謙介22
真維から話があるので、いつ電話したらいいか?とのメールが来た。
電話をするのは待ち合わせで場所がわからなくなった時くらいで、珍しいことだった。
「今でも大丈夫」と返信すると、すぐにかかって来た。
「どうしたの?何かあった?」
「そうなんです。この前、歩いていた時の写真を誰かに撮られたみたい。まずいわー」
「どうして知ったの?」
「古参のバイヤーさんがこっそり教えてくれたの」
「それでどうしたの?」
「写真を見たのだけど、夜で画像が粗くて、顔ははっきりしないので、私ではないとシラを切ろうとも思ったのだけど、あのコートを着ていたし、ここは認めた方が得策かなと思って、それ私ですと言ったの」
「えー!言ったの」
「心配しないで。金沢に叔父さんがいるのよね。お子さんがいないので、私を可愛がってくれててね。いつも東京に来た時には私にご飯を奢ってくれるの。ちょうど今年の夏も東京に来て、ご馳走してくれたことがあったので、それを思い出して、「これは叔父さんです」と言ったの」
「信じてくれた?」
「ううん、疑ったみたい。叔父さんと小林さんは歳も体つきも似ているし、眼鏡をかけているのも同じなので、ふと思いついて、従姉妹の結婚式の集合写真を見せて、「この人です」と言ったの」
「その人、そんなに似ているの?」
「ううん、顔は全然違うのだけど、盗撮の写真は顔がはっきり写っていないし、写真を見せていた時にスタッフが来て、慌てて閉じたので、バイヤーさんも一瞬しか見ていない。だから、そこまで分かるはずはない」
「そうか。それでその人は信用したの?」
「たぶん。少なくとも納得はしたみたい」
「ファンは納得したのかもしれないけれど、運営に知られたら、まずくはないの?」
「それは大丈夫です。ファンが大騒ぎして、いっぱい抗議が来たら、なんらかのペナルティを受けると思うけど、ファンが何も言わないなら、運営からは何も言われないか、言われても気をつけなさいと軽く注意されるだけだから」
「そうなんだ」
「うちはメンバーがファンやスタッフと恋愛するのは禁止なの。だから、私はそれは絶対にしない。でも、他の人との恋愛なら大丈夫なのです」
他の人との恋愛は大丈夫と聞いて、謙介の胸は踊った。もしかして、真維は自分との関係を恋愛だと思ってくれているのだろうか?
「それにパパ活とか、この業界では珍しいことではないので」
あ、やっぱり、恋人ではないんだ。
がっかりしたが、それに追い討ちをかけるように彼女は続けた。
「それでね、またファンに見られたら困るので、ほとぼりが冷めるまで、しばらくは会えないです。ホテルの部屋だけならいいけど」
ひどく落胆した。
一緒に食事をしにレストランまで歩いてゆくだけだが、それでも十分デート気分を味わえた。
もちろん彼女は魅力的なので、彼女を抱きたいという思いは強い。しかし、それは彼女のすべてを愛したいという気持ちからで、性欲からではないと思っている。
セックスは二の次で、一番はもっと精神的なもので、恋人のように彼女と過ごしたいからである。
その点、自分も息子や他のバイヤーさん達と同じである。
ホテルの部屋だけで、セックスするだけなら、デリヘル 嬢を呼ぶのと変わらないではないか。
その時、ふと妙案が浮かんだ。
「ねえ、東京ではなく、どこか名古屋とか京都とかで会うのは無理かな?」
「あ、それ、いいですね。私もどこか行きたいです。平日なら早く言ってくれたらバイト休みます。テンカラの仕事が入ったら無理だけど。たぶん水曜金曜以外なら大丈夫だと思います」
「分かった。そしたら平日に休みを取れたら連絡するね」
やったあー、と思った。
萎んでいた気持ちは一気に膨らみ、謙介の頭の中でファンファーレが鳴り、花吹雪が舞い、何人もの天使が一斉に飛び立った。
しかし、続く言葉がまた意気消沈させた。
「でも、年内年始は色んな行事があるから無理だと思う。年が明けて落ち着いたら大丈夫です」
随分と長い間会えないんだ。
天使は次々と落下していった。
「そうなんだ。……分かった。そしたら、またその時に連絡するよ」
力無くそう言って、彼は電話を切った。
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