謙介26

 改元のために祝日が増え、謙介は4月末から10連休であった。 

 この間に会える日はないかと真維に連絡していたのだが、しばらくして4月30日なら会えると返信があった。

 「よっしゃあー」

 彼は飛び上がり、手を打ち、拳を握った。

 令和が始まる5月1日が最も良かったが、贅沢は言えない。平成最後の日を彼女と過ごすのも乙なものだと思った。

 

 大阪駅で待ち合わせた。

 真維はグレーのショートパンツに白のTシャツ、いつものピンクのリュックにスニーカーで現れた。相変わらず若作りだなと謙介は苦笑する思いであった。

  

 駅近くの展望台のあるビルまで歩いていった。

 展望台から大阪の街並みを眺め、それから地下にある昭和レトロな喫茶店にお茶を飲みに行った。

「この前、生誕祭だったね」

「ええ、楽しかったです」

「本当の誕生日でない日に祝われて、違和感はない?」

本当は、嘘の誕生日を祝われてやましくはないのかと聞きたかったが、さすがにそれは憚られたので、言い方を変えた。

「え、どうして?嬉しいに決まってるじゃないですか。9月23日は紺野真維の誕生日、4月23日はサファイア麻衣の誕生日。それぞれ別々で、二度誕生日が合って、ラッキーという感じです。それに本当の誕生日は誰も祝ってくれないけど、テンカラの誕生祭はバイヤーさんからいっぱい祝福され、いっぱいプレゼントを貰い、むしろこっちの方がずっと嬉しいです」

「そんなものかなあ」

そう言いながら、謙介は誰も祝ってくれないと彼女が言ったことが気になっていた。祝ってくれる人がいないということは、本当に恋人も他のパパもいないのだろうか?


「実はお願いがあるのですが」

真維は姿勢を正した。

「もうすぐ新曲のCDが発売されるのです。CDはそれぞれのメンバーのバージョンがあって、その売り上げ枚数が秋の大きなライブで発表され、1位になった人はソロデビュー出来るのです。ソロの歌手になるのは私の長年の夢です。

どうか協力してください」

「ああ、いいよ。君のCDを買ったらいいのかな?」

「いや、買わなくていいです。こちらで買うので、10万円出してください」

「10万!」

金額の大きさに驚いた。

「お願いです。今年はチャンスなのです。以前オークションで水着が7万5千円で売れたでしょ。あのお金は運営が私のCDを買ってくれる資金に回るのです。あと、茉由さんという子が3年連続1位なのですが、それは金持ちの超太推しのオジさんがいたからです。だけど、そのオジさん、最近別のグループの推しになったみたいで来なくなったのです。だから、今年はものすごくチャンスなのです」

 彼女は手を合わせた。

 そんな必死に懇願する姿を見て、謙介はついからかいたくなった。

「でも、それは八百長じゃないの?」

 真維は気色ばんだ。

「そんなことないです。小林さんは私の最大のファンでしょ?ファンがCDを買うのだから、小林さんが買っても、全然八百長じゃないです」

しまったと思った。また失言してしまった。彼女の気分を害して申し訳ない気がし、ご機嫌を取らなければならないという気持ちで、「わかった。いいよ」と返事をした。

「え、本当ですか?」

「うん、馬鹿なことを言って申し訳なかった。確かに八百長ではないな」

 ずるいという気持ちもあったけど、それはもう口にしなかった。

「そうですよ」

彼女は澄ましている。

「ありがとうございます。ほんとうに感謝します」

彼女は何度も頭を下げた。

「そんなにお礼を言わなくていいよ。君の夢が叶うのは僕の喜びでもあるのだから。初めて会った時、ラストラヴァーを探していると言ったでしょ?覚えている?」

「はい、覚えています。女は最初の男を選び、男は最後の女を選ぶというのでしょ?」

「そう。それ。で、僕もそのラストラヴァーを見つけたんだよ」

 彼女の顔が曇った。

「どちらの方ですか?」

 謙介は彼女を指差した。

「え?私?嘘ばっかり」

「嘘じゃないよ。君を最後の女性に決めたんだよ」

「嘘ばっかり。上戸彩が「小林さん、来て」と言ったら、ホイホイついてゆくくせに」

どうして上戸彩が出てくるのか?

 突拍子もない答えに戸惑って、何も言えずに苦笑していると、

「私もそうかもしれない」

彼女は小声でぽつりと呟いた。

「え?なに?」

「ううん、何でもないの。お腹空いちゃった。何かご馳走して。大阪って、美味しい肉まんがあるのでしょ?それがいいかな」

そう言って、微笑んだ。


 駅近くのホテルの部屋に入り、テレビで皇室関係の特番を見ながら、買ってきた肉まんを頬張った。

 平成最後の日。

 謙介には一生忘れられない一日となった。

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