4月14日(水)曇り 本格的なスタート
宿泊研修という大きな行事を終えて、いよいよ本格的に授業が始まっていく。そのことを嘆く生徒もいるけど、学生の本分は勉強というし、先週の一週間と宿泊研修は準備期間で、これからが本当の意味での高校生活のスタートなのかもしれない。
「う、産賀くん!」
そして、本格的にスタートするのは勉強だけじゃない。その日の昼休み、席の後ろから大倉くんが声をかけてきた。
「ぼ、ボクも産賀くんとお昼ご飯……一緒してもいいかな?」
そう言った大倉くんは、僕に初めて話しかけてくれた時よりは緊張していなかった。こうやって大倉くんが来てくれるのも宿泊研修で一緒だったからこそだろう。僕は頷いてから大倉くんを連れて松永の席に向かう。大倉くんはまた緊張していだけど、松永に関して言えばあまり心配していなかった。
「大倉くんかぁ……じゃあ、クラさんで!」
「く、クラさん……?」
「下の名前でトモさんもいいかと思ったけど、何となくクラさんがしっくりこない?」
どういう基準なんだと僕は思いながら本田くんの方を見ると、肩をすくめていた。でも、付けられた本人である大倉くんが案外嬉しそうにしていうるので、相変わらず松永の距離を縮める早さに感心する。それから松永と本田くんは同じ班だったので、僕たちはお互いの宿泊研修を振り返りながら昼食を取り始めた。
「ぽんちゃん、野外炊事の時に玉ねぎ切ったら号泣しててさ。写真撮りたかったな~」
「あれはそういうものだから仕方ない……仕方ない」
これからこんな風な毎日が続いていくと思うと、良い準備期間が過ごせたのだと思う。
ただ、もう一つの出来事については、全然予想していないものだった。それは5時間目の後の休み時間のことだ。
「ねぇ、ちょっといい?」
「えっ?」
席の右側から声をかけられた僕が振り向くと、そこには大山さんがいた。いや、入学してからずっと隣にはいたんだけど、しっかり認識したのは宿泊研修からだ。今日も髪を後ろでまとめているからそれが大山さんのデフォルトなのだろう。
そんな大山さんに話しかけられる理由はまるでわからなかったが、その疑問はすぐに解決する。
「お願い! さっきの現社のノート写させて!」
手を合わせて頼み込む大山さんに僕は少し驚いてしまう。でも、断る理由はないので僕はノートを差し出した。
「いいけど、あんまり板書することはなかったよ」
「それでも一応ね! それじゃ、借りまーす!」
大山さんはノートを受け取ると、今日のページを開いてスマホで数枚写真を撮った。
「ありがと! 助かった~」
「それは良かった」
「産賀くんはさ、さっきの授業眠くなかった?」
ノートが返却されたので大山さんの用事も終わったと思ったけど、そのまま会話が続くので僕は心の中でまた驚く。
「お昼の後だからちょっとは眠かったけど……」
「それもあるけどー、宇梶先生の声ってなんかめっちゃ眠くならない? 喋りがゆっくりっていうか、独特のテンポっていうか」
「あー……確かに独特な感じはわかるな」
「でしょ? だから……」
「寝てたんだ」
僕に指摘されて、照れながら「えへへ」と笑う大山さんはとても可愛く見えた……じゃない。授業が本格的に始まったのに初っ端から寝るなんてなかなかの胆力だ。
「……まぁ、そんなわけで、今後も現社は寝ると思うからノート見せてね☆」
「えっ? そこは寝ないように努力を……」
「お願いね、うぶクン☆」
「なっ!?」
それは小学校の時から稀に呼ばれるあだ名だった……主にからかわれる時だけど。それから大山さんは微笑みながら立ち上がって、別の人と話に行ってしまった。どうやら大山さんも距離を縮めるのが早いらしい。
こんな風に頼られるのも準備期間のおかげ……ということでいいのだろうか。
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