魔法少女をやめるには

 数日後、ホワイトリリーはとあるビルの受付にいた。


 歓楽街に建つ新築のビル――学生なんかには絶対に関わりのないような、レンタルオフィスだけのビル――何一つ面白みのないこの白いビルこそが、ホワイトリリーと魔法少女たちの生みの親たちを繋げる”窓口”なのである。


 受付にある、古い黒電話。これにアクセスすれば、窓口と話をすることができる。ホワイトリリーは窓口のダイヤルを回す。


 つーっ、つーっ、とはじめの待機音声が鳴り、続けてとぅるるるるるる、という聞きなれた待機音声に変わる。


 ホワイトリリーは”魔法の国”の窓口が、オブシディアンを辞めさせるわけにはいかないと言ってくれるのではと期待していた。


 だって、オブシディアンはベテランの魔法少女であるし、高い技能も持っている。手放したくない要素は揃っているのだ。


 だが”魔法の国”からの返答は違った。


『条件さえそろえれば、やめても構わない』というのだ。

 今のホワイトリリーの区域は、トライフェルトを撃破したことである程度、平和になっているし、オブシディアンがいなくなってもダイヤモンドとルビーもいる。彼女たちも十分すぎるぐらいの戦力だと。


 ホワイトリリーは失望した。そう言われてしまえば、ホワイトリリーに出来る行動はほとんどない。ホワイトリリーはあくまでサポートマスコットであり、大きな裁量権があるわけではないのだ。


 ホワイトリリーは納得いかないまま、わかりました、と返す。

 窓口は『君の区域は可及的速やかにオブシディアンの戦力が必要というわけではない』と言った。

 

 ”魔法の国”だって、オブシディアンの戦力が惜しいのは間違いない。


 ”魔法の国”の窓口は、ホワイトリリーの言った内容に、少しばかり焦りを覚えていた。まるでオブシディアンを辞めさせなければ、重大な問題が起こるのではと怖がっているかのようだった。


 その重大な問題、をホワイトリリーは知っていた。


 ”魔法の国”が恐れているのは、十中八九、”悪堕ち”だろう。


 数年前のことだ。S県の区域担当だった魔法少女二人が敵の甘言に載せられ、魔法少女たちを裏切った起こしたという事件があった。彼女たちは自分たちの区域の外に出て“魔法少女狩り”をはじめ、全部で20名近い魔法少女たちが死亡した。


 これに対し、魔法の国は全国各地から魔法少女を招集し、二人を討伐。しかしこのあいだに敵の活動を許してしまい、全国で被害が出る。

 このとき魔法少女たちは惨劇を防げなかったとして、ずいぶんなバッシングを受けたのだ。事件は忘れ去られないために”血の水曜日事件”という茨の冠をつけられ、魔法少女や、社会全体の大きな傷跡となり今も痛みを与え続けている。


 ”魔法の国”にもなんらかのトラウマを植え付けたのか、事件のあとほとんど力を入れていなかった魔法少女のケアに、重点を置くようになった。


 その時まで、ホワイトリリーの仕事に魔法少女のケアはなかった。勧誘と武器や資材などの確保、敵の探知など、簡単なサポート。それだけ。


 だから”悪堕ち”は困る。戦力を失うより、敵が増える――それも、オブシディアンのようなベテランの敵が。そちらのほうがより害があると判断するのは、ホワイトリリーにも理解できる。


 ホワイトリリー個人としては、複雑な気分だった。

 オブシディアンとは一緒に戦ってきた仲だ。これまでいろんな困難を共にしてきた。

 そんな彼女が、自分たちを裏切るなんてこと、考えたくもない。


 一方で、でも自分は、オブシディアンがやめると言うなんて思っていなかった、と考える。それは既に、自分にとって裏切りではないのかと。

 ホワイトリリーは辛かった。裏切りだと自分が考えそうになっていることが。

 話さなければよかったと彼女は思った。話さないで、ただやめてほしくないと懇願すればよかった。このままではオブシディアンはホワイトリリーの前から去ってしまう。恐らく、永久に。


 ホワイトリリーは自然とこぼしている。


「わたし、わからないんです。あの子にとってこの五年はどんな気持ちでいたんだろう。軽い気持ちで魔法少女になる子はいますけど、訓練を積んで人を助けているうちに使命感を帯びていくものです。一緒に戦っていれば、連帯感だって生まれる。彼女はなにも惜しくなかったんでしょうか。なにか零すこともしてくれなかった」


『納得いかないと。人間的ですね』


『魔法少女をやめさせたとしても、しばらくは見逃さないようにしろ。彼女には魔法少女の素質があるし、もしものときにはまた魔法少女をやるよう説得しなければならない――――』


 ホワイトリリーは一人で勝手に絶望しかけていて、窓口の言っていることを半分も理解していなかった。


 なので最後に窓口が確認のためもう一度繰り返したときに、ホワイトリリーは大いに驚き、この状況を喜んでいいのかどうか、心の中で迷いを見せた。


『やめるのであれば一度コア・ストーンを返却してもらう必要がある。それから“専用武器”も』

 

 専用武器。


 魔法少女全員が持っている、固有の兵器。

 オブシディアンの場合は、オブシディアン・スライサーと言う特殊な槌のようなものがそれにあたる。


 ホワイトリリーは、悩む。


 オブシディアン・スライサーはもうないのである。

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