2月4日(金)晴れ 岸本路子の成長その7

 暦の上では立春の金曜日。だけど、もう少し寒い日は続きそうだし、世間的には冬季オリンピックが開催されるので、まだまだ冬は抜け出せ無さそうだ。


 そんな今日は文芸部でミーティングが行われる。その内容についても冬らしい話だ。


「来週の月曜日から2年生は修学旅行へ行くことになりまーす。部長的にはわざわざ寒い北海道に行くのかと思うところですがー まー、それはさておき、うちの文芸部の現在の主要メンツの多くは2年生なので、次の火曜日の部活動については残っている方にやるかどうかをお任せしまーす」


 そのメッセージは実質的に僕と岸本さんへ向けられたものだった。


 そして、全体のミーティングが終わった後に森本先輩から僕と岸本さんは呼び出される。


「というわけで、重ねてのお知らせになるけど、火曜日の部活はご自由にしてねー まー、元々部室自体は曜日関係なく使ってもいいから、あたし達が留守の間は部室も必要だったら開けていいよー」


「わかりました」


「何なら仮眠室でも何でも使っていいからー」


 森本先輩は笑いながらそう言うけど、ここで仮眠するくらいなら家に帰っていると僕は思った。


 そんな話を聞き終えた後、先輩方が作業を始める中、僕と岸本さんは来週どうするかについて話し始める。


「岸本さんは部室に来る予定?」


「うん。作業できる場所は他にもあるけれど、ここなら他に誰も来ないから集中しやすいし」


「なるほど。じゃあ、僕は遠慮して……」


「あっ!? ち、違うの! 今のは産賀くんがいることを前提とした話で……」


 それはわかっていたけど、そう言ってくれそうな気がして僕は冗談を言ってしまった。それに気づいた岸本さんは「もう、産賀くん!」と言う。


「ごめんごめん。じゃあ、火曜日の授業終わりに連絡取ってから鍵を取りに行こうか。たぶん、何も用事はないだろうから廊下で落ち合う感じで」


「わかったわ」


「それじゃあ、僕らも作業を……」


「産賀くん。ちょっとその前に聞きたいことがあるの」


「聞きたいこと?」


「この前の火曜日……先輩方にバレンタインのこと、聞いてたよね?」


 それを指摘されて僕は思わず肩が驚いてビクついてしまう。そう、この前の火曜日にバレンタインチョコについて情報を集めていたけど、その際に岸本さんへはその質問をしなかった。なぜなら僕は中学以前の岸本さんの状況を知っていたからだ。


 だから、聞かないことが正解だと思っていたけど、岸本さんからすればあまり良くなかったらしい。少々険しい顔で僕を見つめている。


「き、聞いてたけど。あ、あれは妹の頼みがあって……」


「知ってるわ。それで……その、少し言いづらいのだけど……」


「は、はい……」


「……わたしにもその情報、共有してくれない?」


「わ、わかっ……えっ?」


 怒られると思っていた僕はもう一度岸本さんの顔を確認すると、今度は何だか泣きそうな顔になっていた。


「わたしも今まで友チョコなんて作ったことなくて、何ならこの前に産賀くんがその話をするまでバレンタインのバの字も考えていなかったのだけど、よく考えればわたしもやらなきゃいけないことだって気付いたの」


「な、なんだ。そういうことだったのか」


「そ、そういうことって……わたしにとってはかなり問題なの。わたし、料理とか全然しないし……」


「それなら市販のチョコを買ってもいいんじゃない? 先輩方の中にはそうしてる人もいるみたいだし」


 僕は親切心でそう言うけど……それを聞いた岸本さんは今度こそ少し不機嫌になっているように見えた。


「それは……そうなのだけれど、わたしだってちょっと作ってみたいというか……もちろん、上手くできないなら買った方がいいのはわかってて……」


「ご、ごめんごめん! 別に手作りしないで言いたかったわけじゃないんだ!」


 先日言葉選びうんぬんの話が出たばかりなのに、僕は返す言葉を選び間違ってしまったようだ。岸本さんからすれば恥を忍んで聞いたのだから作りたい気持ちはあるに決まっている。


「じゃあ……バレンタインチョコのこと、教えてくれる?」


「僕で良ければ。とりあえず今年のトレンド的な作り方は……」


 それから僕は岸本さんにこの時点で収集していたバレンタインチョコ情報を教えていくことになった。

 よく考えると本来なら作る主体じゃない僕が教えているのは変だし、先輩方に直接聞いた方が早いような気もする。

 でも、さっきの失態と真剣にメモを取る岸本さんに対してそんなことを言えるはずもなかった。

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