9月17日(金)曇り 松永浩太の昔話その5

 本日は最後の体育祭練習が行われた。全体練習では2回目のフォークダンスを軽くやることになったけど、今日は全く知らない2組の女子が目の前に列になって、手を繋ぎそうで繋がないギリギリの距離間で踊ることになった。これで後は本番だけというのだから適当に踊るしかないのだろう。


 それから午後には予定されていた会場準備は中止され、通常授業が行われた。それが終わってしまえば明後日ないし明々後日に本番が始まると思うと……


「全然ワクワクしない」


「まぁまぁ、りょーちゃん。やればすぐ終わるから」


 帰り道に思わず愚痴を吐く僕に松永はなだめるようにそう言う。この時に限ってはいつもと立場が逆になってしまう。


「りょーちゃんってそんなに運動会嫌いだったっけ? 小中だとここまで言ってなかったような気がするけど」


「確かに口に出してはないかも。でも、嫌いとまではいかなくても楽しみとは思ってなかったよ」


「あー 言われてみるとテンションは上がってなかった気がするなぁ」


 それを口に出してしまうようになったのは……僕がお喋りになったからなのだろうか。好き嫌いをちゃんと言えるようになったのは悪くないと思うけど、それをネガティブな方で実感するのは何とも言えない。


「りょーちゃんの運動会が楽しみじゃないのって、やっぱり体育が苦手だから?」


「それもあるけど……運動会って一応勝ち負けがあって、しかもそれがチーム戦としての勝敗だから戦力にならないと思うと申し訳なくて……」


「なるほどねー 小中の時とかそういうの指摘しちゃうやつもいるからなー」


「今回はクラスで走ることはないけど、部活対抗リレーがあるし、それで足が速いわけでもないのに注目されるのはあんまりいい気分じゃないよ」


 結局、僕の場合は体育祭全体が嫌なわけじゃなくて、それに参加する自分が不甲斐なかったり、どう思われるかだったりといったことを気にしているのだ。


 すると、今からテンションが下がっている僕に対して松永は意外なことを言う。


「でもさ、りょーちゃん。今回は運動会じゃなくて体育祭なんだし、そんな気にしなくてもいいんじゃない?」


「えっ? 体育祭と運動会って同じじゃないの?」


「まー、たぶん同じなんだろうけど、”祭り”って付いてるんだから楽しんだ者勝ちみたいなとこはあると思う。もちろん、競うからには勝ちたいっていうのはあるけど、それ以上に友達とかクラスのみんなとかで楽しむ方が大事だし」


「……それもそうか」


「そうそう。今思い出したけど、りょーちゃんもなんだかんだ運動会中は応援したり、終わった後に感想言ったりしてる時は楽しそうにしてたじゃん?」


 松永が言ったことは大倉くんと話している時にも思い出していたけど、松永から見れば楽しそうにしていると見られていたのか。いや、実際悪くなかったとは思っていたはずだけど、僕はどうしてマイナス方面から捉えてしまっている気がする。


「わかった。僕も楽しむつもりで本番に挑むよ」


「それでよし。ところでりょーちゃん、フォークダンスについてだけど――」


 その後の松永との会話では体育祭で面白そうなことを話し合った。僕とは逆の考え方だけど、否定せずにポジティブな方向へ持って行ってくれたのは長い付き合いの松永だからできたことなのもかもしれない。

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