18 あいさつです
旅支度はとても早かった。
「この馬車、聡さんが作ったのですか?」
「おう。どうだ? タイヤとか、サスペンションやスプリングにも結構こだわったんだが」
「素晴らしいです。振動もない上に静か……この静音仕様はさすがは職業暗殺者なだけはありますね!」
「まあなっ」
見た目は小さくて普通の馬車だ。しかし、軽量化もされているし、タイヤは幅を大きく取ったもの。そのため、轍ができにくい。
夜逃げにも最適な馬車だ。
「良かったら、空間拡張してみます? あと、シェンカに着いたら低反発クションを座席に使いましょう」
「低反発クッションだと? なんでそんなもんがあるんだ?」
空間拡張の魔術よりもそちらに反応するのが転移者である聡らしいと思う。
「どうやら私、前世の記憶を思い出していない間も、それなりに知識などを夢で見ていたようですね。シェンカは何気に近代化されていると思います」
「……そういや、ちょっと変わってるってのは噂で聞いたな……エリスに迷惑にならんようにと思って避けてたが、行けばよかったぜ……」
聡は本気で悔しそうだった。
馬車の中にはシーリアとギルセリュートと子猫姿のリオがおり、御者席に聡とフレアリールが乗っていた。
ただこの馬車、最初は使うつもりはなかった。聡達の暮らしていた家から少し離れた場所に隠されていたこの馬車は、聡のおもちゃだったのだ。
聡は高校生の頃にこちらへ転移した。その頃、バイクに憧れていたらしい。子どもの頃から機械いじりが好きだったのだ。とはいえ、さすがにバイクは作れないので、馬車を作ることで趣味としていた。
そうして、ひっそりと草木に隠されていたこの馬車に別れの挨拶をしていた時、フレアリールがどうせなら使おうと提案したのだ。
「それにしても……確かにこれを引く馬がいればいいとは言ったが……」
「え? 馬ですよね? 何かおかしいですか?」
「おかしいだろ!」
現在、馬車を引いているのは馬の姿をした魔獣だった。
「シャドウホースとか……どうやって捕まえんだよ」
ユラユラと時折陽炎のように鬣が揺れる。見た目は馬だ。それもかなり体格がいい。真っ黒で赤い目をしている。
悪魔や精霊の部類に入るこのシャドウホースという魔物は、影に潜み人を襲う。別名、暗殺者殺しとも呼ばれるものだった。
暗殺者であっても不覚を取るといわれている天敵だ。
「暗殺者である俺に暗殺者殺しを引かせるとか、どんな皮肉かと思ったぞ」
「いえ、寧ろこれで敵はいなくなったと思っていただければと」
「……その発想ないわあ……」
呆れられた。
暗殺者殺しを手懐けたのだから、暗殺者である聡にもう敵はないだろう。
「便利ですよ? シャドウホース。従魔契約してしまえば、普段は影に入ってもらえますし、いつでも喚び出せますもの」
因みに、このシャドウホースは今回のために森で捕まえた。少し前から森で見て警戒していたらしく、ならばと聡に契約してもらったのだ。
「案外簡単に契約できましたでしょう?」
「……いや、かなり力技だったぞ……」
「ちょっと私と契約している子に説得してもらっただけじゃありませんか。ただの
フレアリールも、一体のシャドウホースと契約している。一度は死んだようなものなので、契約が解除されているかもしれないと思っていたのだが、杞憂だったようだ。
「ガチでやり合ってたじゃねえか。あれ、挨拶か?」
「
「……そうか……」
そう。
ちょっと威圧して殺気を当てただけだ。
「それはそうと、少しこの国の現状とか教えていただけません? 一年くらい情報が抜けているので」
「いいぞ」
こうして、フレアリールは改めてあの後にあった情報を聞くことができた。
「召喚された聖女が北の大地を浄化し、魔王を討ったってのが教会が発信した情報だ。王都に戻る道中で、喧伝して回ったらしい」
「やりそうです」
聖女とレストールは、北の中央門から戻ってきてすぐに教会へ向かったらしい。そこで大いに自分たちの功績だと自慢したのだろう。
「聖女と王子は行きとは違って、たった数人の護衛だけで戻ってきたようだな。騎士が五人くらいだったと聞いた。行きはぞろぞろと神官どもや魔術師達がついて行ってたからな。そいつらは全滅かと門番の奴らも思ったようだ」
恐らく、聖女とレストールだけ先に行かせたのだろう。邪魔になると思ったのかもしれない。
フレアリールに言われてあの場は去ったが、大半の者が確認に戻ったのだろう。
そして、神官や魔術師達を見つけたのだ。
「一日して、残りの騎士や神官、魔術師達が北から戻ってきたんだと。なんでか怪我もしてねえのに、手足が動かん奴らが多かったとよ。それもあって、とてもじゃないが何があったのか聞ける状態じゃなかったらしい。すごい落ち込みようだったみたいだな。愛されてんなあ、嬢ちゃん」
「慕ってくださる方が多くて、有難いことです」
「その人望がアグナ……今の王や王子にあればなあ」
残念ながら、飢饉のせいで民達の心は離れてしまっている。王子であるレストールは言わずもがな。
しかし、以前からそうであったわけではない。
「他の国も今はあの瘴気の雲のせいで同じようなものでしょう?」
「ほぉ、さすがに知ってるか」
「ええ……」
他国も民達の不満が募っており、国へ反発している。
現王、アグナトーラ・ヴェンリエルは賢王だ。
ただ、レストールやその母である第二王妃のせいで色々と問題が起き、臣下達の心が離れてしまったり、欲を出した貴族達の動きにより信用が落ちてしまっている。
「まあ、妻や子を御せないやつが、民を御せるかってことだろ」
「お父様やお兄様と同じことを仰るのね……」
この理由で、頼りになる臣下達まで離れてしまったのだ。
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