お花畑で中毒少女は
ゆのみのゆみ
第1話 うるさい
白い花が浮かんでる。
花たちが頭の周りを回っている。
回転するたびに少しずつ思考が弱まっていくのを感じる。
ぽかぽかとする。
頭の中がぽわぽわして、ぼうっとする。
意識が抜けていくような、夢でも見てるような感じに包まれる。
心の中が止まってる。落ち着いてる。何も感じない。
いつもは動き続けている魔力が今は落ち着いてる。
花たちが辺りに咲いている。綺麗な花。美しい花。鮮やかな花。見てるだけで意識が吸い取られるような花。
お花畑の中に私がいる。私がある。
白い花が空を飛び、赤い花が飛び散り、青い花が地面を埋め尽くし、緑の花が視界を彩る。さまざまな花達が、私の意識を支配していく。
ずっとここにいたい。花弁が視界の中で舞い続ける。
それをずっと眺めてたい。眺めていると、何も考えなくて済むから。
飛び交う花弁を目で追う。それがとても楽しい。
気分がいい。こうしていると気分がいい。
花にまみれていたい。ずっとこの中にいたい。
花の中にいると、私を守ってくれるから。
綺麗で、心が落ち着く。魔力が落ち着く。
花弁が辺りを舞っている。綺麗で幸せ……幸せだと思う。
一面に咲いた花を眺める。何も考えず、ただ眺める。
止まりきった綺麗な思考が警告を発する。
その警告は、それのせいだった。それは視界の中で引っかかってしまう。見たくなんてないのに。
「黒い……」
それはすごく黒い花だった。
真っ黒で、目立つ。他の明るい色をした花とは大きく違う。
私はそれが嫌で。気に入らなくて。
踏み潰す。何度も。何度も。
花弁が飛び散る。
そして飛び散った黒い花弁が、空中で変形し、新たに黒い花になる。1つ潰すたびに、無数の黒い花が出現する。
その黒い花も、踏み潰す。握り潰す。捻り潰す。
何度も何度も。何回でも。
けれど、潰せば潰すほど黒い花はどんどん増えてく。
気付いたらあたりは全部黒くなっていた。
あれだけ鮮やかだったお花畑は、全て黒く染まっていた。
「あぁ……! あっ、あっ……!」
それに気付いた時、私の心はもう静かじゃなかった。
心はもう落ち着いてなかった。魔力はもう落ち着いてなかった。それがうるさくて、我慢できなくて。
心が震えて止まらない。
魔力が蠢いて、うるさい。
それが嫌で。たまらなく嫌で。
黒い花を引きちぎる。
「あぁあ! あぁ!」
けれど黒い花は消えない。
もう黒い花しかない。
黒いのは嫌……黒いのは嫌……
それだけが心を占めていた。
だから何度も何度も、何度でも黒い花をちぎっている。
けれどずっと黒い花はある。何をしても消えることはない。
魔力がうるさい。魔力が蠢いてうるさい。
不快感がひどい。何とかしたい。
その時、黒い花の中にひとつ白い種を見つけた。
白い種を見つけた瞬間、私の希望はあれだけだと思った。この苦しい空間から逃れて、またあのお花畑へといくにはあの白い種がいる。
何もない場所で転けそうになりながら、見えない壁に頭を打っても、それを取りに行く。不思議と痛みはなかった。
「これ……これなら」
白い種。それは手で拾い上げると、変形し、純白の花になる。それは美しくて、見てるだけで落ち着いてきそうな感じがしてくる。
これで……
「何してるの!?」
紫の色が通り、花が消えていく。
視界の中の花弁が消えて、無機質な生活感の薄い部屋に変わっていく。自分の部屋に。私が住んでいる部屋に。
けれど白い花だけは残った。残ったけれど、もう一度みると、魔力鎮静剤に変わる。
目の前には、さっき声をかけて私の花を壊した張本人……メドリがいた。くすんだ紫髪が目に入る。多分これがさっきの……
「何って……魔力多動症の……」
私は言い訳のように、小さな声で答える。
魔力多動症。魔力が自然と動いてしまう病気で、魔力消費が早くなることと、魔力操作がうまくできないことぐらいしか悪影響はなくて、生きていくだけならほとんど問題ない。
けれど……そんなことはない。数値で現れない感覚の部分に大きな悪影響を与える。
とにかくうっとおしい。魔力が邪魔で邪魔で仕方がない。魔力が自分の意思に反して、身体中を這いずり回る。それが本当に気持ち悪くて、不快で。
「だめだよ……こんなのは! 自分の魔力の動きに慣れていかなきゃ……そうでしょ?」
「そんなの……」
メドリは私の肩を掴んで、いつにない剣幕で必死に伝えようとしてくる。けれどそれが私に伝わることはない。
何もわかってないから。メドリは何もわかってない。魔力が勝手に動き続けて、うるさい。あの不快感を感じたことがないから。病気じゃないメドリにはわからない。
今だってうるさくて、暴れ出したい。
魔力が邪魔で邪魔で仕方がない。けれど魔力がないと、生きていけないから。
「私は……イニアのことが心配だから……」
「関係ないでしょ……」
「あるよ! 友達でしょ……? 私達」
「そう……だね」
友達……そうだった。メドリは友達で、それで。
昔は今より魔力多動症がひどくなくて、今みたいに家に引きこもるなんてこともなかった。家が近くて、よく一緒に遊んでた……そんな記憶が蘇る。
「でも……いいでしょ? 私のことなんだから」
「で、でも……魔力鎮静剤なんて……」
あぁもう。もうむかむかする。
うるさくてたまらない。感情がこみ上げてくる。
「うるさい! 何も知らないくせに!」
怒鳴ってしまう。うるさくて、たまらなくて。八つ当たりをしてしまう。そう、気づいた時にはもう遅くて。
メドリの悲しそうな顔が見えて少し苦しくなる。けれど……
「これ、置いとく……また来るから……」
メドリが携帯食料を置いて、帰ってしまう。
あんな悲しそうな顔をさせてしまうなんて。何やってるのかな……なんだか私が私じゃなくなったみたい。
メドリが帰って1人になる。静か……静かになった。
静かになったはずなのにうるさくて仕方がない。心の中がうるさい。魔力がうるさい。
私の住んでる部屋には、少しの保存食と着替えぐらいしかない。何もないはずなのに頭が割れそう。
座り込んで、耳を塞いでも、頭を抱えても、私の中の魔力は動いて動いて、止まらない。落ち着かない。暴れたい。
「鎮静剤……」
手の中の魔力鎮静剤を使いたい。
使いたいけれど、さっき使ったばかり。
連続使用はよくない……よくないけど……少しぐらいなら……
「あぁもう!」
鎮静剤を放り投げる。
狭い部屋の中で、小さな筒状の容器が飛んで、壁に当たって、ころんと音を立てる。その音すらも、今の私には不快に感じて仕方ない。
本当は……よくないことぐらいわかってる。
でも、それなら、どうすれば……
魔力鎮静剤は魔力を落ち着けて静かにしてくれる。
それに強い幻覚作用があって、心を幸せにしてくれる。
けれど、幻覚にすがって現実を疎かにしたり、鎮静剤がないと寝れなくなったり、落ち着かなくなったりしてしまう。強い依存性がある。
だから鎮静剤に頼らず、この蠢く魔力になれるのが1番いい……それはわかってる。わかってるけど。
「うるさい……」
魔力がうるさくて、うるさくて。
前はこうじゃなかったのに。昔はこんなにうるさくなかった。もっと静かだったのに。
「もうっ!」
家を飛び出す。
もう夜になるけれど、魔力がうるさすぎて、寝れない。
動き続ける魔力を無理やり制御して魔法を発動する。
私の適正魔法は身体強化。魔力量だけは昔から多くて、強力な身体強化ができるから、生物駆除者になった。今は明日の仕事を片付けることにした。
道を走る。
周りの人が私を見る。その視線がうるさい。
街を出て、街道を走る。
街の灯りが目に入る。街の灯りがうるさい。
昔はこんなにうるさくなかった。
1ヶ月前に急に意識を失ってから、こんな風になってしまった。
昔から魔力多動症だったけれど、前まではもっと小さくてうるさくなかった。少しなってるぐらいで、心地よいこともあった。
お医者さんには、いきなり悪くなることもあるって言われてらけれど、そんなのはもっと後だと思ってた。なのに、なんでこんなに早く。
「あれ……」
街道の先に陣取る獣が見える。
魔力生物、魔物のモイタス種……あれが今回のターゲット。
街道が塞がり邪魔らしい。普段はあまり使う街道じゃないから急ぎではないみたいだけれど。
全身の身体強化の段階を引き上げる。
うるさい魔力をどんどん消費していくのがわかる。
「がぅるる……」
モイタスが声を上げる。
私に気付いたようで、臨戦態勢に入った。
鋭い牙が見える。爪も。
もし身体強化なしで当たれば即死かな……
魔導機を起動する。魔力発散機。
あとは近くでさらに魔力を込めるだけで、魔物の魔力を発散させられる。モイタスは身体の4割が魔力で構成された魔物だから、これさえあれば何とかなる。
走り出す。
一秒が長時間に伸びる感覚がする。
モイタスの爪が振り下ろされる。
それをかわすと、大きな牙が私を貫こうとする。
けれど私には当たらない。魔力光がほんのり出てしまうぐらいの下手くそな身体強化だけど、膨大な魔力量が戦える力を私にくれる。
これだけはできる。魔力多動症の影響で、普通に使える魔法は何も使えないけれど、身体強化魔法だけは適性があった。身体強化魔法を使って、戦ってる時は静かになれる。
いつもはうるさくて仕方がない魔力を気にせずにいられる。
「がっ!」
もう少しで届きそうだったのに、尻尾によって阻まれる。
少し考え事をしすぎてたかもしれない。
衝撃が全身を伝う。痛い……けれど身体強化のおかげでまだ動ける。
地面を蹴り、一気に近づく。
魔導機の射程圏内に入る。
魔導機がを起動し、モイタスの身体が魔力に変わっていく。
「はぁ……はぁ……」
静か……静寂が辺りを包む。
今は今だけは何も気にしなくていい……ずっとこうならいいのに。
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