不可解なカンニング 3

「まだ帰ってなかったんだね、広瀬さん。」

「ええ、鞄、部室にもっていったと思うんだけど、どうやら置いていっちゃったみたいね。」

千秋は机に腰かけたまま目を細めて、広瀬の一挙手一投足も逃さぬようみつめる。

「何か?」

これ、といって千秋は手に持っていた答案を見せる。四谷の答案と全く同じ点数、同じミス、違うのは名前で広瀬のフルネームが記入されている。

「それ、私のじゃない。」

「さすがの出来ね、でもおかしいな、今日全く同じ答案を見た気がするけど。」

「何が言いたいわけ。」

「別に責め立てようってわけじゃないさ、勝手に見たのは悪かったよ、謝る。どうしても自分の推理に確証が欲しくてね。」

千秋は机から腰を離すと、向かい合う。広瀬は千秋の考えを読み取ろうかとするかのように瞳から視線を外さずにいるが、その指先は苛立ちや動揺を雄弁に語るかのように小刻みに腰を叩き続けている。千秋は、渦巻く広瀬の感情に応えるかのように言葉を続ける。|

「やっぱり一番の違和感を感じたのはどうして犯人は答案を見る必要があったのか、ということだね。真っ先に思いつくのは点数が知りたかったということだけれど、彼女の点数はみんなが知っていた。すると、答案を見ることで得られる情報として次に思いつくのは、回答欄だよね。この事件のカギは回答そのものにあるとするなら、答案を見る必要があると思って、四谷さんには申し訳なかったけど少々強引な手を取らせてもらった。するとおかしな点が一つある。落としたたった二問のうち一問は誰でもこたえられるような問題だったんだ。まるでかのようにね。さて、私はファイロヴァンスとか明智小五郎みたいな探偵が好きだから、同じアプローチをとって心理的弁証法を試すとしよう。答案はわざと間違えられたと仮定して考えるとそれはあるアンチテーゼを含んでいるように思われる。はたして四谷さんがわざと間違えるなんてお遊びのようなことをするだろうか。中学時代の成績はあまり良くなかったようだし、おそらく必死に勉強したのだろう。それにあの怒りようを思い出してほしい。四谷さんは盗み見をするような人物がいることに腹を立てたと言っていたけれど、本当のところは高得点を取って自慢に思っていたところに泥をつけられたような気分になったんじゃないかな。」

「それが心理的弁証法?根拠のないただの推論でしょう。」

千秋は目線を外し、天井を見つめるように顎を上げ、恥ずかしそうに笑って、

「そういわれればそうなんだけどね、ただ今回のテストで鼻を高くしていたのは疑いようのないことに思われるし、そうであるとやはり故意に間違えるというのもおかしな話じゃないか。」

「結局何が言いたいの?もしそれがそうだとして、だからどうしたっていうの?」

、おかしなことだけど、これが一番しっくりくるんだよ。」

千秋は広瀬の反応を盗み見るかのように窺っている。広瀬はというと、無反応を貫いている。

「つまりだね、四谷さんの答案は四谷さん自身のものではない。正確に言うと四谷さんの答案は、君、広瀬さんの写しなんでしょう?」

広瀬が肩を震わせるのを捉えると機を逃すまいと続ける。

「カンニングがあったんでしょう?中期試験の時から。そしておそらく君はそれに薄々勘づいていた。だから今回のテストでそれを確かめようとした。あえて簡単な問題を間違えておくことで、不自然な答案を作り上げれば、四谷さんの答案が返却されたときにカンニングが本当になされていたか確認できるからね。ただ君と四谷さんの席の関係は、君の席から見ると四谷さんは斜め後ろで、四谷さんから君の答案は見やすい位置にあるけど、君からは振り向かなければ覗き見ることができない。四谷さん自身も自分と同じ答案を君が持っていることには当然気づいていただろうし、カンニングがばれないように君のことを警戒するだろうから、簡単に確かめることができなかった。だから多少のリスクを取って、休み時間中に盗み見たんだよね。」

突然自身のふるまいがまったく馬鹿らしいものだと感じたかのように、広瀬は自嘲にもとれる笑みを浮かべると、椅子に座り込み

「単なるケアレスミスであった可能性は?」

「さっきまではあったけど、君の答案を見た今では、まさに万に一つってかんじだね。」

はあ、と広瀬はため息をつく。

「まさかばれるとはねえ。このこと、四谷に話す?」

「いや、カンニングのことをほのめかしてごまかすよ。」

千秋は真面目な顔つきになると

「ひとつだけきかせてくれない?こんなめんどくさいことせずとも、テスト中、四谷さんにみえないように体で隠すなりできたんじゃないのか?」

広瀬は投げやりに笑い声を立てて答えた。

「これが私の卑怯なところなのよね。むしろカンニングしやすいようにテストを受けたぐらいよ。もし彼女から私の答案が見えなければ、カンニングなんかしなかっただろうに。あなたは私が薄々勘づいていたといったけど、私はほとんど確信していたわ。うまくやったと思い込んで調子に乗った彼女に、冷や水をかけてあざ笑いたかったのよ。」

しばしの沈黙が訪れる。広瀬が千秋のほうへ視線を投げかけると千秋は暖かな目で広瀬を見つめ、ゆっくりとつぶやく。

「本当にそうかな。私には、君がテスト中あえてカンニングさせるようなことをしたのは、君が四谷さんを信じたがっていたが故の行動のように思えるけどね。だからこそ、四谷さんは気づいてなかったみたいだけど、君はみんなの前で告発したりせずに、答案を無造作に机に戻すことで、カンニングがばれていることを暗に伝えようとしたんだろう?」

広瀬は苦笑いをする。

「告発する勇気のなかっただけだわ。ある意味で私のほうにも責任があるからね。」

広瀬は立ち上がると、鞄を肩に下げ、教室のドアへと歩いて行った。教室から出る直前、広瀬は振り返ると口を開いた。

「やっぱり私、部室に鞄をもっていったわ。」

千秋は広瀬の言葉が聞こえなかったかのように、にっこりとほほ笑みかけた。




































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