第198話佐々木美冬という女の子

「京子、後で私の書斎へ来なさい」


夕食後、そう私は言われた。何事だろうか、しばらくして私は父の書斎へ向かった。父はパイプを吸っている。お父さん、煙草控えないと体に毒だよ。


たのしみの無いお父さんの唯一のものだよ」


コン、コンとパイプの灰を灰皿に落とした。


「ところで昨日、電車で痴漢を捕らえたと言うのを聞いたのだが本当かね」


うん、女の子を助けたよ。それがどうしたの?


「それがな、その女の子は佐々木ホールディングスの会長のお孫さんでな。大層その事を喜ばれて、綾小路家の名前を聞いた途端、会長直々に私に電話が掛かって来たんだ。佐々木ホールディングスは私の会社の大株主であると同時に融資の大口取引先でもあるんだ」


なるほど、佐々木ホールディングス、大きな会社だね。


「そしてな、以前から進んでいた私の会社の投資に乗る気になってくれたんだよ。この投資は私の会社経営にとって大きな後押しになる」


良かったねぇ、お父さん。会社大きく出来るじゃん。


「それでな、佐々木さんから直々に食事のお誘いがあってな、私と共に行ってくれないか」


まあ、食事くらいなら良いけど。


「よし、早速連絡を取ろう」


とんとん拍子に食事会が決定した。佐々木ホールディングス会長と社長、美冬さんだそうだ。料亭が会席の場になった。


「いやいや綾小路さん、ありがとうございました」


佐々木ホールディングスの会長、佐々木敏夫さんが私をねぎらってくれた。社長も同じく。美冬さんも頭を下げる。


部屋を案内され、料理が運ばれる。


「いや、綾小路さん、孫がお世話になり、改めて礼を言いますぞ」


なんでも孫には世間の大変さを感じさせるために電車登校をさせているという。父が言った。


「少々危険ではありませんか?」


「何、その時はその時だ。むしろ周囲の目があり、安全だと言うものです」


私は美冬さんを見た。相変わらず可愛い。学校でもモテるだろうな。


「綾小路さんに対する投資の件にはご安心ください。進めさせていただきます」


美冬さんの父、佐々木次郎さんもそう言ってくれた。この二人は新聞やテレビなどで見た記憶がある。


「さあ、料理を楽しみましょうぞ」


大人たちは酒を飲み始め、私と美冬さんは静かに話をした。学校は女子高だそうだ。


「あの、綾小路さんを調べさせてもらいました。昨年、インターハイで前代未聞の3冠を達成されたとか。凄いですね」


いや、頭があまり良くないので体を動かすのが取り柄です、と答えた。


「私、強くなりたいんです。綾小路さんのように」


空手などしたらどうかな、と勧めてみた。私の父は静かに話をしている。父はどんな時でも態度を変えない。食事が終わり、別れる事になった。美冬さんは私の手を取り、ありがとうございました、と礼を言った。それを大人たちは見守っている。五十嵐の車に父と乗り込み、帰途きとについた。これからも彼女とはお付き合いが有りそうだ。


「よくやってくれた、京子」


父は上機嫌である。

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