36 本気で探す気だったのね
コルトはフレアリールを認めると涙を浮かべて抱き着いてきた。
「っ、フレアっ。本当にっ、本当にフレアなんだねっ」
フレアリールは抱き着かれ、彼の胸に顔を押し付けられて驚いていた。
「こ、コルト!?」
抱き着かれて驚いているのではない。たった一年で一気に伸びた身長に驚いていたのだ。
「ちょっ、コルトっ。苦しいってっ」
「あ、ごめん……ふふ、フレアが小さい」
「……コルト大きくなったわね」
遅れてきた成長期。これだから男の子は分からない。コルトは今年二十一になったはずだ。ならばまだ伸びるのもおかしくはないかもしれない。
そう冷静に考えて心を落ち着けなくては、動揺してどういう態度を取ったら良いのか分からなくなりそうだった。
「うん……ねえ、こっちでゆっくり話そう」
コルトに案内された部屋は、質素だが落ち着いた応接室だった。
王都の教会の部屋とは大分印象が違うはずだ。あちらはとにかくキラキラした光り物が多い。金や銀なんてちょっと視線を動かせば一つ二つ目に入る。
床も歩きにくいと思うほど分厚い絨毯が敷かれているのだ。そこと比べればびっくりするくらい質素だと言える。
「良い部屋ね」
「でしょう? はっきり言って、王都の教会の部屋は人を案内するのが恥ずかしくなるくらい下品だったからね。でも、誰が何を寄進したのかあの部屋に入れると分かりやすかったから、僕が案内係を買って出てたけど」
コルトは見た目も良い。とても貴族受けする容姿をしていた。童顔で可愛らしい顔立ちの男の子というのは、なぜか貴族の男性にも女性にもウケが良かった。
それが分かっているから、あの教会の上の者達もコルトがフレアと繋がっていると分かっていても案内を任せていたのだ。
「因みに照会一覧は完成したから、シュリ様とフレアに資料として後で諸々の資料と一緒に渡すね」
「まあっ、コルト司教はお若いのにやりますわね。そのような資料までお作りになるなんて目の付け所が違いますわ」
その上、わざわざ査察するシュリアスタとフレアリールとで二部用意する抜かりなさは、そのまま彼の性格を表しているようだ。
「僕はただ、お金でしか動かない人や自分の利益しか考えない人が大っ嫌いなんです。そういう人を排除できるなら面倒なことでもなんでもやりますよ」
それこそ手段は選ばないし、隙があれば迷わずそこを突く気概もある。
話ながらも勧められた二人がけのソファに腰掛ける。コルトは斜め右にある一人がけのソファに座る前に、お茶を用意してくれた。
シュリアスタはフレアリールとコルトの話を邪魔しないよう、向かいの二人がけのソファの端に座った。
その後ろに、護衛のつもりなのだろう。ついてきたギルセリュートが立っている。声をかけようと思ったのだが、ギルセリュートはこのままで良いと目で訴えてきたのでとりあえずそのままにしておく。
「助かるわ。けど……もう用意出来てたならお父様に提出すれば良かったのに」
これではフレアが来るのを待っていたように感じる。だが、それは間違いではなかった。
「だって、フレアは絶対に生きてるって……死なないって思ってたから……なら、絶対にフレアに渡すべきものでしょう?」
「……コルト……」
その瞳に偽りなどなかった。
本気でフレアリールとまた会えると思っていたのだ。
「ここで強くなって、告発に足る証拠をきっちり集めて、それから……フレアを探しに行こうと思ってた」
コルトはこのシェンカでこの一年、様々なことを教わっていたらしい。
「フレアみたいに、神聖魔術だけじゃなく、普現魔術も使えるようになったよ。それくらいじゃなきゃ、浄化されたとはいえ、一人で北の大地には行けないと思ったんだ」
「……本気で探す気だったのね……」
「当たり前だよっ。ずっと、ずっと悔しかった。フレアを置き去りにするしかなかった自分がっ……」
本当に悔しそうに唇を噛むコルトに、フレアリールは手を伸ばしていた。
「っ……フレア……」
ちょっと遠くなった頭。髪質は変わってない。柔らかくて綺麗な金色の髪。それをよしよしと撫でる。嫌がらないので、そのまま撫で続けた。
「あの時は私が撤退しろと言ったの。コルトが気に病むことではなかったわ」
「……ううん……っ……それでもっ……僕がもっと強ければ……あいつらをもっと早く、どうにかできていれば……って」
ずっとずっと、この一年こう思ってきたのだろうか。それだったら、自分はあの時死を選ぶべきではなかったと初めて後悔した。
「ごめんね、コルト。帰ってくるの、遅くなってごめん」
「っ……うん……あ~あ、せっかく背も伸びたし、男らしくカッコよく迎えに行くつもりだったのにぃ……なんか逆に男連れ帰ってきてるし……」
拗ねているというか、少し怒っているような気がした。
そっと頭から手を離すと、その手をコルトは捕まえて両手で握りしめる。
「ねえ……あいつ何?」
「え、えっと……」
なぜだろうか。浮気がバレたような気になった。
そこでずっと離れて控えていたギルセリュートが近付いてくる。
気配も薄くし、シュリアスタの護衛のように振舞っていたというのに、コルトにはそうは見えなかったらしい。
「ギルセリュートという。今は師匠と母と一緒に領城に世話になっている」
「……」
コルトはギルセリュートをまっすぐに見ていた。ギルセリュートもコルトを真っ直ぐに見つめる。
しばらく沈黙が落ちる。その間、なぜかシュリアスタがキラキラとした目で二人を見ているのが不思議だった。何を期待しているのだろうか。
最初に口を開いたのはコルトだった。
「その名前、行方不明の第一王子の名前だ。本人?」
「そうなる」
「そう……後で話しがある」
「私もだ」
頷き合う二人。剣呑な気配が消えた。
「それより、フレア。ここ一年、僕がどうしてたか気になるよね?」
「え? ええ。それはもちろん」
「なら教えるよ。シュリアスタ様もお聞きください。これは現在のこの国の教会についてのお話にもなります」
それを聞いて、シュリアスタも近付いてくる。
「それは有難いですわ。今後向かう教会の内情は知っておきたいですもの」
「はい。大司教様も間もなく来られます。ご一緒に」
「ええ」
なぜだろう。二人の笑顔の種類が同じように見えた。
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