ヒロト20
11月の販売会の時に絵を渡された。
画用紙の左側に橋が描かれ、その欄干にヒロトと麻衣が立って右側に沈む夕陽を眺めている。真ん中には川が流れていて、水面には夕陽が映っている。そんな様子が描かれた絵であった。
お世辞にも上手とは言えないが、彼女が一生懸命に描いたのが伝わってきて、ヒロトは感激した。
その日はオークションに勝って、用水の横の散歩道を歩いた。
肌寒い日で、麻衣は薄いピンクの布のコートを着ていた。
「それ、この前買ったものですね。ツイッターで見ました。色も綺麗だし、柔らかそうで着心地も良さそうですね」
「うん、すごく気持ちいいですよ。触ってみますか?」と、脇を指した。
鑑定さんの方を見ると、頷いたので、ドキドキしながら、身体に触れないよう気をつけながら、そっと脇腹の布に触れた。
「ほんと、柔らかいですね」
「でしょ。結構いいものなんですよ」
「でも、暑くないですか?」
「いえ、全然。ほら、中は薄着なので」
そう言いながら、コートの前を捲ると、ミニスカートに素足であった。
またもヒロトはどきっとした。
鑑定さんが「少し寒くないですか?」と、ヒロトに言ったが、彼女と歩いている緊張と興奮のせいか彼にはちょうど心地良い気温のように思われた。
歩きながら、さっきから気になっていたことを訊いた。
「絵はなぜ歩道橋ではなく、橋にしたの?」
「実は歩道橋を上手く書けなかったのです」
そう言って、彼女ははにかんだ。
かわいい!
歳上の女性だが、時折少女のようにかわいい表情をすることがある。
「私、実家は東京ですが、田舎なのです。家の近くにお寺があって、その裏の丘の斜面に墓地があるのだけど、その辺りを通っていると、タヌキとかいたことがありました。ヒロ君、テンって知っていますか?」
「テン?動物ですか?イタチみたいなのですか?」
「さすが、明政大ですね。その通りです。見たことありますか?」
「いや、ないです」
「小学校の帰りにその墓地のそばの道を通っていたら、顔が白く体が黄色い動物が前を横切ろうとしたのです。思わず息を飲んで立ち止まったら、その動物も立ち止まって振り向いて、目が合ったんですよ。
しばらく睨めっこしてたけど、そのうち、ぷいっとそっぽを向いて、向こうに行ってしまったの。
なんの動物か分からなかったのだけど、家に帰って聞いたら、テンだろうって。顔は白く、体は黄色というか金色に近くて、つやつやしていて、とても綺麗なんですよ」
「へー、珍しいですね。東京にもそんなところがあるのですね」
「そうなの。すごい田舎なの。それで、川があって、橋からその向こうに夕陽が見えるの。その景色がすごく好きなので、それを絵に描いて見ました」
「僕も夕陽を見るのが好きなのです。初めて麻衣さんと会った時も夕陽を見たくて、大学の帰りにわざわざ周り道をしてあの歩道橋に行ったのです」
「そうだったのですね。出会えて良かったです。夕陽に感謝ですね」
彼女はヒロトの顔を見た。
「ほんとうに」
ヒロトは人と人との出会いというか、縁はつくづく不思議だなと思った。彼女と出会わなければ、テンカラのバイヤーとも知り合わなかっただろう。それがなければ、ゲームオタクで引っ込み思案で、人とのコミュニケーションが大の苦手な自分がアルバイトなど始めていなかっただろう。
「あ、思い出したのだけど、ヒロ君、ツイッターの画面にポッキーを食べている写真を載せているじゃないですか?あれ止めて、この絵の写真に変えてくれませんか?」
「うん、いいけど。どうして?」
「他のバイヤーさんも同じことをしてくれとポッキーを持ってくるのです。でも、あれは人からもらったロングサイズで、普通のではないのです。普通のならかなり顔が近づくので困るのです」
「そうなんだ。もしかしてガロさん?」
「ええ、ガロさんからも言われたし、他の人からも言われました」
そう言いながら、麻衣は何か思い出したように、クスクスと笑った。
それを見た時、何かあったのだと彼は直感した。
ガロか?虎次郎か?龍一か?
彼らが麻衣に顔を近づけ、戯れあっている場面が脳裏に浮かんだ。
ヒロトは居た堪れない気持ちになった。
普段から感情が薄く、何事にも固執することなく、人に強く主張されると自分を抑えて、すぐに折れる性格である。
しかし、この時、彼女をあいつらには絶対に譲りたくないと、生まれて初めてと思うくらい強い感情が湧いていた。
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