11 王都に報告はマズくないか?

フレアリールが門を通過した頃。


部屋に残された神官と兵達は、ようやく正気を取り戻していた。


「し、神官殿。さきほどのものは……」

「あれは聖獣様です。時折、人知れず神が世界を浄化するために遣わされるのだと聖教会に伝わっております。あのように人と共に行動されるなど……はっ、このことを王都へ報告しなくてはっ」


神官が飛び出していった。


神官が出て行ってから、部屋を出た兵達は、ふと思い出す。


「……なぁ、あの聖獣様が魔方陣から出てからもあの色じゃなかったか?」

「聖女様だからだろ?」

「けど、今までの聖女とか、あの異世界から来た聖女でも反応したって話は聞かないぞ? 聖女って言っても、神聖魔術が使える女ってだけで、神官と変わらんらしいし」

「それは……やっぱり、あの人が聖獣様と一緒にいるような特別な聖女様だからだろ」

「う~ん。そうかなぁ」

 

色々な憶測が飛び交う中、門番として残していた兵へ合流する。そこで神妙な表情で立っている同僚に声を掛けた。


「すまん。待たせたな」

「いや……」

 

そのまま黙ってしまう同僚を見て、心配になる。


「何かあったのか?」

「あ、ああ……さっきの女の人なんだが……この国のAランク冒険者だった」

「はあ!?」

 

ランクは実力を表わすものだ。その中でもAランクは上から二つ目。現在、ヴェンリエルで登録した冒険者の中でAランクなのは五人と報告されている。


昨年、最上位のSランク確実とされていたフレアという女性が亡くなったために、現在は四人のはずで、新たにAランクになったという報告は聞かない。


「間違いなく登録はヴェンリエルで冒険者だったのか? だって、Aランクで女性って、去年亡くなったっていう……」

「フレア様だ……」

 

そこで、呆然と町の方を見ていたもう一人の若い兵が呟く。彼はオーリア。一年ほど前にここへ配属された青年だ。それまではシェンカ辺境伯領にいたのだが、その実力を買われてやってきた。何を隠そう。フレアリールに鍛えられた兵の一人だった。


「フレア様って、その亡くなったAランクの?」

「間違いない……やっぱり生きていらしたんだっ」

「お、おい?」

 

良かったと泣いて無事を喜ぶオーリアに、同僚達が戸惑う。


「ここに配属されて良かった……っ、他の門の奴らにも連絡しなきゃ。すみません。休憩良いですか?」

「あ、ああ。ゆっくりしてこい」

「はい!」

 

同僚達が初めて見る満面の笑みを浮かべ、彼は宿舎の方へ駆けていった。


「シェンカから引き抜かれた奴らが素直に配属されたって理由……あの噂って本当だったんだ」

「なんだよそれ」

「シェンカの兵って、質とか実力とか段違いって言われてんじゃん。実際、俺らより若いオーリアも強いし。けど、引き抜きにはほとんど応じないって有名でさ」

「あ、ああ」

 

シェンカ辺境伯領で訓練を受けた兵達は、冒険者のAランクの者達にも勝るとも劣らない実力を持っているというのは、ここ数年で広まった定説だ。

 

けれど、彼らはどれだけ実力を認められて王都の騎士団に勧誘されようとも、絶対に首を縦に振らない。一説によれば、シェンカ辺境伯が必要だからと説得した者達は、その実力が充分に発揮される敵国の国境など、危険な場所には向かうらしい。


「ここも重要拠点だから、人員が足りない場合は優先的に融通されるらしいけど……去年かな? 三つの北の国境門に一人ずつシェンカの兵が配属されたんだ」

「他の二つもか? あいつだけじゃなく?」

 

北の全ての門に配属されるということは、今まで一度もなかった


「そう。それも、北の大地は異世界の聖女様の力で浄化されたらしいから、もうほとんど瘴気も感じないだろ? 調査がまだ続行中らしいけど、瘴気による問題はそうそうなくなった。それなのに、それぞれの門にシェンカのやつらが配置された。その理由が……魔王と戦って戦死したっていう聖女を見つけるためだっていうんだ」

「……死んだんだろ?」

 

討伐隊に同行したのは、異世界の聖女と、それを補佐する役目の聖女が一人いた。その聖女を、彼らは見つけようと配属に逆らわなかったらしい。事実、オーリアが非番の日には、北の方へ魔獣狩りの訓練と称して出かけて行っている。


「その聖女ってのが、フレアって冒険者らしい。噂では、聖女であるにも関わらず、聖教会の庇護を受けなかったから、捨て駒にされたとか言われてる。ほら、王都の神官とかって性格悪いって言うじゃんか」

「あ~、あり得るな。冒険者で、それも話からすると、そのAランクってことだよな? だったら、他の神官とかが無事だったのに、死ぬってのはないよな」

 

討伐隊が通ったのは中央の門だが、彼らの所にも報告は来ている。そこで、死んだのはその聖女一人だけだったというのも知っていた。その話から、普通の神官に囲われている大人しい聖女をイメージしていたのだ。


因みに、実際はフレアリールが行った浄化だが、王達が事後処理にかかりきりになっている間に王都の聖教会から大々的に『北の大地を異世界の聖女様が浄化された』と発表していたのだ。


そのため、フレアリールを知らない人々はそれを信じた。あくまでフレアリールを知らない人たちだけだ。とはいえ、聖教会は上手くやったと言わずにはおれない。


「だから、オーリアはどこかで生きてると信じてたんだろうな。それが……」

「さっきの聖女様か。聖獣連れて帰ってくるとか、凄えな」

「だな。けどそうなると、王都に報告はマズくないか?」

「神官か。確かに」

 

邪魔に思って消したであろうその聖女が聖獣様を連れて戻ってきたのだ。混乱は必至だろう。


「もしかして、教会の異世界の聖女が浄化したとかいうのも嘘なんじゃないか? 実際はあの人がやったんだったりして」

「あり得る……聖獣様と戻ってきたんだもんなあ。なら、やっぱり王都の教会に報告がいくのはマズイな」


浄化は不可能だとされていた北の大地さえ浄化したであろう本物の聖女と聖獣。その聖女を消そうとした聖教会。真っ向から神の怒りを買うことになるかもしれない。そうなれば、国もただでは済まないだろう。


「神官を止めてくる」


先ほどのフレアという女性が、魔王討伐の折に死んだとされていた聖女だということを伝える必要がある。それを聞けばきっと、彼も報告すべきではないと考え直すだろう。聖獣と聖女と敵対するなんてことは避けたいはずだ。


「なら俺は、オーリアに聖獣様の事を知らせとく」

「おう。俺ら、結構あいつに借りがあるしな。神官の報告も止めるって言っといてくれ」

「だな。そんじゃ、行ってくる」

 

若いとはいえ、オーリアの実力は確かだ。瘴気の影響はなくなったようだが、森に棲息する魔獣は強い。その対処にこの一年、オーリアは大いに活躍してくれた。今まで苦労してきたのが嘘のように彼らはオーリアという存在によって余裕を持って仕事が出来るようになった。感謝してもしきれない。


残った兵はふと、今回のことによってオーリアがシェンカに帰ってしまうのではないかと不安になった。


「引き留められっかなぁ……」

 

そんな呟きは、静かに風に流されていった。


◆ ◆ ◆


町に入ったフレアリールは、空腹を感じて屋台を見て回っていた。


「お金はあるけど贅沢出来ないのよね。リオは何が食べたい?」

 

所持金は一般的に三回分の宿代と数回の食事代で消えるだろう。とはいえ、リオに乗って走ったなら、馬で残り十日かかるところを数日とかからず移動出来る。節約は大事だが、何とかなるだろうとは思っていた。


《なんかじゅぅじゅぅいってるやつ》

「ビックラビットの串焼きね。それにしましょう」

 

焼き鳥ならぬ、ウサギの串焼きだ。一般的な屋台で売られる食べ物である。

 

屋台のおじさんから五本買い、近くの石段に腰掛ける。肩から降りたリオに二本を渡した。


「美味しい。残念なのは塩焼きしかないってところね」

 

この世界には醤油などのタレがない。一般的な調味料としては、塩と唐辛子のような辛いものと高価ではあるが砂糖ぐらいだ。前世で知っている色々な味を思い出してしまった今、物足りなく感じる。


「タレ系は、最初から作ると時間とか手間がかかるけど、魔術を使えば何とかなりそうなのよね。シェンカにつくまでに研究してみようかしら」

 

焦る旅でもない。今更数日帰るのが延びたところで心配もされないだろう。のんびり楽しみながら帰れば良い。


「さてと、そうなるとちょっと稼ぎながら行きましょうか」

《かせぐ?》

「冒険者としてのお仕事をしながら行きましょう」

 

Aランクは伊達ではない。ギルドカードが生きているのは、さきほど門の所で確認した。


正式名称『冒険者ギルド所属登録カード』


これは、個人によって異なる魔力を記録されており、本人以外には反応しない。カードの右端に丸い親指の先ほどの小さな魔方陣が描かれており、そこに魔力を通すことでカードが反応するように作られている。


『半神』になった影響で魔力を本人と読み取らないかもしれないと思っていたのだが、問題はなかった。これで冒険者ギルドでの仕事も受けられる。


「この町のギルドは……あれね」

 

大通りに面した場所にある高い建物を見つける。


《あのおおきいの?》

「そうよ。どの町でも冒険者ギルドは三階建て。その上に黄色と白色の旗があるのが特徴ね」

 

はためく二色の旗はそれぞれ光と挑む勇気を表わす。


《いっぱいひとがいる》

 

リオが言った通り、建物の中には三十人ほどいる。しかし、その内の半数は職員だろう。


「あれはまだ少ない方よ。これくらいの規模の町なら、朝と夜には百人近くが出入りするわね」

《それって……いっぱいってこと?》

「ここから見えている範囲の人の半分くらいが集まった数ね」

《すごぉい》

 

百と言われても数の概念を知らないリオには分からなかったようだ。大雑把にこれくらいと示せば、素直に驚いていた。

 

建物に入る前にフードを深く被る。魔術師達は基本的にローブを着ているので、目立つことはない。ここのように大きな町にある冒険者ギルドならば、旅の途中に寄る者も多いので、知らない人だからと悪目立ちもしないのだ。

 

そのまま勝手知ったる様子で、入って右手側の壁に向かう。

 

冒険者ギルドの作りはどこも同じ。例え違う国から来た者でも、どこに何があるかがすぐに分かるようになっている。

 

向かった先にあったのは、入って右側。壁一面に貼り出された依頼書の掲示板だ。


《いろがついてるのはなんで?》

 

リオが指摘したのは、依頼書の上下に塗られている色の違い。これに小さな声で答える。


「上が黒いのはこの町でしか受けられない依頼。下が赤いのが討伐。緑が採取。青が護衛。黒がその他。今回は次の町までに出来る依頼を受けるから、上に何も塗っていないやつを選ぶの」

 

この町に滞在するつもりはない。向かう予定の方向の道中で達成できそうなものを選ぶ。

 

掲示板から向かって左には、登録や依頼受理などの各種の受付があるが、その上にはこの国を含めた大まかな地図が描かれている。森の名前や主要となる町の場所なども分かるようになっていた。それを見比べながら、依頼書を確認していく。


「……この五つかな」

 

選んだのは、討伐依頼が三つと採取依頼が二つ。目当ての依頼書を回収すると、受注用の受付へ向かう。そこにいたのは、二十代後半に見える少々愛想のない女性だった。


「依頼の受注を承ります」

「これをお願いします」

「……五つもですか?」


不審そうに目を細めてこちらへ視線を寄越す受付に少しばかり声を低くして尋ねる。


「依頼の上限は五つのはずでは?」

「はい……取り消しや、期日を過ぎた場合には違約金がかかりますがよろしいのですか?」

 

依頼の期限はそれぞれ決まっている。どれも半月以内のものを選んだので問題はない。この期日を過ぎてしまったり、達成できないと思った場合は違約金が発生する。


できなくても知らないからなという忠告を受けるが、フレアリールは当然のように構わないと頷く。


「問題ありません。受理してください」

「……承知しました。カードをお預かりいたしまっ!? Aランクっ、し、失礼いたしました」

「いいのよ」

 

ランクを確認して息を呑む職員。フレアリールも、女だからとか、若いからという見た目で下に見られるのは慣れている。


ギルド職員はお役所仕事のような者が多い。とにかく愛想がない。力で売る冒険者達に舐められてはならないというのがあるからだ。女性だと愛想を良くして気に入られてしまうのも、後で面倒なことがある。


そういう事情を知ってはいても、もう少し態度を考えろと言いたくなる時はあるが、Aランクという肩書きは絶大な力を持っていた。


一度驚いて手を止めた彼女は、弾かれたようにきびきびと動き出す。


Aランクはそれこそお得意様。逃してはいけない大切なお客なのだ。そんなあからさまな態度の変化を確認しながら、ギルド内を見回す。

 

受けたいと思った仕事を受け、依頼主は絶対に受けてもらえるとは最初から思わないのが常識。金額によっては依頼を受けてもらえなかったりもするのだ。それでも依頼の数は減らない。


お互いが納得できる仕事。これこそ理想の働き方だと改めてこの世界に生まれて良かったと感慨にひたっていた。


「『お客様は神様です』なんておかしな偏見もないし、好きな時に好きな仕事を受けられるなんて素敵だわ。社会に縛られない世界って素晴らしい」

《なあに?》

「この世界の在り方に感謝してただけよ」

《うん?》

 

フードに隠れたまま、リオが不思議そうに首を傾げていた。

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