げながら、機体を加速。

 ボギー013の機影は闇の中へ戻る。この夜がずっと続くのではないかと思えるほどに果てしなく、途方も無い戦いをしている気分になってきた。

 だが、それも終わらせなくてはならない。


 ボギー013はこちらを誘うように、柔らかく緩やかな旋回を繰り返す。焦って食らいつけばユニコーン4のように叩き落とされることになる。

 それでも距離を詰めなければ、ボギー013は誰かを食い殺すだろう。


 視界の中にボギー013を収め、武装をチェーンガンに切り替える。バイザーの透化表示HUDにガンレティクルが追加された。


 ボギー013の機動を予測して、機体を傾けた緩旋回で追跡。

 何度か大回りな旋回を繰り返すと、ボギー013は急に海面へ向けて旋回した。

 それに付いていくように地上に機首を向ける。

 しかし、その直後だった。


 ボギー013は普通はありえない勢いで機首を天に向けた。

 機首のすぐ下には鈍く光る大型機関砲ガンポッドがある。


 強引に旋回し、機関砲の射線とボギー013との衝突コースを逃れた。

 だが、それがヤツの狙いだった。


 ユニコーン4を落とした時のように、真紅の機体が夜空に「浮いた」。

 そして、奇怪な急旋回でこちらの背中を取っている。

 見上げた先には再び機関砲が大きな口を開けていた。


 淡い光を放つ月を背にして、真紅の鳥がこちらを食い破ろうとしている。


 フットペダルを両方踏み込み、スロットルを全開にしながら、右手の操縦桿を全力で引き起こした。


 機体全体で大気を切り裂き、凶鳥の攻撃を間一髪で避ける。

 リミッターを解除し、ベクターノズルの可動範囲をさらに傾けて機体強度限界の超ハイGターンを実行。

 ボギー013は見事に失速し、機首を上に向けたままで高度を上げようとアフターバーナーを使用している。


 ――決めるならここしかない。

 ヤツはパワーを失っているし、変形して逃げようともあっという間に包囲されてしまうだろう。


 ボギー013の機影にガンレクティルが重なる。

 その真紅の機体に、その背中の一部にさっきのブレードでつけた傷があるのが見えた。

 トリガーを引き絞るために力を入れた。トリガーに遊びがあるのがもどかしい――



『――攻撃中止、攻撃中止』

 突然、AWACSからの通信が入った。

 一瞬遅れたせいで、ボギー013はガンレクティルから抜け出してしまう。


 ビープ音が入ってから、無線から聞き覚えの無い声が流れた。

『――こちらはレッドアイ・ガーゴイル社のフェンメル隊だ』

 戦域モニターでは内陸から新たな機体群が接近しているのが映っている。

 間もなくして、赤い三角から緑色に変わった。


『――そちらが攻撃しているのは我が社の機体だ、攻撃を中止せよ』


『――識別表記が無かったぞ! 』

 ボギー013はフェンメル隊の方へ飛んで行き、そのまま通り過ぎる。

 それに対して、フェンメル隊は警戒する様子が全く無い。


『そちらがボギー013と対象設定している機は、海外での特殊任務の為に所属や国籍表示を塗り潰している。これはクライアントからのオーダーである』


 フェンメル隊は進路を変え、再び内陸の方を向いた。通り過ぎたボギー013はその隊列に加わっている。



『――ナメやがって』

 戦域モニターからボギー013とフェンメル隊の表示が消えた。

 どうやら事実らしい。


 それならば、無線にも警告にも反応しなかったのか。そして反撃してきたのか。……あまりにも不可解過ぎる。



『――ホークアイより全機へ、予備隊が離陸。回収部隊からユニコーン4のパイロットを無事に確保したとの連絡だ……』 


 薄闇の空にはもう敵はいない。ボギー013は初めから敵だったのか、そうでなかったのかはわからない。


 1つだけわかるのは、あのパイロットは恐ろしく強いということだけだ。


 フェンメルとボギー013の消えた方向を眺める。

 山を1つ越えた先に彼等の飛行場があったはず。


 ――それが何だっていうんだ。

 ボギー013はこちらに被害を与えた、同時にこちらも反撃した。

 それだけでは済まされないだろう。


『……文句は山ほどあるだろうが、まずは基地に帰ってからだ』


 自分以外は既に編隊を組んで帰投していた。自分も遅れて隊列に加わる。

 敵機を撃墜出来ないことはそれほどショックは受けない、いつも支援する位置にいたからというのもあったのだが。


 だが、今回の出撃は最悪だ。

 全く成果を残せていない、これじゃ何のために出撃したのかわからない。


 月が雲に覆われていくのを見ると、不吉な予感が脳裏を過ぎてして背筋が冷たくなった気がした。











 青空に白い雲が流れていく。

 いかにも柔らかそうで、羽毛のようにも見えるその雲には、絶対に触れることも出来ないのを知っている。この世界はファンタジーもメルヘンチックの欠片も無い。


 イースト・エリア公立高校、アキツ州立高等学校の教室。

 その1つで授業が行われていた。

 内容は戦史、ここ百年近くの戦争の歴史を振り返っている。

 教師が話す内容のほとんどは教科書の内容に付け足した程度の事でしかない、既に教科書を丸ごと暗記してしまうと授業が復習の為にあるようなものと言ってもいい。

 それに、ユート・ライゼスにとって戦史そのものには意味は無い。

  

 教師が念仏のように教科書を読み上げていく中、微かにジェット騒音が聞こえた。

 青空の遙か遠くを眺めると小さな機影がいくつか見える。水色の空に白い飛行機雲の線を引いていく。



 空は遠い、それは当然のことだ。だからこそ人は空を見上げて生きる。

 憂鬱だったのは、既に頭の中に叩き込んでいることを反復しているのが原因ではない。本当はとても近い空だったはずなのに、そこから引き離されたからだ。

 

 強い日差しが降り注ぐ教室にいるはずなのにユート・ライゼスは――いや、ガルーダ4<クーガー>の心はずっと空にあった。

 

 ――あの青い空に、あの広い空に、いつになったら戻れるのだろうか。

 

 非公式の高校生パイロットは、ただ呆然と空を眺めていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る