6月15日(水)雨のち曇り 拡散する大山亜里沙その10

 6月折り返しの水曜日。引き続き雨の香りがする梅雨らしさを感じながら平日の授業は進んでいく。


「ねぇねぇ、うぶクン」


 そんな日の休み時間。大山さんが声をかけてきた。世界史のノートを貸すのは木曜日だったようなと思いながら僕は振り向くと、いつの間にか席を空けていた野島さんの椅子に座っていた。


「ど、どうしたの?」


「いやまぁ……」


「もしかして……朝の野島さんとの話聞こえてた?」


「……はい」


 大山さんは少しだけ申し訳なさそうに言う。朝のHR前に野島さんから清水先輩に関する報告を受けたけど、特に変わった様子はなかったとのことだった。

 そうなると、僕の気にし過ぎだったのかもしれないけど……野島さんからは僕がまだ納得していないと察せられてしまう。それは野島さんも同じようで、もう少しだけ時間を貰うと言ってひとまず話は終わった。


「全部把握してるわけじゃないケド、清水先輩と何かあったんだろうなーってことは聞こえちゃった」


「まぁ、うん。僕が一方的にそう思っているだけの可能性もあるけど」


「そうなんだ。でも、びっくりしちゃったよ。明莉ちゃんに続けてうぶクンもそんなことになってるなんて……」


「うん? いや、僕は明莉と同じ状況ではないよ?」


「あれ? 清水先輩との関係性に悩んでるんじゃないの?」


「それはそうだけど、明莉は恋愛の話だから……」


 僕はそう否定しながら心の中で少しがっかりしてしまった。大山さんは気遣って話かけてくれたのだと思ったのに、恋愛話に食い付いたと感じたからだ。

 すると、否定する僕に対して、大山さんは真面目な顔で言う。


「うぶクン。それ明莉ちゃんも言ってた」


「えっ!? あ、明莉が?」


「最初に話を聞いた時はね。明莉ちゃんも自分では恋じゃないと思ってたらしくて。でも、話を聞いていくとどう聞いても明莉ちゃんはその子のことが好きだってわかった。それは間違いなかったとアタシは思ってる」


「だ、だからって僕も同じというわけでは……」


「うん。そうかもしれない。だけど、うぶクンが恋じゃないにしても清水先輩を想う気持ちがあるなら、のじぃを介してじゃなくてうぶクン自身が当たりに行かなきゃいけないこともあると思う。もしかしたら清水先輩は聞いてくれるのを待ってるかもしれないから」


 大山さんは優しく微笑みながらそう言った。それはもしかしたら明莉に対しても言った言葉なのかもしれないと、何となく思った。


「なーんて。マジメにアドバイスしてみたり? まぁ、戦績の良くない恋愛マスターの言葉だし、盗み聞きして考えたアタシの意見だから全然聞き流して大丈夫だよ」


「いや……ありがとう、大山さん。僕も自分で動いてみるよ」


「……そっか。なら言って良かった」


 それ以上大山さんは何も聞かず、席を離れていくと次のチャイムが鳴った。


 僕自身は野島さんに探りに頼っているつもりはなかったけど、完全に待つ態勢になってしまっていた。その状況を傍から見ていた大山さんからすると、違和感があったのだと思う。

 それを勘違いされる可能性もあるのに伝えてくれたのは、本当にありがたい。兄妹共々足踏みしていることに少しだけ思い出し笑いしながら、僕は覚悟を決めた。

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