11月4日(金)曇り 伊月茉奈との日常その8
祝日明けの金曜日。
文芸部では火曜日から冊子に載せた作品の感想会が始まっていて、本日は2人の作品について良かった点や改善点が話し合われていく。
今年は副部長として提出時にペンネームと名前の確認作業をしたけど、あまり覚えるものでもないと思って、大半は忘れていた。
ただ、今日取り上げれた作品の作者……宇尾村さしみについてはどうしても頭に残ってしまっていた。
いや、ペンネームは全体的にシュールさを含んでいるんだけど、「さしみ」という名前が僕の中で妙なツボ入っていたし、それを考えたのが……伊月さんだったことに驚いたせいで印象に残ってしまったのだ。
「産賀さん、ちょっといいですか?」
そんな感想会が終わった後、僕は伊月さんに声をかけられて、僕は内心驚く。
気を付けていたつもりだったけど、無意識に伊月さんへ目線が行っていただろうか。
「産賀さんって……わたしがどのペンネームか把握してますか?」
「うん。確認作業の時に見て覚えちゃったから……ごめん」
「いえいえ、別に構わないんですけど……その話、浩太くんにも言ってたりします?」
「いや、全然。何なら僕のペンネームも明かしてないよ」
それを聞いた伊月さんはほっとした表情になる。
「もしかして、松永には知られたくない感じ?」
「はい。絶対知られたくありません」
「絶対なんだ」
「だ、だって、その……なんか恥ずかしいじゃないですか」
「そうかな? 面白い作品だったし、自慢してもいいと思うけど」
ちなみに伊月さんが書いたのは陸上部の女子高生が様々な悩みを抱えながらも記録の更新に挑んでいく物語だった。
主人公の走りと心情をリンクさせた描写が中心で、少し堅苦しい表現はあるけど、共感しながら読み進められるとか、爽やかな読後感があるという感想が先ほども出ていた。
「でも、産賀さんだって浩太くんに教えてないじゃないですか」
「それは……まぁ、恥ずかしいからというのもあるけど」
「ですよね」
「ただ、伊月さんの場合は僕よりも身内だと思うから教えてあげても……」
「なんでそうなるんですか!? 言うほど変わらないです!」
伊月さんは恥ずかしがりながら必死に抗議する。
良い作品と思ったのは本当なので松永が知らないままなのは惜しい気持ちはあるけど、本人が恥ずかしいのなら仕方がない。
「そういうわけなので、今後、浩太くんから聞かれるようなことがあっても知らない体でよろしくお願いします」
「わかったよ。ところで……何であのペンネームになったか教えてくれたりする?」
「…………」
「い、いや、無理に聞こうと思ってないから。個人的には結構好きだよ?」
「……あまりにも思い付かなくて……お寿司のことが思い浮かんだので……こうなりました」
「あー、なるほど……」
「産賀さん。何回も言って申し訳ないんですけど浩太くんには絶っっっ対に言わないでくださいね……ね?」
今日一番の圧を込めて伊月さんは言う。
それには僕も素早く無言で頷くしかなかった。
たぶん、伊月さんが気にしているのは作品の出来ではなく、ノリと勢いで付けたペンネームの方だ。
系統からすると、松永も笑って受け入れてくれそうな気がするけど……そこは僕にはない乙女心とか、伊月さんが思う関係性とかが駄目だと言っているのだろう。
ということは、個人的に好きだと言ったのは失敗だったかもしれない。
……ダイ・アーリーよりはいいと思うんだけどなぁ。
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