童話ものがたり

佐藤苦

桜のバトン

 そこはとある町の河原。せっかく綺麗な桜が咲いているのに辺りは静か。ただ一人、誠というおじいさんが佇んでいるだけでした。

 春子が亡くなって以来、久しぶりに訪れる故郷でしたが、誠は嬉しくありません。河原はゴミだらけ。積まれたタイヤや使えそうな電子レンジまでありました。

(春子、悲しむだろうな……。)

 目を閉じると二人の思い出がよぎりました。この河原は誠が春子にプロポーズした場所だったのです。誠はこの河原を片付けようと決意しました。

 幾日も黙々と片付けました。通りすがりに馬鹿にしたり、笑いものにする人もいましたが、誠には全く気になりません。

 ある日のことです。いつものように誠が掃除をしていると、大学生たちが向こうから歩いてきました。コンビニの袋をぶらぶらと揺らしています。

「シュウ、捨てちゃいなよ。」

 シュウと呼ばれた男は袋を河原に投げ捨てました。

「何しとるか。」

 誠は袋を拾うと、シュウのもとに駆けよってそれを押しつけました。

「いいじゃん。みんなやってるんだし。」

「そういう問題じゃない。ここはゴミ捨て場じゃあないんだぞ。」

「うるさいな。」

 大学生たちは誠のあまりの怒りっぷりに、渋々退散しました。

 その翌日。誠が冷蔵庫を移動させようとしていると、人影が重なりました。振り返るとシュウがいました。シュウは、どうして誠が河原を綺麗にしているか知りたかったのです。

「なんだ。また馬鹿にしに来たのか。」

「別に。ただ、おっさんが何してるのかなって。」

 そう言うと、シュウは冷蔵庫を軽々持ち上げます。

「細いのに力持ちだな。」

「引っ越しのバイトしてたから。それよりさ、おっさんはどうしてこんな河原を掃除してるんだ。おっさんの敷地じゃないだろう。」

 誠は少し躊躇いました。

「わしらにも若い頃はあったんだ。その思い出を汚されちゃ溜まらないってことだな。」

 苦い顔で言った誠に「ふうん」とシュウは呟きます。シュウには意味が分かりません。それからシュウは誠を手伝いました。手伝えば誠が理由を教えてくれると思ったからです。

「ほら、礼だ。」

 日が暮れた頃、誠はシュウにペットボトルを差し出します。

 ようやく答えが聞けると思いましたが、それ以上会話はありませんでした。けれど、シュウの心には何か感じるものがありました。

 誠はいつでも河原にいました。雨の日であっても合羽を着て作業していました。シュウは通学の度に懸命な誠の姿を見ていました。一度限りの手伝いと決めていたのに、気づけば自分もジャージを着て汗を流していました。

 誠は不思議な人でした。誠が頑張る姿を見ていると、どうしてだか手伝わなければならないという気持ちになるのです。それだけではありません。どれだけ早くシュウが到着しても先回りしていたかのように誠はせっせと片付けをしていました。まるでとても急いでいるようでした。

 そのうち、役所も力になってくれるようになりました。重機が来て、処理業者も訪れ、辺りは一気に騒がしくなりました。誠が説得することで、大人も子供も集まりました。すでに誠を笑う人はいませんでした。

 誠が来られない日はシュウが中心となって片付けを行いました。頼りなかったシュウもたくましく成長していきました。指示をこなし、いつしかこの掃除ボランティアのリーダーになっていました。

 そんな日が七年も続きました。

 河原はすっかりきれいになって、二人は多くの人たちに感謝されました。今もお花見でおしゃべりを楽しむ大人たちに、走り回る子供で賑わっています。けれど、河原にはシュウの姿があるだけで、誠はいませんでした。

「お父さん、どうしたの」

 シュウの娘が不思議そうに訊ねます。シュウは娘の頭を撫でました。

「この河原には思い出があってね……。」

 シュウは優しく語りかけました。河原を綺麗にすることが誠の最後の願いだったのです。 シュウはようやく彼が以前言っていた言葉の意味が分かりました。

 シュウは桜を見上げます。満開の桜は立派に咲いていました。

(じいさん、ありがとう……。じいさんの言ってた思い出ってこういうことなんだな。)

 シュウの目からうっすらと光るものが流れると、桜の枝が一瞬だけ動いた気がしました。

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