29 もうお嫁に行けない……っ

フレアはエリスによって先ずはお風呂へというように浴場に放り込まれ、その後入念にお肌の手入れをされた。


その間中、エリスは興奮しっぱなしだった。


「やはりっ、やはりフレア様は女神ですっ。ああっ、美しい聖色の髪に金の瞳っ。なんて、なんて神々しく美しく尊いのでしょうっ」


お風呂に入るということは、フードを脱がなくてはならないということ。キャロウル神に言われた通り、神気は抑えられるようになっておいたのでその心配はないが、髪と瞳の色は元に戻ってしまう。


「……え、エリス……ちょっ、手っ、手つきヤバイからっ。目もっ!」

「滑らかな肌っ、美しいですっ! これはっ、わたくしだけの特権なのですねっ、目に焼き付けておかないとっ! こ、これでもう目を瞑ってもっ……」

「ちょっ、誰かいないの!? 誰かぁぁぁっ」


暴走メイド、エリスによって完璧な人払いが成されており、フレアリールの声に気付く者はいない。


「ハア、ハア……眼福です……っ」

「怖いんだけどぉぉぉっ」


昔から多少はこういう所があったが、ここまでではなかった。


一年も会わなかったというのがいけなかったようだ。見事に色々とぶっちぎり、振り切っていた。


「はあ……堪能しましたわ……」

「うぅっ、もうお嫁にいけない……っ」


顔を両手で覆う。泣くしかない。


やっとエリスが落ち着いた時。フレアリールはすっかり令嬢仕様の簡易ドレスを着ていた。


「さあ、ではフレア様。ご不在中のご報告をさせていただきます」

「……うん……」


仕事ができる変態メイドは切り替えも早い。書斎の机にフレアリールがつくのを待ってからキリリとした表情で報告を始めた。


キャロウル神に聞いて知っていたが、本当にあの遠征時のメンバーのほとんどがシェンカへ来ていたのには驚いた。


「城に残られたのは、近衛騎士団長のキリエ様と副団長だったイース様だけです。お二人からはその後のバカ王子とビッチ聖女の様子を半月に一度のペースでご報告いただいております。お陰でこちらから人をやる手間が減りました。最後には必ず陛下はお守りするとの誓約が記されております」


差し出されたのは二人からこの一年送られてきた報告書。


フレアリールは一つずつ目を通していく。


「首だけになってもお守りしろとウィリアス様がお言葉を贈られておりましたので、相応の覚悟はできているはずです」

「……いや、首だけになったら無理だよ。それ、人辞めちゃってるからね?」


けれど、あの真面目な二人ならば、当たり前のように応と答えただろうことは想像に難くない。


「魔物になったとしても、フレア様の命はお守りするべきものです。それを肝に銘じろというのがウィリアス様のお言葉ですので」


クギのさし方が極端なのだ。


「バカ王子は離宮にて謹慎中。ビッチ聖女は教会内で自主謹慎のようです」

「自主……ああ……髪色のせいでしょうね。染めていたのが落ちたのよ」

「っ、それはどういう……いえ、確かに黒髪になっていたという報告が……まさか……」


フレアリールは、教会が集めている『ベントゥーリの花』について語った。


「あれほど聖色の髪の聖女だと騒いでいたというのにっ、良い気味です!」

「あの花では髪を一日染めることも難しいのだけれどね。苦肉の策ってやつじゃないかしら」

「今は手に入りませんし、まさに無駄なあがきですね」


エリスは異世界から来たアヤナが最初から気に入らなかった。彼女のことを真っ先に調べに行ったためかもしれない。神官でも騎士でも、見目の良い男達に手当たり次第色目を使っていたアヤナに嫌悪感を抱いたのだ。


それが、敬愛するフレアリールと同じ聖女と呼ばれていることが何よりも許せなかったらしい。そのため口汚く『ビッチ聖女』と言うのだ。


「それに比べ……フレア様っ、フレア様の髪は聖獣様の色と同じですっ。以前よりも光を放っておられる……」


神であるキャロウルと同じ色。淡い光を毛先が放っているような不思議な色を持っている。


「そうね……このままだと夜に潜めないのよ……」

「っ、やはり光っていらっしゃるのですかっ」

「ええ。少しだけ。髪だけじゃないんだけど……」


それは実は神気のせいだ。フレアリール自身があのローブを着ていないと淡く光を纏っているように見える。それは、神気を抑えきれていないからかもしれない。


最初に気付いたのは夜。宿屋でのことだ。自身が発光しているのと、夜目が以前よりも格段に利くようになったことで、灯いらずになった。


「夜に本とか、真っ暗な中でも読めるくらいには光ってるのよ……迷惑よね……」


夜に光るなんてやっぱり人じゃないなと肩を落とす。


「迷惑だなんて! なんと、なんということでしょう! フレア様はやはり神になられたのですね!」

「あ、あ~……うん……半神にはなったわ……」

「っ!? 本当に! か、神にっ」

「あ、えっと……エリスっ……」


目を丸くしながらエリスが後退って行く。肩が震えているのが分かった。こんな距離の取られ方は初めてだ。


人は異質なものに恐怖を覚えるものだ。


光る人なんてその最たるものだろう。怖がられてしまった。嫌われてしまったと冷えていく心は、どこか懐かしかった。


それは前世での傷を思い出させる。


「……エリス……っ」


エリスはそのまま身を翻し、部屋を飛び出して行ってしまったのだ。


「はあ……失敗したな……」


涙で潤み出す視界に気付きながら、報告書に目を落とす。


誰もがきっと、半神になったフレアリールを今までのように受け入れるわけではない。


例えこのシェンカであってもだ。


泣きそうに詰まる喉を広げようと大きく息を吐き、報告書に目を通していく。


これに集中しようと思っているのに、思い出すのはイースと別れた時の表情だった。


この一年。フレアリールとの約束を守ってくれていた信頼する騎士。


いつも穏やかに微笑んで、時折困ったように眉を少しだけ寄せるイース。そんな彼だって、フレアリールが一度死んだ後、こうして戻ってくるなんて本当に信じてはいなかっただろう。


「……イースもあんな顔するのかな……」


想像はできない。彼が動揺することなんてないと思っていたから。


フレアリールは椅子の背もたれに身を任せ、天井を見る。そうしなければ溢れた涙が落ちてしまいそうだった。


思い出すのはイースの大きな声。




『フレア様!! 殿下! なんてことを!!』




涙を馴染ませるようにして目を閉じる。


「あんな声も初めて聞いたしな……」


その時、不意に空気が動いたように感じ、身を起こした。すると、部屋に入ってすぐの場所にギルセリュートが静かに立っていたのだ。

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