獅子、身中に虫を飼う 2
解放された喫煙所の窓から大きな声がしたかと思うと、ネットカフェ目掛け、魔法少女が突っ込んできた。
見たことのない魔法少女だ。先に灰色の泡のようなものがついた長い棒を持っていて、コスチュームも丸みの目立つ衣装だった。
ラブラドライトのところの魔法少女だ。知らない魔法少女はだいたいそうだとオブシディアンは思っていた。ラブラドライトの区域は、人数が十二人であるということを除けば、その構成は流動的なのだ。ラブラドライトのところで経験を積んで、他のところに行く。常時メンバーでいる魔法少女は、五人か六人ぐらいだったはずで、そのなかにこの魔法少女はいなかった。
オブシディアンは出来れば変身した状態で近づきたかったが、周りに人が集まってきていたおかげで、そうするわけにもいかない。素の真壁純のまま、その魔法少女を助け起こす。
「すいませ~ん。ありがとうございます~」
その魔法少女が情けない声をあげながら純の手をとり、立ち上がった。
「あーもう、失敗しちゃった。ごめんなさい、店主さん。ちゃんと弁償しますから~」
壁に出来たどでかい穴を渋い顔で見ていたネットカフェの店長が自分の頭を掻き、いえいえ、と返す。
「あなた、名前は?」
真壁純が問う。
「わたしですか? わたしは……キュア・パーライトです」
「パーライト? パーライトは宝石じゃないんじゃ?」
「えーっ、やっぱり、そうですか……? でもコア・ストーンがそれで同調しちゃったので仕方ないんですよ……。でもやっぱり変ですよね……あっ! こんなことしてる場合じゃないんだった! すいません、急ぎますので!」
パーライトは自分の開けた穴からネットカフェの外に出、器用に壁を登っていった。その姿が消える直前、ネットカフェの中へ向けて、「アラートが遅れてすいません! 外は今“魔法使い”が出ています! もうここを通りすぎはしましたが、念のため、外には出ないようにしてください!」と言い残す。
純は思った。
ラブラドライトのところの魔法少女が偶然突っ込んでくるなんて、かなり都合がいいけど、これを逃す手はない。最低でも昨日のことを聞きださなきゃいけない。
純はざわついているネットカフェで目立たないよう女子トイレに入り、キュア・オブシディアンに変身する。髪型が変化し、服装がゴシック・ロリータからフリルのついたシャツに変化し、膝丈のスカート、白のソックス、最後に頭、胸、手首、足首に装身具がセットされれば、変身は完了する。
女子トイレからでて、パーライト同様、ネットカフェに空いた穴から、出、彼女を追う。ネットカフェに残された客たちが会話している。
「今のオブシディアンか?」
「ほんとに? 滅多に見られないんだぜ?」
「うわー写真撮ればよかった! さっきの魔法少女も一緒にさ」
オブシディアンは舌打ちした。目立つのは好きじゃないのだ。だが今はそんなことにかまっている場合でもない。
遅れて屋上にのぼると、パーライトは縁に立ち、辺りを見渡して魔法使いを探している。小動物めいたファニーフェイスの目を細めている。オブシディアンが背中から声をかけた。
「どこにいるの?」
「うわっ、て、え? キュア・オブシディアン!? どうしてここに……」
「どうでもいいから」
早く、とオブシディアンがパーライトを急かす。パーライトは目を白黒させながらも、自分が来たところとは反対方向に指を差す。
「あっち! ……のほうに行ったと思うんですけど……」
最後の方にかけて、パーライトは自信なさげに言葉を消沈させた。ネットカフェに墜落したせいで敵を見失った上に、それを他区域の魔法少女に見られたので、気まずいのだろう。オブシディアンはこれがそこそこ経験のあるような魔法少女でなくてよかった、と思った。経験があるなら、縄張り意識も強くなりやすいのだ。下手すると“魔法使い”よりも先にこちらを攻撃しかねない。
パーライトにはそのような兆候は見られなかった。なのでオブシディアンも安心……はしないものの、警戒は最低限にして、今は“魔法使い”に集中することにする。
「悲鳴がどこからも聞こえない。ほんとにこっち?」
「あっ、透明になる魔法が使えるみたいです。だからここまでも何回か見失っちゃって」
「透明になれる。加えて人も襲わない……悲鳴がないってことは、そういうことだもんね」
人をむやみに襲わないのはいいが、仕留めなければいけない相手と考えると、見つけるのはかなり難しいかもしれない。また、町には人込みもある。それでもなにも起きていないということは、屋根を走っているのかもしれない。
「…………いた、かも」
オブシディアンは北の方角、600mほど向こうの地点の瓦が落ちるのを見つけた。風は大して吹いていないし、地震があったわけでもない。しかし、落ちた。そこを起点として、近くを見ていくと、雨樋や木々の揺れにも気が付く。
オブシディアンはまだ“魔法使い”を見つけられず、え、え、どこですかと慌てるパーライトの腕を掴み、ネットカフェの屋上から飛び降りた――いや、そうではない。黒曜石を出現させ、前日ウルツァイトから逃げたのと同じ要領で飛んでいる。
「ラブラドライトはなんであなた一人に追わせているの」
飛びながらオブシディアンが問う。オブシディアンに腕を掴まれたまま、パニックになりかかっているパーライトは、え? と訊き返す。「なんですか?」
「なぜ、ひとりで、おってる」
「ああ……ええと、もうお気づきだと思うんですけど、私新人で。まだこの区域のことよくわかってないんです。それで、今日、“魔法使い”がどこに出るって、予知のできる人が言ったんですけど、他の人はみんな忙しいらしくて。それで私一人で行かされたんです。経験のためだって。それで本当に予知されたところにいて、不意打ちしようとしたんですけど失敗して、逃げたのを追って……」パーライトがネットカフェのほうに首を傾げる。「あのザマです。キュア・オブシディアンさんにはお見苦しいところを見せてしまいました……」
予知のできる魔法少女、そんなものがいるのか。そこも気になったが、オブシディアンはそれよりも、みんな忙しいと言うのが気になった。全員に現実の人生があるとはいえ、新人一人に任せて自分たちはなにもしないということがありえるだろうか。まずラブラドライトがそれを許さないのではないか。
「まあよくわからないけど、他には誰も来ないってことだ」
オブシディアンが独り言ちる。このあと尋問まがいの質問をするつもりである身としては、そのほうが都合はいい。
“魔法使い”の痕跡を見失わないように気を付ける。パーライトにも声をかけているが、ちゃんときけてはいないだろう。それならそれでいい。オブシディアンは屋根の上に着地し(パーライトは落下)、透明になっているという“魔法使い”の痕跡から方向の見当をつけ、走り出した。
「あっ、待ってくださいよ!」
追い縋るパーライトを無視して、オブシディアンは自分の直線上に、“心象世界”から出した黒曜石を並べ、左右に動かしていく。黒曜石を動かすことだけに集中するわけにもいかないから、動きは最低限、シンプルな直線の動きだ。
飛んだ時もそうだが、オブシディアンは決して精密な動作をしようとはしていなかった。ウルツァイトのときは、そうしなければ逃げ切れないと考えたため、あのように気力を消耗する羽目になったが、今回は違う。もろもろ余裕を残しておかなければ、あとに響く。
着地した地点はかなり正確だったのか、黒曜石の一つがこつん、となにかに当たった。オブシディアンは自分の固有武器であるオブシディアン・スライサーを出そうとしたが、それがもうないことを思いだした。“魔法使い”はいくつかむこうにある、商店街の大きなひさしの上を走っていた。オブシディアンは“魔法使い”のいるひさしの直前まで全力で走り、丁度15mのところで飛び跳ねた。勢いを殺さないよう、しなやかに体をまげ、空中で遊ばせていた左手に、黒曜石でできた爪をつくった。といっても、普通の黒曜石とは違う。オブシディアンの魔力を流し込み、硬度はあがっている。それでも、たかがしれているが。
オブシディアンの爪は、ひさしのうえにいた“魔法使い”の体に命中し、間もなく無惨にも砕け散った。インパクトされた“魔法使い”はひさしのうえを転がり、清掃員が通るための手すりのついた足場に叩きつけられた。
“魔法使い”の体はまだ透けているため、空中に黒曜石の破片が刺さっている状態になっていた。それが、徐々にだが黒曜石のまわりを緑色の液体がながれ、ぬめぬめとした表皮が姿を表した。
「早いですよ~、オブシディアンさん。でも“魔法使い”追いついたんですね~」
オブシディアンは不快そうに顔を歪めた。パーライトの能天気な態度に、ではない。醜悪な“魔法使い”の見た目にだった。
“魔法使い”は、細い人型で、背は2mを越えていた。表皮はなにか粘液のようなものに包まれているが、短い毛が生えており、股の間には人間のそれににたものがぶらさがっていた。首の周りに一層濃い毛が生えており、頭から上は、頭から上は、ラフレシアのように横に大きく平べったく、中心に空いた穴からは、夥しい量の歯が生えていた。
黒曜石の爪は、“魔法使い”の肩から胸にかけてを貫いていた。破片が顔を覗かせ、痛みからか、威嚇のためか、“魔法使い”は唸り声をあげていた。
「なんなんだこいつは……」
オブシディアンが呟いた。
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