リア充のフリをしている壊れた俺は、もう壊れたままで構わない。俺の大好きな小説を執筆している同級生が幼馴染に馬鹿にされた。もう幼馴染には無関心だ……

うさこ

フリはやめだ


「む、息子は病気なんですか!? そ、そんなはずは――」


 お母さんが泣いている姿が目に焼き付いた。

 俺、神楽坂隼人かぐらざかはやとはどうやら欠陥品みたいだ。どうすればお母さんは泣き止んでくれるだろうか?

 俺が普通のフリをすればいいのか?


 俺は人との共感性や、関心を全く持てない子供であった。

 お母さんが泣いていても何故泣いているかわからない。

 お父さんが叱ってもなんで叱っているかわからない。


 友達が楽しそうに笑っていても、なんで楽しいかわからない。


 俺は他人に無関心で興味が沸かなかった。

 ようは欠陥品であった。


 俺はそれが普通だと思っていたが、そうではなかった。

 同級生は多彩な表情を振りまいて、泣いて、笑って、喧嘩して、過ごしていた。


 俺は冗談を冗談として受け取れない。というよりも、冗談が理解できない。

 馬鹿にされても事実として受け入れる。

 話が噛み合わない。

 軽くこづかれて、本気で殴り返した事もあった。

 いつしか、そんな俺と喋ろうとする同級生はいなくなってしまった。


 変わりたかった。お母さんが泣いても悲しみさえ起こらない。だけど、合理的に考えると俺が悪い事は理解できた。

 だから、俺は病気が治ったふりをした――






「お母さん、行ってきます。あっ、今日は友達とカラオケに行くので遅くなります」


「ええ、行ってらっしゃい――」


 お母さんは俺が普通の人のふりをすると喜んでくれた。

 なんで喜ぶかわからないけど、俺は円滑に生活をするために嘘を付き続ける。それが一番合理的だ。


 始めは失敗ばかりであった。

 だけど、俺は漫画を見て人の感情を勉強した。

 漫画の内容は理解できない事ばかりであったが、俺は描かれている絵に興味を持った。

 あとにも先にも興味を持てたのが、絵だけであった。


 漫画を見つつ、人の普通の感情を勉強する。時間があれば俺は絵を描いていた。



「隼人君! おはよう!」


「おお、これは京子きょうこさんではないですか? 偶然ですね? 一緒に登校しますか?」


 俺はおどけたように軽い口調で挨拶に答える。

 きっとうまく表情を作れただろう。

 高校ではおどけたおちゃらけたキャラを真似して通っている。


「あんた高校入ってから本当に笑ってばっかりだね? ふふ、早く学校行こ!」


「いやはや、まさに京子さんのおかげです。えっと、今日もキレイですね?」


「ばっか! なんで疑問系なのよ! もう、お、お世辞なんて言わないの! ったく、毎日それじゃん……」


 敬語で距離を取りつつ、軽い笑顔と軽薄な印象を保つ。

 俺の処世術である。

 だが、心には何も興味が沸かない。無関心だ。


 それでも、これが一番円滑に進むんだ。


 京子さんは普通に話してくれているけど、俺を見下して見ているのがわかる。

 だがその理由はわからない。話してくれるなら問題ない。


 俺は幼馴染である京子さんと一緒に学校へと向かった。





 勉強はなぜか得意だった。

 見たものは大体一瞬で記憶に保存できる。

 それを親に言ったらびっくりされたから、誰にも言わないようにしている。


 教室は今日も騒がしかった。


「おはよ、隼人君!」

「あっ、今日の日直隼人君だよ!」

「おう、隼人ー、あとで購買行こうぜ!」


 クラスメイトが声をかけてくれる。子供の頃では考えられない事である。

 一人のクラスメイトが俺の肩に腕を回した。


「隼人〜、今日のカラオケ楽しみだな! 予約はばっちりだ! 楽しもうぜ!」


 こういうときは――


「あははっ、俺も楽しみにしてますよ〜。女子も来てくれて嬉しいですね」


「おっ、だよな! うちの女子は可愛いからな! まあお前は京子さんがいるか」


 京子さんがいるという意味はわからないが、哲也てつや君が笑っているから間違えた返答ではなかっただろう。


「ちょ、ちょっと、隼人! あ、あんたまた京子と一緒に登校したの!」


 委員長である美鈴みすずさんが声をかけてきた。


「ええ、幼馴染ですから」


「うぅ、今度は私も一緒に登校するわよ!」


「あはは、美鈴さんは寂しがり屋なんですね。もちろん大丈夫です」


 照れくさそうに前髪をイジる美鈴さん。


 俺は努力した。何度も何度も漫画を見て人の感情を覚えようとした。

 興味がない事を実行するのは精神的に苦痛を伴うが、仕方ない。

 わからないならテンプレートを作ればいいと思った。

 だから俺はセリフを選びながら会話をしている。


 俺はクラスメイトと雑談をしながら無の時間を過ごした。

 だって、問題を起こしたら母さんが泣くだろ?





 それでも演じるのに限界を感じる時があった。

 たまたま教室に忘れ物を取りに帰った放課後、俺の事を喋っているクラスメイトを見かけたときの事だ。

 京子と哲也もその中にいた。


『ぶっちゃけあいつの笑い方ってきもいんだけど』

『京子さ、マジであいつの事好きなの?』

『え、た、ただの幼馴染だよ。超迷惑だよ。す、好きなわけないじゃん!』

『だよね、作り物っていうか、目が笑ってないっていうか……』

『ハブる?』

『まあ害は無いから様子見ようぜ』


 俺はそんな言葉を聞いてもなんとも思わなかった。

 だから、俺は普通に教室へ入って忘れ物を取りに席へ向かった。

 クラスメイトは焦った顔をして取り繕っていたが、俺は気にしない。

 京子さんの青ざめた表情が目に入ったが笑顔でやり過ごす。


 みんな仮面を被っているって知ってる。


 だって、俺はクラスメイトに興味がないんだから――





 **********




「――ふう」


 カラオケは履修済みだ。歌には興味が沸かないが、流行りのものをチェックして、それを音程通りに歌えばいいだけだ。完璧に歌わず少し下手に歌う。そっちの方が受けるからだ。


 俺はトイレと偽ってカラオケルームから外へ出た。

 生徒の状況を頭の中で反芻して、今後の俺の行動を決める。

 人は思っているほど、人をよく見ていない。


 たまに俺が返答を間違えても、問題は起こらない。少し変わった軽薄な人間と思われているのだろう。


 スマホで俺は小説投稿サイトをチェックする。

 俺は人の考えを掴むために、漫画以外に定期的に小説を読む。

 このサイトは手軽に小説が読めるから重宝している。


 俺は昨日、ファンアートとなるものを送った。

 絵を描く事だけは興味があった。家でずっと絵を描いていた。

 漫画を模写するのが常であったが、文字だけしか書かれていないものに想像で絵を描く。

 その作業が人の心に歩み寄る勉強になると思った。


 ランキングで一人の作者を見つけた。

 全く興味が沸かない人間関係をすごく丁寧に描いている。

 ところどころ理解できない部分が多いが、俺の心になにかくるものがあった。


 決して文章力があるわけではない。だけど、何故か作者が心を込めて書いていると理解できた。


 自分の心を響かせてくれた小説に初めて興味が持てた。


 その小説の主人公の男の子を想像で描いて送ってみた。

 返事を期待しているわけではない。

 ただの俺の自己満足だ。そう思えるだけで俺の中で少し成長できたのかもしれない。


 ……小説の中身を分析して……、人の感情をもっと覚えて……。


 不安になる事はない。悲しくなることもない。これが俺の日常だからだ。


 そろそろルームへ戻ろうとした時、廊下でクラスメイトの女の子と鉢合わせした。

 女の子はキョロキョロと周りを見渡しながらなぜか焦った顔をしていた。

 確か水戸部楓みとべかえでさんだ。一人でいることが多い子であった。


 俺と喋った事がない生徒だ。京子さんが誘ったのだろうか?

 水戸部さんは深呼吸をして絞り出すように喋り始めた。


「あ、あの、神楽坂君。……ほ、他のクラスメイトは……知らない?」


 他のクラスメイト? 俺は首をかしげた。そして、自分の部屋を見る。

 そこには誰もいなかった。

 ――なにかあったのか?


「あははっ、すみません、俺もわからないです」


 大部屋を2つ借りた。どちらの部屋も誰もいなかった。

 誰の荷物もなく、明らかに帰った感じである。


 俺たちを置いて帰宅したという事か。……これにどのような意味があるのだろうか?

 まあ俺にはどうでもいい事だ。早く家に帰ろう。


 俺はルームにあった伝票を手にとって受付へと向かった。


「え……と、神楽坂くん、た、多分、ハブられてる私がカラオケに呼ばれた理由がこれだよ。……お金、払うよ」


 頭に疑問が浮かんだ。というか水戸部はハブられていたのか? いつも一人ではあったが、いじめられている様子はなかった。

 俺もクラスメイトと遊びに行くと、お金をまとめて払う時がある。

 あつらは笑いながら『ありがと!』というだけであった。

 それが普通だと思っていた。特に気にしていなかった。


 確かに考えてみればなぜ俺達が全部の料金を払う必要がある? それに水戸部さんが払う必要がない。


「……明日クラスメイトからお金を徴収しましょう。ね、それで問題ないですよ」


「え……、あ、あの、神楽坂くん?」


「あ、失礼しました。ごほん、さあ行きましょう」


 少し声色が素に近くなってしまった。俺は声の調子を戻して水戸部さんを促す。

 会計を終えて、俺たちはカラオケを出た。





 水戸部さんと無言で歩く。

 水戸部さんはスマホを時折無言でイジる。すごく悲しそうな顔をしている。

 ……悲しいという理由は考えれば理解することができた。


 きっと楽しみにしていたカラオケに行ったら、お金を払う役目だけだった。クラスメイトは勝手に帰ってしまった。

 ということだろう。そんな事水戸部さんに直接確認できるわけない。


 そういえば哲也君も京子さんも水戸部さんの容姿を悪く言っていた。


『あの豚ってマジで暗いよな』

『ブサイクだから仕方ないっしょ』

『ていうか、友達いないのに学校来てる意味ないじゃん』

『デブでブスって最悪だよな』


 ……人の容姿の事はよくわからないが、確かに水戸部さんはふくよかだ。

 だが、とても健康的で可愛らしい感じなのに。


 水戸部さんがポツリとこぼした。


「……生きている意味ってわからないよ。はぁ……、もう学校行きたくないな……」


 俺はどう返せばいいかわからなかった。

 あの小説でも同じような場面があったはずだ。

 あの時の主人公は――


「――お前には俺がいる。だから諦めるな――」


 違う、セリフを間違えた。このセリフは適切じゃない。何が正解だ?

 俺が頭を捻っていると、水戸部さんは不思議そうな顔をしていた。


「……へ? わ、私の小説のセリフと一緒だ……、あはは、なんか、ちょっとだけ元気でたよ。――えっ!? 神楽坂君!?」


 俺は水戸部さんの手を掴んだ。正確には水戸部さんのスマホを見るために掴んだ。


「こ、これは――」

「ちょ、ち、近いよ……、こ、これはファンの人からもらった私の大切な……」


 スマホの壁紙には俺が描いた主人公の絵が貼ってあった。


「俺が描いた絵だ……」




 そこから、俺と水戸部さんは公園のベンチでお互いずっと喋った。

 口数が少ない水戸部さんが饒舌になる。

 俺は軽薄なキャラをやめて素の自分で喋り続ける。


 水戸部さんが笑っていた。

 どうやら俺も笑っているらしい。


 共感性がないと思っていた。人に無関心だと思っていた。

 だけど、今この瞬間だけは違った。


 俺は――楽しいという事を少しだけ理解できた気分になった。

 それは絵を描いている時に感じたものと一緒であった。





 ***********





 教室の扉を開けると、何故かクラスメイトは気まずそうな顔をしていた。


「よう、隼人! この前は先に帰ってわりいな! タイミング悪いんだよお前はよ」

「そうよ、あっ、隼人のおごりでいいんだよね! ありがと!」

「へへ、やっぱ隼人君、優しいね」


 俺はその言葉を無視して、言葉を放った。

 セリフじゃない。俺自身の言葉だ。


「――立て替えておいた。金は返せ」


「え? は、隼人? お前いつも何も言わずに払ってくれてたじゃねえか?」

「あ、うん、そ、そうだよね……、い、今お金ないから後で――」


 俺は哲也たちに興味をなくして、水戸部さんの方を見た。

 水戸部さんはなぜか机に突っ伏して背中が小刻みに震えていた。


「うん? あ、あいつ? な、なんかノートに妄想小説書いてたから――」

「キモイって」


 頭の中を高速回転させて現状を把握する。

 黒板に貼り付けられたボロボロのノート。それを見て笑っているクラスメイトたち。

 泣いている水戸部さん。


 俺はそれを見て、心の中で湧き上がる何かを感じた――


 ――お母さん、ごめん。また、泣かせちゃうかもしれないけど……、きっとわかってくれる。


 俺は黒板に近づく。

 軽薄な笑みなんてもうできない。

 初めて無関心でいられない出来事に遭遇した。


「お、隼人く……ん? ちょ、怖いって……」

「見て見て、このキモい設定集、あっ――」


 心の痛みはわからない。

 こんな事をして何が面白いのかわからない。


 黒板にいた生徒たちが青い顔をして去っていった。

 俺はボロボロのノートを手に取り――


「――ガキの遊びはやめろ」


 俺はそう言い放って、水戸部さんの席へと近づいた。

 水戸部さんは気配で気がついたのか、顔を上げて俺を見ると驚いていた。


「……だ、駄目だよ、神楽坂君。神楽坂君はリア充なんだから……、私に関わるとハブられて――」


「リア充? それが人間の尊厳を壊すものならなりたくもない。俺は水戸部さんの物語の続きを見たい。俺は君と関わると決めたから――」


 全てに無関心だった俺が唯一関心を持てた人物水戸部楓。

 俺が水戸部さんの背中をさすろうとしたその時、



 後ろから声が聞こえてきた。


「な、なんでそんな子の肩を持つのよ! あ、あんたは私の幼馴染でしょ! ほ、ほら、早くこっちに来てお喋りしよ! む、昔みたいにならないで……」


 京子さんが俺の腕を掴む。

 俺はそれを振り払った。


「金だけ払う都合の良い幼馴染か……。あの時言っていたな。俺の事は迷惑で好きじゃないって。なら、俺に金輪際近づくな」


 俺は無機質な言葉の刃が幼馴染を傷つける。だが、俺にはその痛みがわからない。

 幼馴染の身体が震えていた。


「え……、そ、そんなつもりじゃ……、じょ、冗談だって……、わ、私隼人が――」



「――知ってるだろ? 俺にとって冗談は本当の事だ」



「あ……、な、治ってなかったの……」


 俺の過去を知っている幼馴染の京子。

 治す……? 違うんだ。俺は逃げていただけだ。自分と向き合っていなかっただけだ。


 俺は泣きはらした水戸部を見ると、何故か心がざわついた気がした。


 だから――、俺は――

 水戸部に向かって自分の言葉を言い放った。



「――お前が必要だ。初めての友達になってくれ」



 水戸部は泣きじゃくりながらも頷いてくれた――

 教室の空気は重かったが、俺には関係なかった。


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