第1章 create(創造)
不思議な生命①
手術室のドアが開く。
スタッ、スタッ、スタッ、スタッ‥‥‥
こちらに向かってくる医師の静かな足音がやけに大きく感じる。史也は祈る気持ちだけでその姿を見つめている。
その足音が止まると、史也は大きくなる心臓の鼓動を必死に抑えるように唇を固く結び、その強い眼差しを医師の顔に向けた。
「ニ人の命は生きています。奥様は大丈夫です。赤ちゃんは男の子です。心音はあります。息もしていますが危険な状態である事は確かです。私共医療スタッフは全力を尽くします。一緒に頑張りましょう」
「ありがとうございます」
史也は絞り出すような声を出しながら深々と頭を下げていた。
生きている。ニ人共。
オレと凛の子供なら大丈夫だ。
頑張れ! ただ祈る事しか出来ない自分が虚しい。
でもオレは祈る事が出来るのだから全力で祈る。あの頃のように。
まだ出産予定日はニヶ月先だった。
史也がチームトレーニングを終えて自宅に戻ると部屋の中で凛が倒れていた。凛は呼吸も脈もあったが意識が無かった。史也はすぐに救急車を呼び、病院で緊急手術が行われた。
母体である凛は苦痛の声をあげる事なく、小さな魂は泣き声をあげる事もなく静かにこの世に生まれてきた。
翌日、凛の意識が回復し、史也とニ人でNICU(新生児集中治療室)にいる赤ちゃんと初対面する事になった。
看護師からは「どうか普通の赤ちゃんを想像しないで下さい。気をしっかりと持って」と言われていた。
その子は水滴でびしょびしょのガラスケースの中に入れられていた。
史也が凛の手を握り、その中を覗き込むと、サランラップのようなもので体を覆われた小さな
その塊に生命力は感じられず、死んだ子犬のような気配が漂っている。
顔は黒澄み、右の頬には獣の三本の爪跡のようなアザがくっきりと浮かびあがっている。
凛はその塊をしっかりと凝視しながら固まっていた。
「凛、大丈夫だ。よく頑張ったな。オレ達の子供だ。今はこんな状態だけど、強い生命力を持ってるに決まってる。大丈夫だ」
史也は温かな両手で凛の右手を優しく握った。
凛の目から一粒の涙が溢れ落ちた。
「そうだね。きっと大丈夫」
看護師さんが椅子をニつ持ってきた。
「少しの間、ここに座って赤ちゃんを見てあげていて下さい。生きている事自体が奇跡です。見た目には感じられませんが、この子の生命力は恐ろしく強いのかもしれません」
「ありがとうございます」
ニ人はそこに腰をかけた。
凛がゆっくりと話始めた。
「ねえ、史也。この子の顔を見てたら、昔読んだ物語が頭に浮かんできたの。
その物語の主人公はね。生まれた時、右の頬に獣の三本の爪跡のようなアザがあったの。村人達は数百年以来の神のお使いだって喜んだ。数百年前までは顔に野生に生きるもの達の痕跡がある人々が沢山いて、その生きものの能力がその人に宿っていたっていう言い伝えがあったの。
その言い伝え通り、村が大きな力に侵略されそうだった時にその子が村を守ったって話。
でもこの子はそんな力なんて無くていいから、何の才能も無くていいから、どんなに醜い顔であってもいいから、ただただ生きてほしい。元気に育ってほしい」
それが切なる願いだった。史也は赤ん坊に顔を向けた。
「そうだな。お前、元気に育てよ。頑張れよ。すぐに名前付けてやるからな」
その夜、この連絡は
史也は電話で、前日に凛が倒れて緊急手術が行われた事、今の凛と赤ん坊の様子など細かく話した。
唯は血の気が引く思いだったが、凛が無事な事と赤ちゃんの命がある事に胸を撫でおろした。
すぐにでも凛と赤ちゃんに会いにいきたい気持ちで一杯だったが、面会の許可がおりるまで我慢するしかなかった。
一日一日、何とか生命を繋ぎ続けているその子は『
史也はかねてから自分が一番好きな『風』という字を入れたいと思っていた。そこに凛が好きな星のイメージ、北斗七星の『斗』を重ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます