第42話 デールの罠
「あの魔王クラス担任か!」
ブラッドリーがそう叫んで駆け出そうとすると、
「待ちなさい! どこ行く気かね?」
トバイアス学園長はブラッドリーを引き留めた。
「ああ? 決まってんだろ! 魔王クラスの担任のとこだよ!!」
「落ち着きなさい。まだデール先生がやったと決まったわけではないでしょう!」
「ふざけんな、あいつに決まってんじゃねえか!」
俺もブラッドリーと同意見だ。
状況的にも魔王クラス担任のデールしかいないだろうし、勇者クラスへの彼の態度を思い出すと、ありえなくも無い。
「学園長。今の話を聞くかぎり、やはり魔王クラスの担任しか考えられません。止めても我々は行きます」
アレックスがトバイアス学園長に反論した。
「いいから待ちなさい。君たち生徒だけで行ってどうなるというんです?! 私も一緒に行きますので、ブラッドリー君も落ち着きなさい」
「が、学園長も来るってのか?」
「はい。私が話を聞きますので、君たちはくれぐれも早まらないようにお願いします。ブラッドリー君、いいですね?」
「あ、ああ……」
ブラッドリーはトバイアス学園長の勢いに飲まれ、不服そうに大人しくなった。
「では皆さん、参りましょう。それは預けてもらえませんか?」
トバイアス学園長は召喚石の欠片をブラッドリーから受け取ると、小屋を出た。
ここは彼に任せるしかなさそうだ。
俺たちはトバイアス学園長に続いた。
「デール先生、ちょっといいでしょうか?」
小屋から少し離れた場所でデールを見つけると、トバイアス学園長が声を掛けた。
「これは学園長。どうなさいました?」
「デール先生は、彼らが誰か知っていますか?」
トバイアス学園長は俺たちに手を向けた。
「はい? 勇者クラスのクズ共が何か?」
「そうですか……ご存知のようですね。彼らがこんなものを見つけたと言うのですが、なにか分かりますか?」
ブラッドリーから受け取った召喚石の欠片を、トバイアス学園長がデールに見せた。
「それは!? どうやら、また上手く生き延びたようですね」
「どういう意味でしょうか? 彼らは学園内のダンジョンでホブゴブリンに襲われたり、有料ダンジョンで転移の罠に掛けられたとも言っています」
「運の良い奴らですね。ホブゴブリンならまぐれで逃げられても、ミノタウロスは不可能なはずなんですが。転移が起動しなかったんでしょうか」
「デール先生、何を言っているんです? その言い方、まさかあなたがやったのですか!?」
悪びれもしないデールに、トバイアス学園長は少し戸惑いを見せた。
「はい、この私がやったことです」
「な、なんてことを! あなたは教師なんですよ!?」
「学園長、さっきからどうなさったのですか? それのいったい何が悪いのでしょうか? 勇者クラスのクズ共には、何をしようと構わないのでは?」
非難されている側のデールが、まるで非難する側のようにトバイアス学園長へ言い返している。
「そんなわけがないでしょう!! 彼らだって生徒の一人ですよ! 本当にデール先生がやったというのでしたら、ここは彼らに謝罪をしてください。さすがに許される行為ではありません!」
「謝罪? この私がクズ共に? ヒッヒッヒッ。学園長こそ何言ってるんですか! 教師であり貴族でもある私が、こんなクズ共に謝罪の必要があるわけがないでしょう!!」
開き直っているというより、自分が正しいと強く思い込んでいる様子だ。
いくらなんでも差別が過ぎる発言だと思うが、この世界ではよくある考えなのだろうか。
元の世界でも人種差別は問題になっていたが、俺には関係ないと思い、気にもしたことがないので、この手の話題はしっくり来ていなかった。
「立場は関係ありません! 彼らは危険な目に合ったのですよ! 取り返しのつかないことになってたらどうするのです!!」
「危険な目? こんなクズ共が危険な目に合ったから何だと言うんです? だいたい、殺す気でしたから危険なのは当然でしょう」
「てめえぇ!!」
デールが軽蔑するような目でこちらを一瞥した瞬間、ブラッドリーは短剣を抜き飛び出していた。
「クズが!」
デールはブラッドリーを魔法で吹き飛ばした。
「ブラッドリー!」
俺たちは慌ててブラッドリーに駆け寄った。
レベル差が10程度あり、戦って勝てるような相手ではなさそうだ。
「まったく、誰に向かって剣を向けてるんだ? やはりお前らクズ共は掃除する必要がありそうだな」
デールは俺たち目掛けて魔法を使おうとする。
「デール先生!!」
トバイアス学園長が魔法でデールの動きを止めた。
「……学園長、何のマネですか?」
身動きが取れないままデールが言う。
「デール先生こそ、いま何をしようとしました? いま唱えようとしたのは、冗談では済まされない魔法でしたね? 今のは見逃すことはできません、拘束させてもらいます!」
「学園長……しょせんあなたも平民出身ということですか……」
デールは、笑っているのか怒っているのか分からない薄気味悪い表情を浮かべると、大声を上げた。
「貴様らは、偉大な貴族とクズの違いをまっっっったく理解していない!! いいですか、この王国は貴族によって成り立っているのですよ! 貴族こそ正義! 貴族こそ支配者! 我々貴族がいるからこそ、貴様ら平民のクズが暮らしていけるのです! クズ共が剣や魔法を覚えるなんて、ただでさえおこがましいことなのに、勇者クラスなんて存在を許せるわけがありません! 私は正義の行いをしているのです!!」
最後の方は自分の言葉に酔って馬鹿笑いを上げた。
結局なんのために俺たちは狙われたのか、俺はデールの言っていることをほとんど理解できなかった。
「デール先生、あなたは……貴族至上主義者でしたか……」
「貴族至上主義で何が悪いのです? そろそろ放してもらえませんか? ……放してください。……放しなさい。……放せぇぇぇぇ!!」
デールが狂ったように、もがきだした。
「くっ、デール先生、諦めなさい。この拘束魔法からは逃れられません」
トバイアス学園長は両掌を向けたまま、デールの動きを封じている。
「さすがに学園長の拘束魔法を解くことはできないようね」
二人の様子を見ていたセシリアが言った。
「あ、ああ。学園の先生のくせに、とんでもない奴だな……。そういえば貴族なんとか主義って聞こえたが、何のことだ?」
「貴族至上主義よ。テツヤ君が住んでた地方にはあまりいないと思うけど、王都周辺には結構いるわ。貴族こそ選ばれし唯一の民。平民なんて貴族の奴隷で、人権を与える必要なんてないと唱えている人たちよ」
「平民は奴隷? 恐ろしく偏った考え方だな……」
セシリアの説明に俺は少し寒気がした。
貴族至上主義者とやらがどれだけいるか分からないが、勇者クラスが差別されていることと、根底に差はないのではないのかと思ったのだ。
自分を少しでも優位に立たせるために、他者を見下し迫害する。それが人間の本能なんじゃないかと感じていた。
「デール先生、いい加減に諦めなさい! グールで襲ったうえに、まだ何をしようと言うのです!」
拘束を解こうと足掻き続けるデールに、トバイアス学園長が言った。
「グールだと? どうりでクズ共が無事なわけだ。とっておきは勇者クラスの残りカスの方になったか!」
ん? 今のデールの発言。
俺はアレックス達の表情を確認すると、皆も同じこと気づいたのが分かった。
「てめえ! 今のはどういう意味だ!?」
ブラッドリーは立ち上がると、デールに詰め寄った。
「本当に忌々しいクズ共だ。誰に口をきいているのやら。まあ今回はクズの中のカスだけでも処分ができてよしとするが」
「デール先生、罠は一つだけじゃなかったのですか!?」
トバイアス学園長が声を張った。
「ヒッヒッヒッ、ちゃんともう一つ仕掛けてあるさ。今頃はカスの死体がいくつも出来上がってるに違いない!!」
「みんな、行くぞ!!」
デールの言葉が終わらないうちにアレックスが声を上げた。
罠がもう一つ残っているようだ。
デールをこのままにするわけにもいかないが、俺たちは危険を感じ取りクラスメイトの救援に向かった。
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