第52話 たすけを

「えっと……」

「……」


 視線が刺さる。

 困惑、恐怖、不安、覚悟、敵意、警戒、そして期待。

 それらが入り混じった二つの視線が刺さる。


 けれど私達にはまだ明確な答えがない。


「メドリ……どうしよっか……?」


 メドリと目を合わせて、頭を悩ませる。

 もう一度、彼女たちを見る。


「その、2人はどうしたいの?」


 メドリはナナちゃん達に問いかけてみる。

 けれど、ナナちゃん達も明確な答えがないようで、黙り込んでしまう。私達はまだお互いのことを何も知らない。昨日、森の最奥であっただけの関係。


 イチちゃんもナナちゃんも何も言わない。

 いやきっと……何も言えない。どういう場所で育ってきたのかは知らないけれど、そんなまともな場所じゃなかったはず。そうじゃないとあんな場所に子供だけでいるはずがない。


 だから、わからないのかもしれない。どれぐらいまでなら求めていいのかとか、どのあたりまでが普通なのかとか。


「その、私は……行くところがないなら、一緒に過ごしてもいいかな……って思ってる。もちろんメドリが嫌じゃなかったらだけど……」


 気まぐれ……なのかもしれない。昨日、助けようとして、助けてもらって、イチちゃんには警戒されて、朝にはメドリに甘えてるところを見られたし、ナナちゃんの不安も話してくれた。

 ただそれだけ。だけど……なんというか、きっと重ねてるんだと思う。隣に大切な人がいて、けれど問題があって。その問題が私は病気だったけれど、ナナちゃん達の目下の問題は行くところがないことだと思う。


 それぐらいなら、私達でもきっとなんとかできる。ゲバニルの仕事はそれなりに大変だけど、その分給料もいい。何もかも与えられるわけじゃないけど……せめて少し、手助けぐらいは。


「私はいいよ。ナナちゃん達も悪い子じゃなさそうだし。でも、ナナちゃん達はどう?」

「その……どうっていうのは……」


 メドリはナナちゃん達に向き直る。


「別に私達が何もしなくても、国のそれなりの機関に行けば、助けてくれるんじゃないかな。孤児院みたいな場所とかで、そっちの道も」

「それはだめ!」


 たしかに私達じゃなくても、そういう道もある……ナナちゃん達の意思をもっとしっかり聞いたほうがよかったかなと考えてる時に、イチちゃんが大きな声でそれを否定する。

 恐怖に目が染まっている。


「だめ……なの」

「……そっか」


 イチちゃんの声が小さくなっていく。

 メドリも私も理由までは詳しく聞かない。


「じゃあ……一緒に暮らす? それとも2人だけの家でもいいけど……」


 正直そんなことしたら、お金はギリギリだけれど、昔の貯金もあるし……うん。きっと何とかなる。


「えっと……その……」


 ナナちゃんは言葉にならない言葉を口から吐く。

 イチちゃんは考えるように黙りこくっている。けれど、さっきよりは目の中に恐怖や警戒が薄れてるようにも見える。


「まぁそう焦らなくてもいいから。とりあえずお風呂にでも入ってきたら?」

「あ……はい。ありがとうございます!」

「着替え……ちょっと大きかもだけど」


 いくら私達が小柄な方とは言っても、子供に比べれば大きい。イチちゃんはともかく、ナナちゃんは結構ぶかぶかかもしれない。

 けれど今はそれしかないし……我慢してもらおう。いつまでも血のついた服でいるのもどうかと思うし。


 着替えとタオルを持たせて、ナナちゃん達をお風呂に案内する。ちょっと……ほんのちょっとだけ、お風呂の入り方がわからないんじゃないかと心配してたけど、そんなことはなく、ちょっと嬉しそうに入っていった。


 2人を見送って、少し久々な気もするメドリとの2人っきりの時間。いや、そんなに久々でもないんだけれど、やっぱりメドリと2人っきりの時が1番好き。


「メドリ……私のわがままで、その」


 けれど、今はちょっと申し訳なかった。

 私のわがままでイチちゃん達を助けようとしてる。メドリとのお金を使ってでも。それがメドリを1番にしてないような感じがして。


「で、でも、メドリが1番だから……メドリが嫌なら、今からでもやっぱりダメって言ってくるよ……? メドリが1番だけど……その、助けたいって思ってて」


 二つの感情が同時にある。

 メドリを最優先にしたい気持ちと、私のわがままで2人を助けたい気持ち。どっちも嘘じゃない。


「ううん、嫌じゃないよ。さっきも言ったけど、2人とも悪い子には見えないし‥…イニアがそんなに、強引なの久しぶりなんだもの」


 ……言われてみればそうかもしれない。メドリ以外のことで、こんな風に何かを考えて、どうすればいいのかなんて考えることは、あんまりなかった気がする。


「だから、嬉しい。新しいイニアが見れて。私もできる限りのことはしたいって思ってるから」

「そっか……ありがと」


 そう言ってくれて、私は心底安心する。

 メドリが私のことを肯定してくれるだけで、暖かくなる。もし、この選択が間違っていても、別にいいって思える。メドリがいてくれるなら。


「イニア……」

「な、なに……? わっ」


 メドリが突然私を押し倒す。

 手が私の顔の横にある。脚も組み伏せられてる。

 この体勢になるだけで、少し興奮して顔が赤くなるのが自分でもわかる。メドリの顔が近いし、支配されてる感覚を思い出すから。


「でも……でもね……私のこと以外を考えてるのは……あんまり良い気分じゃないよ?」

「ぅ……ご、ごめん……」

「ううん。仕方ないってわかってるから。あの子達のこと助けたいんだよね……私もそうだもの」


 仕方ないと言いながらもメドリの顔はどんどん近くなっていく。詰め寄るように、少し責めるように。

 けれどそれを意識してる暇はない。メドリの吐息が耳の中に入ってきて、思考を溶かしてしまうから。


「それに……そんな優しいところも好きだから……いいの。けど……やっぱり、ちょっと嫉妬しちゃう……どこにも行かないよね?」

「う、うん……メドリが1番好きだから……どこにも行かないよ……ずっと一緒にいる……」


 私を支配しようとするメドリの声に、多量の不安がある。あの子達を助けようとすることは肯定してくれるけど、同時に離れていかないか、心配だったのかもしれない。

 そんなことありえないのに。


「一緒にいる……ううん。一緒にいたい。一緒にいさせて? メドリ……大好き……」

「私も……好き。イニアは私のものなんだから……他の人に優しくしてもいいけど……私を1番に考えてて……? 不安ばっかりな私だけど……やっぱり私が1番じゃないと、やだ……」


 少し潤んだ目をしたメドリが私の心を支配する。メドリだけの心になる。そんな風にメドリが私を求めてくれるのが、嬉しくて嬉しくてたまらない。


「1番だよ? メドリだけが1番。1番好き。メドリのしたいようにしてもいいから……私の全部あげるよ……」


 メドリに全部あげたい。捧げたい。支配されたい。求められたい。メドリに私を選んでほしい。メドリと一緒にいたい。好きでいてほしい。


「でも……でも、さっきはイチちゃん達のこと考えてた……ううん。別にいいけど……ちゃんとわかってるの? イニアは私のものなんだよ?」

「わかってる。私はメドリのもの……どうしてもいいから」

「ううん。わかってない。だから……直接教えてあげる」

「わかって、ぇ……! めど、りっ……!」


 メドリが私の耳を食べる。

 もう何度もメドリに舐められて。食べられてきた耳はメドリに少し触れられるだけで、快感を生み出して、メドリに支配されてるって感覚が全身を包み始める。


 ぐちょちょという音が耳の中で響く。私の頭の中が直接侵されていく感覚。私の思考がメドリに全部塗り替えられていく。


「だめ……ぇ……! 上がって、きちゃっん!」


 薄い理性が、イチちゃん達がお風呂から上がって来て、見られる可能性を指摘する。けれど、メドリはやめてくれない。それどころか、余計なことを考えてたことを責めるように激しくなる。


 耳が溶けてしまいそう。もう力が入らない。抵抗なんてできない。メドリに支配されて、こんな気持ち良くて、他のことなんて考えれない。顔が熱い。耳も熱い。

 メドリの舌が耳を伝っていく。唾液で濡らされる。ぐちょぐちょと唾液が絡まる音がする。それが思考に直接響いてる。


「ぁ……ぅ……んぁ……ぇ……ぃ……」


 声にならない声が、私の口から漏れていく。か細い、薄い音が。もう完全にメドリのもの。

 なのに、メドリはやめてくれない。……私もやめて欲しくない。やめないといけない理由なんてない。あっても今は忘れた。

 メドリが私を支配して、メドリのものってわからせてくれてる。それが快楽となって、暖かさとなって、心を満たしていく。

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