10 びっくりした
ゆっくりと目を開くと、そこはあの廃城だった。
「ここなのね……どうせなら、屋敷の近くにして欲しかったわ」
起き上がり、文句を一言。仰向けに眠っていたらしく、左腕で抱え込んでいたローブが掛布のようになっていた。
《ん……おかあさん》
声を聞いて右を向くと、リオがのそりと起き上がる所だった。
「リオ。どこかおかしい所はない?」
《へいき。でも、くびになにかあるみたい》
「首? ああ、首輪があるわね。従魔契約の証よ。というか、本当に私の従魔になってしまったみたいね」
リオの首には、銀の首輪がはめられている。そして、フレアリールの右の小指にも、同じような銀の指輪があった。これが、契約した魔獣とその契約主である証拠だ。
どちらかが死んで契約が破棄されるまで外れることはない。魔術で作られるため、成長してもそれに沿って大きさが変わる不思議道具だ。
よく見れば、細かい模様が見て取れる。同じ模様は対になるものにしかないらしく、これで契約者の判断を行うのだ。
「これがあれば町にも入れるし、無闇に攻撃もされないわ。窮屈?」
《ううん。ちょっときになるくらい》
「そう? なら、いつまでもこんな所にいても仕方ないし、行きましょうか」
《おかあさんのおうち?》
柔らかな毛並みを手で撫でながら立ち上がったフレアリールは、笑みを浮かべて告げた。
「ええ。シェンカ辺境伯領よ。ゆっくりと帰るとしましょう」
この廃城がある場所からは、馬で半月ほどだろうか。けれど、それほど時間はかからないだろう。なぜなら、リオがいるからだ。
《なんか、わかるかも。あっちだよね。おかあさん、のって》
フレアリールが意識を向けた方角がリオに伝わったようだ。これも従魔契約のお陰だろう。
手にしていたローブを着て、リオに跨がる。鞍のない馬に乗ることもできるフレアリールには容易いことだった。
お転婆がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「なるべく人に会わないように気を付けてちょうだい」
《うん。びっくりさせちゃうもんね》
その言葉に笑いながら同意し、自身の髪を一つまみして確認すると、灰色に変わっていた。ローブにかけられた魔術はしっかりと作用しているようだ。そこで、少しだけ神気というのが感じられた気がしたが、慌てずじっくりと感覚を知っていこうと決める。
そうして、フレアリールとリオは夜までに北の大地を抜け、ヴェンリエル最初の町へと辿り着いた。
国境が見えた時、フレアリールはポケットを探った。
「あった。よかったわ。お金と身分証もちゃんと入ったままね」
行きに門を通った時は、国の討伐隊の一員として特別な通行証があった。しかし、持っていたのは騎士団長だ。それが無い今、ここを通るとしたら入国料か身分証が必要になる。
「やっぱり、最低限のお金は持っているべきよね。身分証も冒険者のがあるわ」
フレアリールはれっきとした貴族の令嬢ではあるが、一人になってしまった時のためにと最低限、宿や食事に必要になる金額のお金を身につける癖がついていた。
これは、昔から単独で冒険者として魔獣の討伐や、領内の視察をやっていたからだ。
《おかあさん。ぼうけんしゃってなぁに?》
「冒険者っていうのは、魔獣と戦ったり、何かを探してきたりする仕事をする人のことよ」
《おしごと?》
元々、冒険者とは未知の場所や物を探す人のことを言った。しかし、それを仕事とする人が増え、同時にそれを可能とする力を持った者という意味合いに変わっていった。
そうして、そんな冒険者達を集め、様々な依頼をとりまとめる組織ができあがり、現在の冒険者ギルドが発足された。
「やれることをやれる人が請け負うことができるように組織化されていて、町や国の問題を解決する人達の事なの」
《しんせつなひとってことだね》
「う~ん……慈善事業じゃないから、少し違うのだけれど……」
リオは子どものように何も知らない。それらもこれからゆっくり教えていこう。
「さてと。町に入るには……リオもこのローブの魔術が効けばいいんだけど」
さすがに、従魔であろうと神と同じ色を纏っていては目立つ。その上、見たこともない魔獣。どうしようかと考えていれば、リオがあっさりと解決策を口にした。
《いろをかえられるよ? からだもちいさくできるみたい》
「そうなの? やってみてくれる?」
《はい》
少しだけ離れると、リオの体が淡く光って縮んでいく。子猫の大きさにまで小さくなったリオは、その体毛も白くなっていた。
《どう? おかあさん。しろだよ!》
「なんてっ・・・・・・なんて可愛いのぉ!」
これはもうホワイトライオンの子どもだ。動物園のアイドルになれるやつだ。可愛すぎて飛びつくようにして抱きかかえた。
《わっ》
「可愛い! リオ可愛いわっ」
《ほんと? うれしいっ》
スリスリと気持ちよさそうにすり寄られてはもうメロメロだ。
「これなら問題なく入れるわ。魔獣の子どもなら珍しいから見たことがないものでも不思議じゃないからね」
魔獣の子どもなど、一般的に見られるものではない。なので、見られてもそういうのがいるのかというくらいの認識で終わるだろう。とはいえ、可愛いことに変わりはないので、隠れ気味でいこうと決める。
「肩の所にくっついててくれる? ローブのフードで隠れられるし」
《わかったぁ》
首の後ろに引っかかるようにしてリオがくっつく。これで大丈夫だ。
「なら行きましょう」
フレアリールは門へと向かった。
◆ ◆ ◆
ここは北の不毛地帯から大きな森や遺跡を経て至るヴェンリエルの北の国境。
門を利用するのは、森や遺跡で仕事をする冒険者くらいだ。そこには凶暴な魔獣も多く、時折、北の大地から瘴気を受けた魔獣が出る。実力のある者しか出入りができない門だった。
そこへローブを着ているとはいえ一人の身ぎれいな女性が現れれば、不審に見られるのも仕方がない。
「おい。お前、どこからここへ来た」
「ずっと西の方の門です。国境沿いに進んできましたので」
北の国境には三つの門がある。ここは東の端。行きは王都を真っ直ぐ北に進んで中央の門を通ったのだが、シェンカのあるのは国の南東の端なので、一気にリオで駆けてここまで来たというわけだ。
「女一人でか? 怪しいな。先ず瘴気に侵されていないか確認する。あちらの魔方陣へ入れ」
案内されたのは、瘴気に反応するように作られた魔方陣が描かれた部屋。外出した冒険者達も、この国境の門では必ずこの検査を受けなくてはならない。もしも反応があれば、すぐに神官が来て浄化することになっていた。瘴気が他人に移ることはないが、侵された者は狂気に落ちるので町に入れるわけにはいかないのだ。
瘴気が反応すれば、白く光る魔方陣は青い光に変化する。フレアリールとリオはなんの心配もせずにこれに入ったのだが、なぜか魔方陣がオレンジ色に光ってしまった。
「ん?」
「なっ、なんだこれはっ。お、おい。神官を呼んでこい!」
初めて見る反応に、兵達が慌てる。どう判断すれば良いのかわからないのだろう。そして、フレアリールが魔方陣から出ないように剣を抜いた。怪しい者にはとりあえずという訳だ。
「動くな!」
すると、これにリオが不快感を表わし、フードから飛び出すと、フレアリールを庇うように本来の姿に戻って威嚇した。
「なっ!? せ、聖色の魔獣!?」
「リオ? あ~……これじゃ意味がないわ……」
せっかく目立たないようにしたというのに、これでは全く意味がない。
そこへ、近くに詰めていたのだろう。神官がやってくる。そして、その色を見て固まった。
「こ、これはもしやっ、神気の反応!? 聖獣様!?」
ゆっくりと、リオは魔方陣を出てフレアリールから兵達を遠ざけようとする。この行動により、壮年の神官は慌てて兵達へ声を掛けた。
「剣を下げてください! 神の使いに剣など向けてはいけません!!」
はっとなった兵達が咄嗟に剣を捨てた。神官は既に膝を突いている。
「申し訳ありませんっ。お怒りを沈めてください。我々はそちらの聖女様にも敵対いたしませんっ」
それを聞いてリオは牙を納める。そして、再びフレアリールの方へ戻ると、魔方陣の中でまた小さな子ライオンの姿になってフレアリールの前でお座りを決める。
《びっくりした》
この声は、契約者であるフレアリールにしか聞こえないらしく、これに周りの反応はない。
さきほどまでのリオは、威厳あるライオンにしか見えなかった。そんな行動からは予想できなかった言葉が出てきてフレアリールは拍子抜けする。
苦笑して手を差し出すと、そこに飛び乗り、腕を伝ってまたフードの中へ帰っていく。
そこまでの行動を、息を詰めて見つめていた神官や兵達は、ようやく肩の力を抜いた。
「もう出てもいいかしら?」
「はっ、ど、どうぞ」
神官が反射的に答えるのを聞いてからフレアリールは優雅にも見える所作で歩き、魔方陣を出た。すると、オレンジの光も消える。
「行っても良いのよね?」
「はいっ。失礼いたしました!」
「ご苦労様」
クスリと笑って労えば、一同は惚けたような表情を見せる。しかし、フレアリールはそんな状態を確認することなく、部屋を出ていく。
門の所で身分証である冒険者の登録カードを見せると、ビクリと震える門番。それを不思議そうに見てからこちらへ目を向けるもう一人の兵を特に気にするでもなく、フレアリールはそのまま町へ入った。
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