9月19日(日)晴れ 長い長い体育祭

 延期された体育祭本番。台風が通り過ぎた形跡はほんの少しだけ吹く風だけで、むしろのそれが秋の天気と相まってちょうど良い陽気になっていた。開会式前に会場準備をする必要があるので今日のスケジュールは全体的に30分程ズレることになる。

 それでもなるべく早く始めたいと考える先生や体育委員のやる気のおかげかテント設営やグラウンドの線引きなどはスムーズに進んでいった。


 その数分後、最初の行進が始まり、開会式の列が形成される。その途中で来賓席に目をやると、人数的には多くもなく少なくもなくという感じだった。急な予定変更だったけど、日曜日は比較的来やすい人も多いと思うから変更の影響は少なそうだ。

 実のところ、僕は両親にはあまり出番がないことを伝えていて、来るにしても部活対抗リレーや体育祭全体として見せ場になるダンスの時間帯にすべきだと言っておいた。もしかしたら他の親御さんもそういう考えの人が多いのかもしれない。


 午前中の種目が始まると、僕は応援席に根を張ることになった。というのもムカデ競争は午後からの種目で、部活対抗リレーは昼食前、フォークダンスは最後の種目になるから午前中は何もすることがないのである。


『続いての種目は100m走です』


「ま、松永くんが出るやつだ。が、がんばれー!」


 そんな中で僕は大倉くんと一緒に松永や本田くんを始めとするクラスのみんなの活躍を眺めていた。始まってみれば僕もみんなの競い合う姿を見て、喜んだり残念がったりしていたから先日松永に言われたように祭を楽しめている。


「ぽんちゃん、大山ちゃんの体操着姿って……どう?」


「……ノーコメントだ」


「もー むっつりなんだからー」


 ただ、女子の活躍については松永の発言を聞いてからしっかり見ていいかわからなくなってしまった。練習から男女一緒だったけど、激しく動く姿は見ていなかったし、普段の体育は別れて授業をしているからそんなに意識していなかった。でも、本番で動く姿を見ると、雑念が混じってしまう。僕は本田くんを責められない。


「おっ、りょーちゃん。あれ、清水さんじゃない?」


「……あっ、本当だ」


「しっぽ取りかー 清水さんって運動神経いい感じ?」


 そう聞かれても僕は清水先輩が歩く姿ばかり見てきたから運動できるかどうかはわからなかった。足腰は丈夫な気がするけど、それがしっぽ取りに活かされるのか。


「おー! 清水さん、凄いじゃん!」


 僕がそんなことを考える中、しっぽ取りが始まっていくと、清水先輩は素早く動いて一人、また一人としっぽ代わりの鉢巻を奪っていく。それは足の速さだけでなく、取り合う際の駆け引きも上手く立ち回っている感じがした。


「清水さんがいる方が勝った! 別チームだけど!」


 僕よりも松永が大きくリアクションを取っているけど、僕も普通に驚いていた。結果的に清水先輩はその試合で一番多くしっぽを獲得したのだ。チーム内でハイタッチを交わしていく清水先輩を見ると何だか不思議な気持ちになる。夏休みまでに色々話しているつもりだったけど、清水先輩について知らないことはまだまだあるらしい。



 午前中の種目が終わり、僕ら4組が属するチームが暫定2位となった昼食前。そのチーム戦には関係ない部活対抗リレーの時間がやって来た。メインである運動部対抗の前に僕たち文化部は走ることになるので、直前の種目が終わる前に集合する。


「えー それじゃあ先日決めた通り、ソフィア・あたし・シュート君・ウーブ君・汐里の順番で行きますが、いいですかー?」


 森本先輩の言葉に僕ら4人は頷く。作戦としてはこの中では一番早いソフィア先輩がリードして、そこから一番自信がないと言っていた森本先輩から遅い順から人が走っていくというものだ。その作戦上、僕は4番目に配置されてしまったけど文句は言えない。


 入場のために整列が始まると、文化部の代表が集まっていく。文芸部の他には吹奏楽部、美術部、茶道部、パソコン部、将棋部が参加していた。


「おお、良助じゃないか」


「し、清水先輩!?」


 その走者の中でに茶道部の代表として清水先輩がいた。並んでいる列で僕の隣ということは同じ4番目の走者になる。


「リレーに参加するとは知らなかった。お手柔らかに頼むよ」


「は、はい……」


 先ほどの活躍を見てしまうと、こちらの台詞と言いたいところだ。清水先輩は僕が走っているところを見たことがないだろうから早いと勘違いしているのかもしれないけど、恐らく僕は清水先輩より早く走れない。


 そんなことを考えているうちに、入場が始まりスタート地点へ向かって行く。第1走者が定位置に着くと、それぞれがバトン代わりになるものを掲げた。茶道部はお茶を立てるやつ(茶筅というらしい)、吹奏楽部は管楽器(たぶんサックス)というように大きさはかなりバラついていた。その中で文芸部は先人に習った辞書にしており、サイズ的にはバトンに近い感じだ。


『それでは文化部の皆さん、位置について。よーい……ドン!』


 第1走者が走り始めると、その中でソフィア先輩は一つ抜けていく。自信があるのは本当だったようで、リードを保ったまま第2走者の森本先輩に繋いだ。それから森本先輩はちょっとずつ追いつかれながらも3位で藤原先輩へ辞書を渡した。


 レーンに入ると、隣で清水先輩が準備体操を始める。一方の僕はそんな余裕はなく、そわそわしながら藤原先輩の様子を見ると、3位の位置は変わらないまま走っていた。現在1位の吹奏楽部にバトンが渡った後、もう一つの部活とほぼ同じタイミングで藤原先輩から僕へ辞書が渡される。


(って、2位は茶道部だったのか!?)


 茶筅が小さくて隣で走り始めた清水先輩を見てから僕は気付いた。そして、ほぼ同時のスタートだったはずなのに、清水先輩は僕から少しずつ距離を離し始める。明確に見えているわけじゃないけど、走るフォームは非常に綺麗に見えた。


(これ以上離されるわけには……!)


 いつの間にか謎の闘争心が沸き上がっていた僕はその後ろ姿を必死に追って行く。何とかそれ以上の距離を離されないために進んでいくと、いつの間にか最終走者が目の前に見えていた。


「水原先輩、お願いします!」


「まかせろ!」


 辞書を渡した僕はそのまま走り抜けて中央に捌けていく。こんなに息を切らして走ったのは久しぶりかもしれない。それくらい体へ疲れがどっとやって来た。


「良助、やるじゃないか」


 呼吸を整えている僕に清水先輩は話しかける。息は切れているけど、僕よりはまだ余裕がありそうな感じだ。


「いえ……ふー……清水先輩、めちゃくちゃ……早かったです……」


「ははっ。ちょうど良助と同じタイミングで走り出したから何だか負けられないと思ってな」


「な、なんでですか……?」


「うーん……なんとなく?」


 僕は思わず聞いてしまったけど、恐らく僕が必死に走ったのも同じ理由なのだろう。知り合いだからこそなんとなく無様な姿を見せるのが嫌だった。先行する清水先輩の後ろ姿を見ると、自然とそう思ってしまったのだ。


『吹奏楽部が今ゴール!』


 僕がようやく息が整った頃に文化部の部活対抗リレーは決着がついた。結果は第2走者以降は順位は固定されて、文芸部は3位に終わった。順位としてはよく走れた方だけど、体力がありそうな吹奏楽部はともかく、茶道部が意外な精鋭揃いだったのは多くの人が驚いているに違いない。


「ウーブくん、すごかったねー!」


「ああ。産賀のおかげで大きく離されずに済んだ」


「そ、それほどでも……」


「これは来年もウーブ君に走って貰わないとなー」


「こら、沙良。今は来年の話じゃないだろう」


 でも、それ以上に驚いたのは僕の走りが評価されていたことだ。僕としては夢中になっていたので早さを感じる暇はなかったけど、貢献できていたのなら良かったと言える。



 運動部の部活対抗リレーでテニス部の走者として参加した松永の活躍を見届けた後、昼食を取り終わると、体育祭は午後の種目へ移る。


 まずは応援団とダンス履修組が披露する時間だ。体育祭の中でも一番華やかさがある演目で、息の合ったパフォーマンスが繰り広げられた。恐らく、その中には大山さんや栗原さんが混じっているのだろうけど、目まぐるしく変わるフォーメーションに目が追い付かなかった。


 そして、僕がクラスで唯一出場するムカデ競争では……


「かけ声合わせるぞー」


 先頭の指示に従いながらテンポよく進んでいった。足の早さや体力が必要ない代わりにムカデ競争は上手く合わせる必要がある。それほど難しいことではないけれど、4組の男子連合は息が合っていたのか、2位を獲ることができた。ただ、これに関しては自分の活躍というよりは先頭で指示したり、大きな声を出してくれたり人たちのおかげだと思う。


 それから体育祭の定番である玉入れや綱引き、盛り上がり的には一番である男女混合スウェーデンリレーやチーム対抗400mリレーなど次々と種目が終わっていく。


『次の種目が最後の種目になります。全校生徒によるフォークダンスをお楽しみください』


 そう、残すは色んな意味で問題のフォークダンスだ。男女別々の出発点に別れて待機を始めてからグラウンドへ入場していくと、今回も二回の練習では会わなかった女子の前に到着する。でも、その女子はちゃんと手を出してくれたので、僕は遠慮しがちに手を握りながら踊り始める。


 うろ覚えのステップを踏みながら動きを繰り返しているけど、対面する女子はどの子も何とも言えない表情だった。よく知らない男子と踊らされるとそうなる気持ちはわかる。それでも来賓の前だからきちんと踊らないといけない。やっぱりこの時間は何のために踊っているんだろう。そんな疑問が出ている時だった。


(あっ……)


 僕の目の前に岸本さんが突然現れる。さっきまで踊っていたのは1組の女子と違う……と言えるほど他の女子の顔をよく覚えてないので、岸本さんが見えるまで僕は心をここにあらずだったみたいだ。


 すると、岸本さんが手を差し出してくれたので、僕はその手を取った。


「産賀くん、部活対抗リレーお疲れ様」


「えっ? あ、ありがとう」


「あっ、ごめん……今はあまり喋らない方がいいわよね」


「そ、そうだね。それじゃあ、踊ろうか」


 何故かぎこちない会話を交わしながら僕は今日一番慎重になりながらステップを踏んでいく。さっきのリレーと同じように知り合いの前だと無様な姿は見せられない。上手く踊れる自信はないけど、岸本さんの迷惑にならないように踊り切った。


 そして、その順番を最後に曲は止まる。通しでちゃんと踊り続けると結構長く感じたけど、最後の最後でそれらしい踊りができた気がする。


「産賀くん、改めてお疲れ様」


「岸本さんも。玉入れの時活躍してたね」


「み、見てくれてたの!?」


「えっと……見間違えじゃなければ。途中で球を渡す方に切り替えて……」


「う、うん。わたしで間違いないわ……」


「良かった。あっ、そろそろ……」


「産賀くん……良かったらまたLINEや部活で今日のことを話しましょう」


 僕はそれに頷くと閉会式の列形成に向かって行く。感想を言われるほ活躍してないと思っているけど、体育祭全体の感想なら話せることは色々ある。


 最終的なチーム順位は2位と結果だけ見れば僕の関わった部分で1位になることはできなかったけど、少ない出場種目の中でも妙に満足感はあった。それはつまり、高校の体育祭もなんだかんだ始まって終われば悪くなかったと思っているし、今回に限って言えば楽しむ気持ちを持って挑んだから楽しめたと言える。


 こうして、長い長いと思っていた体育祭は終了した。

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