鯖は国産が一番? 月刊700文字チャレンジ 2021年4月お題 『ウソ』応募作品

水原麻以

鯖は国産が一番?

「また海外につつ抜け!」


 個人情報漏洩のバッシング記事がかまびすしい。情報企業各社の海外拠点がITに疎い一般消費者に知れ渡った。きっかけは某SNSの個人情報流出懸念だ。運営は検証結果を公表したが自己保身と解釈され火に油を注いだ。外国にデータセンターを置く理由としては災害の多い日本の立地や海外ローミングサービスの料金精算とかコストパフォーマンスなど合理性があげられる。


だが二言目には安全性を唱える国民性が黙ってなかった。サーバーを国内に移転して厳重管理せよとうるさい。企業にしてみればホスティングの安さや海外からのアクセスしやすさを考慮して国外を選んだ。


またセキュリティに関しては原理的にデータがサーバーの設置場所に縛られない構造―地球の裏側からでもアクセスできる―ため防御をしっかりすればよいのであるが、食の安全にこだわるノリで苦情がやまない。情報と食品の違いがわからないユーザーの悪印象を募らせるメリットもないので各社はしぶしぶ国内にサーバーを移した。すると疑心暗鬼な国民は要求をエスカレートさせた。


 情報の衛生管理である。そのデータは汚染されていないのか、内容はしっかりしているのか、鮮度は大丈夫か、ウイルスが紛れ込んでないか検査しているのか、乳幼児に見せても安全か、データはハッカーに改竄されていないか、問い合わせが相次いだ。


 しまいには情報の衛生管理基準がないことを週刊誌が針小棒大に煽った。これが国民の怒りに火をつけた。デジタル庁よ、しっかりせい、と立入検査や是正命令の権限付与を国に求めた。それでデジタル保健所が出来た。そして日の丸の余白がなくなった。国産の情報だらけで今日も安心。





 首相官邸のマスコミお断りな部屋でデジタル庁の幹部と政府首脳が会食をしている。


 ざっと数十名はいるだろうか。四人掛けどころか長テーブルである。

「これでデータ総合管理基盤がようやく整いました。関係者の協力と今後に乾杯」

 デジタル衛生管理部長が音頭をとる。


「ところで君、ここの防諜・機密漏洩対策は問題ないだろうな?」

 心配性の幹部が小声でたずねる。

「安心してください。はいて…いや、ゲフンゲフン。失礼。ハイテクノロジーでばっちり管理しております。国民の会話やSNSは余すところなく監視し、マスコミは情報衛生管理法でしっかりと監督し、国民の不安を煽る情報をシャットアウトしております」

 担当者は胸を張った。

「よかった。これで安心だ」


 質問者はビールジョッキを傾け、国産和牛に噛みついた。そして何食わぬ顔で官邸から出てきたところをパパラッチされたのだが…

 歯についた僅かな食べかすを砲手は見逃さなかった。会食の証拠は破格で売れる。

 彼はほくそ笑み、画像データをクラウドに保存した。


《安全のためセキュリティチェックを行います》


 メッセージが表示され数十秒が経過した。


《問題ありません》

 フォルダの消毒がつつがなく完了した。

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