第2話 こんなの

 静か……ずっとこんなに静かならいいのに。

 戦ってる時は、魔力の音なんて気にしないでいられる。けれどこうやって戦闘が終われば、また魔力が鳴り出す。


 今は魔力をさっきの戦闘で使ったから少なくなってるから、いつもよりは静かだけれど、すぐにまたうるさくなる。うるさくて何もできなくなる前に、通信魔導機で上に報告を入れておく。


 これで明日からこの街頭も規制が解除されると思う。多分誰も使わないと思うけれど。この先に何があるかは忘れたけれど、忘れてしまうぐらいのものしかなかった。


 モイタスの死骸を特に意味もなく眺める。

 彼、彼女かもしれないけれど、このモイタスは静かになった。死んだらこのうるさい魔力も消えてくれるのかな。


 死骸が少しずつ魔力に変換されていく。このペースなら明日にはもう消えていると思う。私も、死ねば消えられるのかな。


「……」


 帰ろ。

 夜の明かりひとつない街道を歩く。


 星がよく見える。綺麗……綺麗なはずなのに、今の私には眩しい。眩しくてうつむいてしまう。


 魔力の音が大きくなり始める。またうるさくなる。

 必死に魔力を操作して、減らそうとしても、全然動かせない。魔力多動症の魔力は勝手に動いて、制御が難しい。

 本当は魔力なんてもっと簡単に操作できるはずなのに。


 メドリと子供頃に、手から光を出して笑い合っていたのを思い出す。

 今日はメドリにひどいことを言ってしまった。どうしてあんなことを。メドリはこんな私の唯一の友達なのに。


 私の周りにはメドリしかいない。親は薄らとしか覚えてない。9歳ぐらいからずっと顔を見ていない。15歳ぐらいまでは毎日夜遅くに帰ってきてたみたいだけれど、もう帰ってこなくなった。


 友達もみんないなくなった。魔力多動症で魔力操作はうまくできない私は、周りよりずっと魔法成績が低くて、早々みんなと同じ道は諦めたから。


 身体強化を生かして生物駆除者になれた。この仕事はたまに死にかけるけれど、報酬は良い。高額な魔力鎮静剤を買っても余裕があるほどには。


 魔力鎮静剤……今はまだ市販されているけれど、いつか規制されるのかな……そうなれば私はどうしたらいいのかな……


 けれどそれも仕方ないのかもしれない。

 魔力鎮静剤は魔力の動きを弱めて、心落ち着かせて、幸せな気持ちになれる。それは私のような病気の人もそうだし、普通の人が使っても同じような効果があるのだとか。


 その代わりの幻覚作用と依存性。

 魔力鎮静剤は使い続ければどんどん効き目が弱くなるみたいで、たくさん使わないとその効果を実感できなくなるらしい。


 けれど効き目が弱くなったからって一気に使うと、魔力が完全に停止して、死んじゃうことがあるんだとか。


 だから魔力鎮静剤はたくさん使わない方がいい……それどころから1度も使わない方がいいんだと思う。けれどあれがないと寝れない。あの花弁の中じゃないと寝れない。


 1ヶ月前からずっと魔力はうるさい。今思えば、強力な魔物と戦って無理をしすぎたんだと思う。それが私の病気を悪化させた。


 1週間ぐらい寝込んでたみたいで、起きた時には、もう魔力がうるさくて仕方なかった。それから3日は全く寝れなかった。身体中をずっと不快感が駆け巡っていたから。


 3日目に初めてお医者さんから魔力鎮静剤をもらった。あの時の感動……幸福感……満足感は忘れられない。あの暖かくて、安心できるお花畑にずっといたいって思った。


 それから1週間は大丈夫だった。魔力鎮静剤が効いて、夜もすぐ眠れた。なのに、また魔力がうるさくなり始めた。そしてまた魔力鎮静剤を使った。


 そうやってうるさくなるたびに、魔力鎮静剤を使っていたら、最近はもう効き目が悪くなってきた。魔力鎮静剤の量を増やそうか迷うけれど、メドリは魔力が動いてるのに慣れた方がいいって言う。


 ……私もそうだと思う。魔力鎮静剤なんかに頼らなくても、私を受け入れて、普通に過ごせるようになった方がいい……それはわかってる。


 けれどそれができない。魔力鎮静剤がないと寝れない。もうあれがないとだめになってしまった。


「メドリ……いる……?」


 いつのまにか街の中に戻ってきて、メドリの家のドアを叩いていた。謝ろうと思ったから。


「イニア……どうしたの?」

「その……さっきはごめん。なんだか私……」

「あぁ……いいのに、あんなこと。これから少しずつ慣れていけばいいんだから」

「うん……ありがとう。それだけだから」


 少しずつ慣れていく……か。

 メドリには悪いけれど、私にそれができるとは思えない。

 でも……少し頑張ってみようかな……


 家に帰って座り込む。

 何もしたいとは思えない。魔力鎮静剤が目に入る。

 相変わらず魔力はうるさくて、気が狂いそうになる。


「でも……」


 今日はやめておこう。

 魔力鎮静剤から背を向けて寝床に入る。


 魔力の音が余計大きく聞こえる。うるさくてうるさくて、たまらない。全身に不快感が伝う。


 必死に目を閉じて、耳を塞いて、頭を抱えるけれど、魔力の音は大きくなるばかり。


「もうやめて……やめて……」


 ずっとそう願ってる。けれど、その音が止むことはない。


「っはぁ……はぁ……」


 息切れしてくる。

 さっきモイタスと戦った時よりずっと辛い。


 なんで……どうして……


 そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないの?

 うるさい……うるさい……うるさい!


 視界が歪んでくる。

 手足の感覚がなくなってくる。

 全身から嫌な感覚が走ってる。

 今にも吐きそう。


 鎮静剤……鎮静剤が欲しい。

 あれがあれば治る……治るんだから。

 でも……それは……けれど……


「んっ……」


 気付いたら鎮静剤を腕にさしていた。

 寝転んでいたはずの身体は、部屋の端で座り込んでいた。


 腕から魔力鎮静剤が注入されていくのがわかる。

 気持ちいい……魔力が静かになっていくのがわかる。


「あぁ……」


 もうそこは1面お花畑になっていた。

 白い花が浮かんでいる。

 赤い花が飛び散っている。

 青い花が地面を埋め尽くしている。

 緑の花が視界を彩っている。


 ここにいると頭がぽわぽわする。

 気持ちいい。


 ずっとここにいたい。

 ここは静かだし、綺麗だし、ずっとここにいたい。


 白い花があちらこちらへと舞うのをずっと眺めている。


 右に……左に……


 お花畑……お花……


 幸福感が心を占める。

 ここにいれば安心できる。


 もう私は何も考えてない。

 考えなくてもいい。いろんなことを。


 ここは静かだから。

 うるさいのは嫌……だから静かなここにいたい。


 花弁が辺りをまう。

 今は何も気にしなくていい。


 身体がいつのまにか倒れている。

 動けない。動きたいとも思わない。


 暖かくて静かなここにいれればいい。

 暖かい……静か……お花……


 目を閉じる。

 目を閉じてもお花畑はそこにある。

 やっぱりいつでもお花畑はある。


 ここにいること以外に心地いいことなんてない。

 この静かな場所以外に私に居場所なんてない。

 そんな風に少し思った。

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