10月14日(月)晴れ 隣接する岸本路子その10

「路ちゃん、この後……時間大丈夫?」


 月曜日の放課後。覚悟を決めた僕は路ちゃんにそう言う。

 今日から始まる一週間を気まずい雰囲気にしないためにも、今日言うしかないと思った。

 それに対して路ちゃんは静かに頷く。


 そのまま僕と路ちゃんは学校を出て、あてもなくぶらぶらと歩き始める。

 ただ、いきなり話を切り出すのもどうかと思って、暫くは無言の時間が続く。

 塾までは時間があるから……というのは少し逃げているのだろうか。


「きょ、今日は……いい天気だったね」


 一方の路ちゃんも僕も急かすことはなく、適当な話題を振ってくれた。

 そのおかげか先週よりも多く喋れたので、僕もようやく喋れるだけの勇気が湧いてくる。

 そして……


「路ちゃん。それで本題なんだけど……」


「う、うん」


「……この前のことは本当にごめん。自分のことを下げるような言い方をして、路ちゃんに不快な想いをさせて」


「わ、わたしは……ううん。わたしこそごめんなさい。せっかく遊びに言ったのに途中で帰ろうって言うなんて……」


「いや、そうさせたのは僕が悪いから……」


「ううん。わたしが急に大きな声を出したから……」


「いや、僕が……」


「わたしが……」


 そうやってお互いが自分のせいだと言い合っていると、僕と路ちゃんは思わず笑ってしまう。

 何だか久しぶりの感覚だった。


「ご、ごめん。笑うところじゃないよね」


「良助くん、また悪くないのに謝ってる」


「あっ……うん。なかなか治らないよ、この癖は」


「ううん。そこが良助くんの優しいところだから」


 そう言ってくれた路ちゃんの笑顔も久しぶりに見た気がしてしまった。

 この雰囲気が戻ってきたのなら、目的はほとんど果たせたようなものだけど……僕はそこで止まるわけにはいかない。

 しかし、先に喋り始めたのは路ちゃんの方だった。


「……わたしね。良助くんへもう一つ謝らないといけないことがあるの」


「えっ?」


「……あの日、良助くんが自分を卑下した時に、わたしは怒ってしまった。けれど、それと同時に良助くんの告白が上手くいかなかったことに……少し安心してしまったの」


「安心……」


「その安心感を覚えた瞬間、自分がどうしようもない子だって恥ずかしくなって、情けなくなって、ひどい人間だと思った。だから……良助くんとこれ以上良助くんと一緒にいられないと思って逃げてしまった」


 路ちゃんは少し目をうるうるとさせながらも僕のことを真っ直ぐ見ていた。


「それでも、次の日に良助くんの顔を見ると……やっぱり一緒にいたい。そう思っていつも変わらないように接してみようとしたのだけれど、なかなか上手くできなくて。今までどうやって話してたのかもわからなくなって……」


「それは僕が気まずくなってしまったのが……」


「良助くんはそうなって当然だと思う。だって、いきなり変なことを聞いて、勝手に起こり出すようなわたしのことなんか……」


「違うよ」


 今度は路ちゃんの発言を僕が否定する。


「僕は……路ちゃんが僕の良いところを知ってくれていると言ってくれた時、う嬉しかったんだ。でも、嬉しかったからこそ……今その気持ちに応えるのが怖くなった。路ちゃんのことを……代わりに思ってしまいそうで」


「代わりって……えっ? ええっ!?」


「だけど、この一週間、色々考えた結果……」


「ま、まって、良助くん! ちょ、ちょっと……今、わたし、何を言われようとしているの……?」


「いや、その……」


「良助くんは今……仲直りするために、わたしと話してるんだよね……?」


 突然焦り始める路ちゃんに僕は言葉を止められる。

 僕としてはそのつもりであるけど……この先の話も解決しないと、本当にすっきりできないと思っていた。

 だけど、路ちゃんの様子はどんどん変わっていく。


「りょ、良助くん!」


「は、はい!」


「今日は……仲直りだけにさせて。わたしは……その、元の関係に戻りたいという話をするつもりだったの。こんな考え方をするわたしが、りょ、良助くんとそんな……」


「それを言うなら……いや、なんでもない」


 また自分のことを下げそうになったので僕は踏みとどまる。

 一方、路ちゃんの涙は引っ込んでいたけど、代わりに少し汗が出ていた。


「……良助くん……また塾で」


「う、うん、また」


 そうして、あの日のわだかまりについては、一旦解決できた。

 しかし、僕と路ちゃんの思っていることは少々違っていたようで……僕はまだ考えなければならないようだ。

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