6月15日(火)曇り時々雨 岸本路子との交流その9

「ウーブくん、お疲れー」


「お疲れ様です、森本先輩。今日は……」


「あー こっちはいいから早くあちらさんへ行ってあげなー」


 部活の日。いつも通り森本先輩へ挨拶ついでにちょっと話そうと思ったら、止められてしまった。森本先輩の指す方向にいるのだ岸本さんだ。いつもなら本人に呼ばれてから隣に座るなり何なりするけど、今日は森本先輩が気を遣うレベルで違う空気を出している。


 僕は岸本さんの隣まで行って「お疲れ様」と言いながら座ろうとすると、


「お疲れ様! 産賀くん、おすすめの本のリストアップをしてきたのだけれど、時間大丈夫?」


 着席し終わる前にそう言われた。今日はそれを聞くつもりで来ていたけど、そんな押しの強さで来られると思っていない。明らかに今日の岸本さんはテンションが違う。


「もちろん大丈夫」


「それじゃあ、おすすめを教える前に産賀くんは普段どういうジャンルの本を読むの? それに合わせておすすめできる本も変わってくると思うから」


 ガチガチのリストを組んできたのだろうか。普段は質問のメモに使っている手帳を持ちながら岸本さんは待ち構える。


「ジャンルはいろいろ読んでるつもりだけど、好きなのはミステリーやファンタジーかな」


「だとすると、推理小説やライトノベル系が多い?」


「うん。あとは、人気があったドラマや映画、アニメの原作小説も時々読んでるよ。一番流行ってた時期からちょっと過ぎた後だけど」


「それは話題になっていたから?」


「それもあるけど……ドラマ化とかされる作品ってたぶん原作が面白いからされると僕は思ってて、それなら面白い原作の方を読んでみたいなぁってなる感じ」


 どれだけ前文や煽りが面白そうな新作でも自分の感覚だけで行くのは失敗しそうで怖いと思ってしまう。それが何らかの一定の評価を受けている状態の作品なら自分で読んでも面白いと思うし、今までもそのやり方で外れたことはほとんどなかった。


「だから、わたしにもおすすめを教えて欲しいって言ったの?」


「今回のは単純に興味があったのもあるかな。他人の評価待ちだから美味しいところ取りな読み方ではあるけど……」


「ううん。それも素敵な読み方だと思うわ。そうだとすると……」


 聞き取りを終えた岸本さんは暫く考え始める。今の回答でどんな答えが返って来るかわからないけど、何か特徴を掴めたんだろうか。


 すると、岸本さんは手帳の1ページを千切って僕に渡した。


「読んでいる作品もあるかもしれないのだけれど、わたしのおすすめはこれ」


「へぇ、ありが……こんなに!?」


 てっきり2、3冊おすすめされるものだと思っていたら、本当にリストが作られていて、何十冊とあるタイトルにはいくつか斜線が引かれていた。恐らく何も書いてないタイトルが僕へのおすすめの本で、それでもかなり冊数がある。


「岸本さん、普段どれくらい本読んでるの……?」


「先月はテストがあったから3冊だったのだけれど、いつもならひと月に5冊以上は読んでるわ」


「す、すごい。僕はひと月に1、2冊くらいなのに……」


「そんなことないわ。全部新作なわけではなくてお気に入りの作品を読み返す時は早く読めるし……わたしは単に読める時間が多いだけだから」


「それでも1ヶ月でそれだけ読めるのは本当にすごいと思うよ。それにしても……なんでわざわざ候補を絞ってくれたの? せっかくたくさん書いてくれたのに」


 僕がそう聞くと、岸本さんは少し照れつつ言う。


「その……本当なら最初に好きなジャンルを聞き取っておけばよかったのだけれど、それを忘れてて、わたしが好きな本を挙げたリストだったから……ミステリーとファンタジーでメジャー過ぎない作品を選んだの」


「そうだったんだ。でも、それ以外も興味あるからそのままでも全然大丈夫だったよ?」


「い、いいえ……わたし、書いている段階で時間を忘れるほど浮き立ってる自覚はあったのだけれど、冷静にリストを見返すと明らかに書き過ぎてしまっていたから……」


 つまり、書いた時は楽しんでいたのだろう。正直、量が量だったから変に労力を使わせていたら悪いことをしたと思ったけど、岸本さんが楽しく作業してくれたなら余計な心配だった。


「ううん。僕も文芸部なのに本の話はあんまりしてこなかったから、岸本さんがこういう話がしたかったの気付いてなかった」


「それは……文芸部だからといって本が好きとは限らなかったし……」


「確かにそれはあるかも。僕は岸本さんほどじゃないけど、本は好きだと思ってるから他にも話してみたいな」


「そう……? それじゃあ、産賀くんのおすすめの本も教えて貰っても……大丈夫?」


 それから岸本さんと本に関するあれこれを話しながら、今までで一番文芸部らしい時間を過ごした。岸本さんと楽しく話せる話題が見つかったことは大きな収穫かもしれない。

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