愛人は息子の推し
御通由人
ヒロト1 夕陽の見える陸橋
ヒロトは大学からの帰り道、直接駅に向かわずに、わざわざ遠回りして、駅に行くようにしていた。それは途中にある大きくて長い歩道橋から夕陽が見えるからであった。
特に初夏のこの季節には真正面に沈んでゆく夕陽が見える。
その景色をとても気に入っていて、日没の時間を調べて、ちょうど良い時間に橋を渡ることにしていた。
今日の夕空は格別に見事だった。
薄いコバルトブルーの空を背景に、鱗雲が数状浮かび、雲の上部は灰色で、下部は夕陽を浴びて濃いオレンジ色に染まっていた。
中世の宗教画を連想させるような壮大で厳かな景色であった。
階段を上がりきったところで、ヒロトは立ち止まって、その風景を眺めて、ほっと息をついた。
その時、橋の向こう側から黒い人影が左に行ったり、右に寄ったりしながら、こちらに向かって進んで来ることに気がついた。
近づいてくると、ピンクの制服姿の女の子が通行人にビラを配っていたのが分かった。
しばらくして、彼女はヒロトのすぐ前に来て、立ち止まった。身体を少し前に傾け、微笑みながら、リーフレットを差し出してきた。
「トウキョーテンカラットです。よろしくお願いします」
ヒロトは一瞬躊躇した後、受け取った。
「ありがとうございます。無料チケットが入っているので、ぜひコンサートに来てくださいね」
彼女は首を傾げ、微笑んだ。
ピンクを基調とする制服のような服を着ていたので、女の子と思ったのだが、よく見ると、二十五歳くらいだろうか?ヒロトよりも歳上のように思われた。
長身で、毛先がカールした長い焦げ茶の髪が美しく、瞳の大きな鼻筋の通った綺麗な女性だった。
非現実的な朱色の生温い空気に包まれていたせいだろうか。ヒロトには彼女がまるで西洋の宗教画の天から降臨してきた女神のように思われた。
そして、心を鷲掴みにされたようなときめきを感じた。
ヒロトはこの後もずっとこの日の夕焼け空を忘れたことはない。
平成が終わり、令和が始まる1年足らず前、平成30年の初夏のことであった。
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