ヒロト28
翌日は大学の講義がある水曜日だったので、夕方に出勤した。
前野さんはいなく、オーナーがいて、ヒロトの顔を見るなり、「今日から働かなくていい」と言った。
突然のことで、何を言っているのか、どういう意味なのか、飲み込めなかった。
驚き、戸惑い、解雇の理由を問うと、昨夜勝手に弁当を持って帰ったことが原因であった。
先日、「勝手に持って帰ったらいい」と言っていたではないかと抗弁すると、
「あれは、そこから勝手に好きなものを選んで持って帰ってもいいという意味で、俺の了承を得ずにいつも勝手に持って帰ってもいいということではない」と言った。
「でも、前野さんもいいと言っていたし」
「あんなオヤジ、ただのバイトで、何の権限もない。あのオヤジも今朝辞めてもらった」
とりつく島もなかった。
「わかりました。今日はどうしたらいいですか?働かなくていいですか?」
「ああ、いい。さっき言っただろ」
「では、昨日までの給料分は振り込んでくださいね」
そう言って、店を出た。
ムカムカしていた。どう考えても理不尽で、納得出来なかった。廃棄代がかかるとか言っていたではないか。こんな奴の下で働くのはこりごりだと思った。頼まれても二度と働くものか。辞めてせいせいすると思った。
しかし、アパートに戻り冷静になると、収入が途絶えたことに気づき、憂鬱な気分になった。
もうすぐ麻衣の生誕祭ライブがある。もうすぐ平成も終わる。それなのに俺は何をしているのだろう?
辞めて後悔はなかったが、自分の無力さを痛感し、存在の軽さを思い知らされた。自分はいなくても何の影響もない、使い捨ての存在でしかない。それを実感し、ひどく惨めな気持ちになった。
替の効かないもっと確固たる存在になりたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます