第15話 きいてて

「はぁ……魔力線復旧しててよかったね」


 メドリと一緒に湯船に沈む。

 魔力線がさっき復旧したようで、お風呂もわかせるようになっていた。もっとかかるかと思ったけど、思ったよりすぐ直るみたい。


「うん……気持ちいい……」


 メドリと向かい合わせで入る。

 メドリとのお風呂も慣れてきたはずなのに、なんだか今はすごく恥ずかしい。いろんなところを見てしまう。


 ちょこんと紫髪から出てる耳。

 膝の上に無防備に置かれた指。


 それより……メドリの顔を見る。

 メドリの顔にはまだ少し不安そうな表情が見える。


「どうしたの?」

「……えっと……メドリの話……聞いたの初めてだったから」


 そもそも私たちは、そこまでお互いのことを知らない。

 同じ学校にいた家の近かった人。たまたま、私の家が空いてて、遊び場がなくて、仲が良くて、一緒に遊んでただけ。


 それから私の親がいなくなって、ひとりぼっちになった。学校にも行かなくなって、家を売ってできたお金で生活してた。そんな時でも、メドリは会いにきてくれた。


 心配してなのか、私に会いたかったからなのか、それとも……さっきメドリが言ってたように怖かったからなのかはわからない。けど、メドリはいてくれた。


 それからもずっといてくれた。仲も良かったと思う。

 けど、そんな深い話はしたことがない。私は……メドリのことを何も知らない。多分メドリも私のことを知らない。


「だから……もっとメドリのこと知りたい」


 メドリの手を握る。

 湯船の中で、脚がもつれる。


「うん……けど、私……言うのも怖い……」


 メドリが俯いて、湯船を見る。

 長い紫髪が顔を隠す。


「じゃあ、私から話すよ。私のことも知って欲しいもの」

「……わかった」


 メドリが少し私を見てくれる。

 緊張する。恥ずかしい。


 それに……怖い。

 今まで話してなかったこと。メドリの知らない私を伝えることになる。私が意図的じゃないけど隠してきた私を。


 嫌われるかも。

 1人になってしまうかも。

 けど……それでも、メドリに私のことを知って欲しい。


「そうだね……じゃあ……」


 少し考える。

 どこから話せばいいのかな……


「私は……うん。寂しかった……」

「寂しい……?」


 昔から家には誰もいなかったわけじゃない。

 最初は私にもお母さんもお父さんもいた気がする。


 でも気づいたら、家には誰もいなくなっていた。いつからかはわからない。いつのまにか、家には誰もいないのが普通になっていて、置いてあるパンを食べて、風呂を沸かして、寝る。


 そんな生活だから、寂しくて寂しくて、たまらなかった。

 夜遅くに帰ってきてるお母さんやお父さんに起きて会いに行っても、疲れてるからと相手にしてもらえなかった。

 殴られたり、怒鳴られたりはしなかったけれど、ただ無関心だったんだと思う。


 寂しかった。


「誰も……誰もいなかったから。私には誰もいなかったから」


 とにかく誰かがいて欲しかった。

 けど学校では仲良い人なんてできなかった。なんだかうまく輪に馴染めなくて、一人で本を読んでいた。


「けど……メドリがいた」


 でもいつのまにかメドリと仲良くなっていた。

 何か特別なきっかけがあったわけじゃない。


 けど一緒にいた。帰り道が一緒だったし、家も近かった。

 

「よく一緒に遊んだよね……本を見て、見よう見まねで魔法を使ってみたりした……」

「うん……あと少し遠くまで行ってみたりね。迷子になった時は焦ったよ」

「でも、一緒だから大丈夫だった」


 メドリが微笑む。

 昔……もう昔の話。


 あの頃は魔力多動症も弱くて、病院にも行ってなかった。メドリとの記憶。いろんなことをした。


「メドリがいてくれたから、私……寂しくなかったんだと思う。うん……寂しくなかった」


 メドリと会うのが楽しみだから、夜もすぐ寝れた。

 メドリといると楽しいから、家に誰もいなくても良かった。


「私が学校を辞めてからも、メドリは会いにきてくれた」

「それは……私が……いなくなって欲しくなかったから……」

「うん……それが私は嬉しかったよ」


 メドリと仲良くなってから、少しづつ学校でも友達はできた。けど、魔力多動症が悪化し始めて、魔力は多いだけで簡単な魔法すら使えない私の周りには、人が減っていった。


 私が避けていたのかもしれない。周りが避けていたのかもしれない。どちらかはもう覚えてない。

 ただ周りと違うんだなって思った。


 別にそれは良かった。無理していたわけじゃないけど、特段仲が良いわけでもないぐらいだったし。

 でも……メドリは違う。


「私は……メドリがいなくなるのが怖かったの。メドリも、私から離れていくんじゃないかって」

「イニア……」

「なんでだろ……」


 メドリだけは何かが違った。

 最初に仲良くなったからかな。1番長く一緒にいたからかな。1番仲良かったからかな。


 いや、多分きっと。


「きっと……私はメドリのことが好きだから、そう思ってたんだと思う……」

「好きって……また不意打ち……!」


 メドリの耳が赤くなる。

 それをみて私も、顔が熱くなる。


 長くお風呂に入ってるからだけじゃない。

 メドリの顔をまともに見れない。


「なんでイニアが恥ずかしがってるの……!」

「だ、だって私も不意打ちで……」


 意識して言ったわけじゃない。

 それでも口から自然とこぼれ出てしまった。


「もう……!嬉しかったから……いいけど……」

「う、うん。えっと……」


 心を落ち着けて、気を取り直す。

 メドリが恥ずかしさからか、顔が沈んでいく。ぶくぶくと気泡が出てくる。


「けど、魔力多動症が悪化した時は……私はこの魔力の不快感がなんとかなればいい……それだけでいいって思ってた」

「…………」


 あの時のことは、あんまり言いたくない。

 けど……けど、メドリには全部知ってて欲しいから。


「あの時の私は……メドリがいなくなっても、魔力のうるささを止めたかった。ごめん……メドリはたくさん助けてくれたのに……」

「……ううん。イニアも、苦しかったんでしょ……?私はそれに気づけなくて……私こそ……」


 俯く。

 お風呂が小さいから、頭と頭が軽く当たる。

 紫髪と青髪が重なり合う。


「でも、でもね……その後もメドリが助けてくれた。私が魔力鎮静剤を使いすぎないようにしてくれた。一緒にいてくれた。ずっと……」

「うん……それで、今も一緒にいるね……」

「だから……私は今は寂しくない。メドリがいてくれるから寂しくないよ」


 もう寂しくない。

 メドリと出会ってから、寂しくなくなっていった。

 メドリが一緒に住んでくれるようになってからは、寂しさなんて忘れてた。

 でも。


「でもね。だからね。私は……メドリがいなくなるのがこわいの……メドリが……メドリだけいてくれたら……」


 メドリに近づく。

 体勢を変えて、メドリの胸に飛び込む。

 頭を撫でて欲しくて。頭を撫でてくれたら私は……


 メドリが少し呆れたように笑って、頭を撫でてくれる。

 優しく。暖かく。気持ちよく。心地良く。


「……そろそろ上がろっか」

「……うん」


 ずっとこうしていたいけれど、のぼせちゃう。

 湯船を出て、タオルで身体を拭く。


「ありがと……話してくれて」

「ううん。私が話したかっただけだから……」


 ただ知って欲しかった。

 メドリに私のことを。


 私はメドリのことが……好きだから。大好きだから、私のことを知って欲しかった。


「イニア……私も話すよ……」

「メドリ……」

「怖い……怖いけど……私もイニアに知って欲しいから」


 そう言ってメドリは、私の手をとった。

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