第一章 【芳醇な滝壺】 舞台:自宅
インターホンが鳴る。着物姿の来客に、誠二郎がドアホン越しにしゃべりかける。
誠二郎「はい」
ハツ「誠二郎君かしら?」
誠二郎「……いえ、違いますよ」
ハツ「あら、隣の部屋かしら?」
誠二郎「……ええ。たぶんそうだと思います」
ドアホンのカメラの前からハツが去る。しばらくして、アパートの隣部屋から開錠の音がした。壁越しから声が漏れ聞こえる。
隣人「あっ……あっ……待って、イ、イ、イク。イク……」
ハツ「――ジュポッ」
隣人「ァァアーーーー!!!」
喘ぎ声が峠を越えた時、途端に声が止んだ。暫時経ってからドアホンのカメラの前にハツが帰ってくる。
ハツ「やっぱりあなたが誠二郎君だって、お隣の人が白状したわ。さあ、開けなさい」
誠二郎がしぶしぶ玄関の扉を開く。ハツがぶしつけにワンルームの部屋に上がり込む。
ハツ「汚い部屋ね。どことなく臭いし。人を招く環境じゃないわ」
誠二郎「招かれざる客だからな」
ハツ「随分と偉そうな態度じゃない? 私の老練なテクニックの前で同じ戯れ言を吐けるかしら?」
誠二郎「老練の老が強すぎるんだよ」
ハツ「流石に童貞の名をほしいままにしてるだけあるわ。ただ者じゃない頑迷さね」
誠二郎「傾城の佳人だか何だか知らないけど、過去の話だろ。確かに、アンタには美人の面影がある。ただ、流石に三倍以上の年の差のアンタで欲情はできない」
ハツ「傾城の佳人……ふん、随分古いあだ名で呼んでくれるじゃない。今の私には、もっとおあつらえ向きの名前があるのよ」
誠二郎「……」
ハツ「ついてきなさい」
誠二郎「どこに?」
ハツ「欲情の浴場。【芳醇な滝壺】の真骨頂を見せてあげるわ」
誠二郎は従うままに風呂へと連れられ、床に正座をさせられる。ハツは数センチメートル先で向かい合って、がに股の中腰になる。
誠二郎「芳醇な滝壺って、なんですか?」
ハツ「今に分かる。逆さにした甕の口から、たっぷりと聖水を飲みなさい」
ハツはすかさず着物の前掛けを外す。そして、柑橘のヘタのような熟れた女性器が露わになった。
躍動している。黒ずんだ無数の皺が折り重なったそれが、内からの生理現象の発露に震えている。熟れた柿の断面図を見ているかのような錯覚に陥る。
誠二郎の海綿体に僅かな血流が漲った直後、彼の頬に一滴の水がかかった。
連なるレモン色の濁流。堰を切ってあふれ出した洪水が、飛沫となって誠二郎の顔を急襲する。
双眸の奥に染みるアンモニアの刺激に、誠二郎は思わず顔をしかめた。舌に塩気を感じたまさにその瞬間、アンテナが立つように海綿体が誠二郎の陰茎をひょいと持ち上げたのだ。
もはや凝視するしかない。食べごろの二枚貝の肉感を。
茫然自失とした誠二郎を置いて、ハツは部屋に戻っていく。しばし経って我に返った誠二郎がハツを追おうとした時、彼女が再び浴場に戻ってきた。
そして、件の要領で前掛けを外し、再び彼に聖水を振りまいた。今度は川のせせらぎ程度の量だった。
誠二郎「これは?」
ハツ「残尿よ。サービスと思いなさい」
こうして、誠二郎の初夜は始まった。
空には満月。レモン色の満月。
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