ウィスパー・イン・ザ・ライオン 3
そして、「そうだろうね」と返した。
ラブラドライトは、銀色の、表面のざらざらとしたドレスに、複雑な形の金属の装身具を、頭につけていた、美しい魔法少女だった。眼は深い青色で、憂いを帯びていた。睫毛が金色で、目を閉じると、花弁が閉じたような消沈を感じさせた。
「それで、K市のマスコットがこんなところまでなんの用かな」
ホワイトリリーはオブシディアンの失踪から、ダイヤモンドの負傷までをかいつまんで話した。ラブラドライトは時折頷きながら、真面目に耳を傾けてきいていたが、ホワイトリリーが「これで、終わりです」と話を締めると、おもむろに頭を下げ、こう言った。
「すまなかった。こちらの落ち度だ」
「そんな! ダイヤモンドだって危険なのはわかっていたんだから。あなたが謝る必要はないよ」
「いや、元はと言えばこちらの区域から逃げ出した“魔法使い”だ。ダイヤモンドは本来そんなリスクを負う理由はなかった。それは私のリスクだ」
「それじゃあ……」
ラブラドライトが言う。
「ああ、もちろん呪いを解くことができるだろう魔法少女を紹介する。というより、魔法を、だな。彼女はあまり外には出ないから。安心してくれ。こと解呪にかけて、その上はいないと言える人材だ」
ホワイトリリーが安堵の声を漏らした。以前来た時オブシディアンはラブラドライトのことを散々こき下ろしていたので、どんな人物かと戦々恐々していたのだ。それがこんなに親切な人物だったとは。
「オブシディアンの捜索についても、問題はない。そちらも居場所が分かり次第、そちらに連絡をする。連絡先は? ハーシュメル!」
ラブラドライトが呼ぶと、どこからか黒い立方体でできた小さな天馬が現れた。ラブラドライトのマスコットらしい。それに口を寄せ、なにかを囁く。
「ああ、大丈夫そうだ。前にオブシディアンと会ったときにリンクされているらしい。居場所がわかったら連絡をする」
「ありがとう! なんて言ったらわからないよ!」
ホワイトリリーが飛び上がって喜ぶ。
ラブラドライトは微笑んで彼女の様子を見ていたが、ふと顔を引き締めた。
「君に言っておこうと思う」
「え?」
「重要なことだ」
ラブラドライトは話をしだした。
「ちょうど一年前のことだ。我々の区域に強大な敵が現れた。名前はストライサンド。女の人型魔法使いで、高い知性を持っていた。これは知っているだろうな。区域内の一般人が多く殺され、我々十二人の魔法少女のなかからも犠牲者が出た」「知ってるよ。確か、あなたを含めた数人で倒したはず」ラブラドライトが頷く。「そうだ。我々はあれを複合技でどうにか倒した。それは素晴らしいことだ。だが、だが、被害は甚大だった。我々とて無敵ではない。それが痛いほどわかった。そこで私は考えたのだ。“魔法使い”の侵攻を予知とまではいかないまでも、どうにか予測する手段はないかと」はじめラブラドライトは、窓口の下へ行って相談した。しかし、会ってもくれなかった。魔法少女は窓口には会えない。後日ハーシュメルを代わりに行かせたが、魔法の国の窓口はこの手の話をほとんどしてはくれない。その名の通り、事務窓口以上のことはしてくれないのだ。「そうだ。そこで私たちは、“魔法使い”の出現ポイントや間隔を記録し、そこになにか規則性がないかを調べた。結果は惨敗。まあ、規則らしきものは発見できたが、それを実証するにはデータがあまりにも足りない。その間にもいろんな地域で強力な敵が現れだした。君たちのところにはアンホーリー・トライフェルトが出て来たしな。それで、諦めかけたとき、私たちのまえにある魔法少女が現れた。誰にも言っていない。予知の魔法が使える魔法少女だ」
「予知! 本当に?」
ホワイトリリーが驚く。それも無理はない。魔法使いの固有の魔法は、コア・ストーンに関係のある魔法であると決まっている。しかし、関係があるからといってなんでも発現するわけでもない。これまで現れた千近くの魔法少女の魔法を調べていった結果、“時間”を超越する魔法はないとされてきたのだ。
「完全じゃない。外れることもある。 だがそれで、我々の研究は進んだ。その結果、わかったことだ。近々、“魔法使い”の大きな侵攻がある。これまでのものとは比べ物にならないものだ。まだわからないことも多いから、他には伝えていないが。だが本当なら間違いなく多くの魔法少女が命を落とすことになるだろう。準備はするが、我々も無事では済まないかもしれない」
ホワイトリリーは思う。
ラブラドライトは本当のことを言っている。本当に侵攻はある。
「オブシディアンも、ダイヤモンドも、早くどうにかしないと……」
大規模な侵攻。これまでにないほどの。それはつまり、トライフェルトよりも強大な敵戦力と交戦するということだ。三人でも簡単にはいかなかった。ルビー一人ではムリだ。
「わかっている。そのために、早く君のもとへ薬と、オブシディアンの情報を届けるつもりだ。今は少しばかり、待っていて欲しい。わかってくれないだろうか」
「もちろんだよ!」
ホワイトリリーが叫ぶ。
「こうしちゃいられない! ルビーに伝えないと! その情報は、いつ解禁するの!?」
「ん? そうだな。すぐ、だろうな」
ホワイトリリーはラブラドライトに散々頭を下げ、すごい勢いで共有スペースを出、そのままの勢いで帰っていった。残されたラブラドライトは、ホワイトリリーに見せていた真面目な顔のまま、バーに近づくと、カウンターからウォッカボトルを出し、ショットで一杯飲んだ。
「あなたって、わたくしより邪悪ですわね」
一部始終を扉の向こうで窺っていたホーリー・スピネルが、共有スペースに現れる。
「あなたの言っていた解呪のスペシャリストって、アンバーのことでしょう。そりゃなおせるでしょうね。呪いをつくった張本人だもの。それに、なんです? あの白々しい演説は」
「ふふん、我ながらうまかったと思うがな。絶望させたって仕方ないだろう」
キュア・ラブラドライトはそう返した。スピネルが不快そうに顔を歪める。偽善的なことを自覚して、あまつさえ面白がって吐くこの女がスピネルは嫌いだった。
彼女の後ろには眠そうな顔のウルツァイトと、青いカイコガのようなマスコットがついて来ていた。
スピネルはウルツァイトを自分の後ろのソファに座らせ、自分はカウンター側に回ってグラスを取り出し、ラブラドライトのウォッカを断って冷蔵庫から水をだして、グラスにいれた。
「絶望してもらって、結構なんですよ。こっちはね。どういうことです? あの地はわたくしたちのもの。そう決まっているのでは?」
スピネルがラブラドライトが伸ばした手を払う。
ラブラドライトは手を振って痛みを逃がし、優雅に微笑む。
「怒るなよ。もとはと言えば君たちが悪いんだ。オブシディアンを逃がしたりするから。なにを考えていたんだ? ウルツァイト一人に追わせるなんて。その子の知能じゃ、あれを倒すのが難しいのはわかっていただろうに」
ラブラドライトはウォッカを注ぎ、魔法で火を灯した。緑色の火だ。テーブルに顔を近づけ、その炎を覗く。
「ダイヤモンドを治すのは、誠実さのためだよ。スピネル」
「人間のときに襲ってしまえば殺すのだって難しくはないんです。ですがあなたが許さないと言ったから!」
「だから君たちには誠実さが足りないと言うんだ」
ラブラドライトが言う。
「君たちはこれから、彼らの地を奪い取るんだろう? 私はそれは構わないと言っている。しかしあの地を任せられたいのなら、キミは彼らより魔法少女として優秀だということを見せなければ。それには、暗殺などに頼ってはいけない」
『あなたの言っていることはわかるよ。ラブラドライト』
唐突にカイコガが口を挟んだ。しかし、どうやらカイコガ本人が喋っているわけではないようだ。スピネルも、ラブラドライトもカイコガを見るが、実際にはその向こう側にいる人物を意識している。
「アンバー……」
『でも、それなら呪いを解けというのはどういうことなんだい。あれは明確にぼくの力だ』
「アンバーくんの場合は、ただ巻き込まれただけとも言えるだろうね。言った通りこれは、誠実さの為さ。オブシディアンを先に倒しておかなければいけないのはわかる。彼女は危険だからね。でもそれなら、ダイヤモンドとルビーは全快の状態で相手をしなければね」
「こいつ本当に……」
スピネルが水を飲みながらそう零す。
「そうそう。君に作ってもらったもう一匹だが、あちらも今しがた倒されたらしい。倒したのは、オブシディアンだそうだ。これはK市ではないな……。私の区域だ。アンバーくん、そのマスコットに頼んで、ホワイトリリーに伝えさせておいてくれ」
『わかった。承ろう』カイコガが言う。『しかし、こちらはあなたの部下じゃないんだ。それを忘れるなよ。ラブラドライト』
カイコガがタワーの外へ消える。
「行きますわよ。ウルツァイト」
スピネルは今度はウルツァイトに肩を貸し、彼女を抱き起した。ラブラドライトに見られていることに気づくと、口汚く罵り、自室へと去っていった。
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