ヒロト24
テンカラの年末年始はスケジュールがぎっしり詰まっていた。
年末大感謝祭から始まり、クリスマスライブ、12月30日はテンカラ紅白歌合戦、31日はカウントライブ、年明けて2日は初詣イベント、新春大感謝祭へと続く。
大感謝祭は年に4回あり、ライブの大きいものである。1番大きいのがCD売り上げ順位でメンバー間の序列を決める秋で、次いで新曲発表の春である。
年末は1年間の反省会と貢献してくれたバイヤーさんを表彰し称えるのが主で、年始はメンバーが1年の抱負を言うだけでさして普段のライブと変わらない。しかし、会場はコンサートホールで、入場料はいつもの倍の前売りで1000円であった。
そのためバイヤーからは正月値段だと揶揄されていた。
それ以外に年に数回不定期でイベントが行われる。これはライブではなく、メンバーがファンと交流するいわばファンサービスのための行事であった。
ヒロトがイベントに参加したのはこの初詣イベントが初めてであった。
いつもの公民館からメンバーとバイヤーとスタッフがぞろぞろと歩いて近くの小さな神社に初詣に行く。
正月なので、家族持ちのバイヤーはほとんど来ていなかったが、無料のためか暇なのかこういうイベントだけ参加するのか、普段見ないバイヤーがいたし、たまたま歩いているのを見かけた人も野次馬気分で参加して、人数は40人を超えていた。
メンバーは晴れ着かと思っていたが、違っていて、普段のデート会と同じ格好であった。
麻衣はお気に入りなのだろう、例の薄いピンクのコートを着ていた。
メンバーが前を歩き、その後にファンがついてゆく。鑑定さんはあちこちに配置され、飛び入りで入って来た人にはメンバーの写真を勝手に取らないようにと注意していた。
ヒロトは多田さん、タク、リク、マモルと一緒に歩いていた。まるで小学校の時の遠足のようで楽しくも懐かしくもあった。
メンバーは話しながら歩いているが、時々振り返る。麻衣が一度こちらを向いて笑いながら手を振った。
ヒロトは笑いながら手を振り返した。周りの連中もみんな手を振っている。
ヒロトは彼女は自分を見て手を振ったように思ったのだが、他の連中もきっとそう思ったのに違いない。
神社に着くと、支配人がスピーカーマイクで説明した。
まず、箱から数字のついたボールを引く。メンバーも別の箱から数字を引く。そして、同じ数字のペアが並んで参拝する。その後、全員で集合写真を撮るとのことだった。
みな子さんも来ていたので、メンバーは6人いて、研修生も2人いたのだが、圧倒的にファンの方が多い。
だから、メンバーの箱からは支配人や鑑定さんも引き、同じ番号を引いたファンは彼らとペアにならなければならない。
誰も同じボールを引いた人がいなければ、1人で参拝してくれとのことだった。
無料ではない。500円が必要であった。
その後は希望のメンバーと2ショットを撮れるが、それは1枚につき1000円とのことだった。
500円だったためか、辞退する人はほとんどいなくて、40人がくじを引くことになった。
常連のバイヤーと飛び入りで初めて来た人が一緒の条件でくじを引くのはヒロトは納得がいかなかったが、これも集客キャンペーンの一種なのであろう。みんな毎年のことなので分かっているのか、何も異議を唱えなかった。
ヒロトは麻衣と同じ数字を引くのを祈りながら、箱からボールを取り出した。12番であった。
ファンが引き終わるとメンバーが別の箱から引く。
人気順で茉由がまず引いた。番号は25。「はい」と手をあげるファンがいて、どめよきが起こった。
次いで、麻衣である。7番。
「俺かあ」と多田さんが大声で言いながら、手を上げて、頭を掻いた。
推しのみな子でなくて残念だが、麻衣でも嬉しいという微妙な表情であった。
多田さんは「すまんな」とヒロトに言い、それから、憮然としているガロや龍一や虎次郎の方を向いて軽く手を上げた。
それから、唯、みな子、彩が引き、梨乃が引いたのが12番であった。
リクやタク、マモルから、「良かったね」と口々に言われた。そう言われると、40分の8の確率を引き当てたので、ヒロトも満更ではなかった。支配人とペアになったら最悪である。
最後にその支配人が引き、ガロや龍一や虎次郎になればいいのにと思いながら、見ていたが、なんとリクと同じ数字であった。
リクはうなだれ、バイヤーだけでなく、メンバーや鑑定さんからも笑いと歓声が起こった。
「では、私から参らせて頂きます」と支配人が言い、リクが呼ばれた。リクはしぶしぶ出ていくと、支配人はお年玉と言って、2ショットの無料券を5枚リクに渡した。リクは現金なもので仏頂面を笑顔に変えて、「ありがとうございます」と言い、また爆笑の渦に包まれた。
それから鑑定さんとのペアが参拝し、研修生とのペアと続き、ヒロトの順になった。
横に並ぶと「縁があるのですね」と梨乃が言った。「若い者同士でお参りしましょう」
「そんなに若くはないのだけどな」
そう言って、梨乃を見た。
若いし、長い綺麗な黒髪である。顔自体は不器量だが、愛想良くにこにこしていたらアイドルっぽいし、それなりにモテるだろうなと思った。が、どうも好きになれなかった。
相性が悪いのだろうか?どこか皮肉なところがあり、彼女の言葉には麻衣に対するトゲがあるように思えた。
麻衣のような年寄りは止めて、若い自分の推しになれと言っているような気がした。
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