第35話 交渉
「君たち、勇者クラスのメンバーが私に何のようかね?」
俺たち5人が学園長室に入ると、学園長のトバイアスは全員を一瞥してから言った。
名前の通り学園長室というのは、元の世界の校長室と同じようなものだった。
部屋の奥に学園長の席があり、左右に何かの旗が飾ってある。片方は見た覚えがあるので、たぶん冒険者学園の学園旗だ。
その手前にはテーブルと椅子のソファーセット。
来客時はここで持て成すのだろう。
俺たちは学園長の席まで進み、5人で取り囲んだ。
「トバイアス学園長。今日はあなたに聞きたいことがあります」
「君は確かアレックス君だったね。はて、君たちと話すようなことはないはずだが」
トバイアス学園長は動じることもなく、突き放すように言った。
トバイアス学園長のレベルは28。
いくらアレックスやブラッドリーが1年生のわりに強いとはいえ、本当に戦ったら相手にならないだろう。
脅す選択肢は通用しそうにない。
「申し訳ありませんが、こちらには確認したいことがあります。例の契約についてです」
アレックスがそう言うと、トバイアス学園長は一瞬俺の方を見た。
なんでこいつがいるのだろうと言いたそうだ。
「……」
トバイアス学園長の言葉を待たず、アレックスは続けた。
「俺たちは学園との契約通り、勇者クラスに入り、授業もまともに受けず過ごしてきました。スキルアップの訓練はほぼ見学しているだけですし、模擬戦やダンジョン実戦は参加すらしてきませんでした。それなのに、なぜ全クラス合同の模擬戦やダンジョン実戦なんてものを開催したのでしょうか?」
「……」
トバイアス学園長は目をつむり沈黙を続ける。
「黙ってねえで何とか言えよ!」
ブラッドリーは我慢できず机を叩くと、トバイアス学園長は片目だけ開け、ブラッドリーを睨む。
「すみません、脅しているわけではありません。ですが、俺たちは今日、有料ダンジョンで死ぬところでした。なんとか生き延びることができましたが、一歩間違えれば命を落とすところまで追い込まれました。こんな目に合ったので、引き下がるわけにはいかないのです。トバイアス学園長、なぜ契約と違い、ここまでのことを俺たちにしてくるのでしょうか?」
アレックスの話を聞き終わると、トバイアス学園長は少し間をおいてから立ち上がった。
「君たちには、ちゃんと話してもいいかもしれませんね。君たちは自分たちの立場をわきまえ、学園との契約を受け入れたのだ。学園の現実を聞いておいてもいいでしょう」
トバイアス学園長は、背中を向け語りだした。
「この冒険者学園は貴族たちの寄付で成り立っています。そのため、貴族の生徒のために学園は存在し、平民はあくまでオマケでしかない。クラス分けも、優秀な貴族の生徒を魔王クラスから順番に入れていき、そのあとに平民の生徒を下のクラスに分けていっています」
俺の前にいたCクラスは、貴族と平民が半々だった。
どのクラスもそういうもんだと思っていたが、今の話を聞くとCクラスがちょうど境目だったようだ。
貴族の生徒は魔王クラスからCクラスに、平民の生徒はCクラス以下になるってことだろう。
「担任も上のクラスにいくほど優秀な人物を担当させ、下にいくほど無能な人物を。勇者クラスの担任は単なる事務員でしかありません。君たちなら理解していると思いますが、この国では貴族は優秀で選ばれた民だ。貴族が平民に劣るようなことはないし、平民が貴族に勝ることは許されないのです」
だいたいアレックス達の認識と合っている。
それで平民で優秀なアレックス達と契約をしたってことだな。
「それでも、君たちのように優秀な平民は稀に現れます。魔王クラスの生徒に匹敵するような平民の生徒が、数年に一度は出てきてしまうのです。そこで作られたのが勇者クラス。君たちのような生徒の才能を潰すために、勇者クラスは設けられました」
「ええ、そこまでは俺たちも何となく分かっています。じゃあ何故、強制参加の合同模擬戦なんてやったんですか?」
アレックスが最初の質問を繰り返した。
「……私は、これでも平民出身の教育者でね、君たちを差別しているわけではないのですよ。しかし、この学園で優秀な平民を育てるわけにはいかないのです。何があっても魔王クラスに匹敵する平民の存在は許されないのです。そこで私が思いついたのは、君たちに学園を辞めてもらうことでした。学園内で嫌な目に合うことで、君たちに辞めたいと思わせて、自分たちだけで冒険者を目指してもらおうと思ったのです。自主退学なら貴族の方々も諦めるだろうと」
なんだかもっともらしいことを言っているが、結構自分勝手な言い分だな。
結局アレックス達を放り出すってことだし、そのせいでケガ人も出している。はいそうですかって、納得できるような話ではない。
「今日の有料ダンジョンも俺たちを辞めるよう追い込むためのものだったんでしょうか? 正直、それ以上の悪意を感じますが」
「今日のことは、君たちへのお仕置きです。君たち、チェスター君に何かしましたね? 彼の父親であるアストレイ伯爵様から、君たちを危険な目に合わせるよう依頼が来ました。アストレイ伯爵家からはかなり多額の寄付を頂いているので、学園としては従うしかありません」
「そういうことですか……。ちなみに、もし学園を辞めたら支援金はどうなるんですか?」
「もちろん支援はなくなります。君たちのご家族がどんな苦しい生活をしていても、学園には関係のないことですから」
「でしたら、俺たちが学園を辞めることはありません。元の契約通り授業をまともに受けることもないし、チェスターたち貴族に手を出すこともしません。なので俺たちに干渉するのを止めてもらえませんか?」
やっと本題の交渉だ。
アレックスたちとしては、今まで通り授業をサボり強くならない素振りを見せるので、何もちょっかいを出さないでほしかった。
ただ、このまま飼い殺しにされる気はもうないので、休日のレベル上げは隠れて続けられるよう、学園側と不干渉までこぎつけたかった。
「それは難しいお話ですね。貴族の方々はもう君たちに目を付けています。君たちが晒し者にされたり、怪我を負ったりするよう、露骨な依頼が来るようになりました」
「おい、ふざけんなよ! てめえ何か? またオレ様たちを危険な目に合わせるってことか?」
ブラッドリーはトバイアス学園長の肩を引っ張り、こちらに向きを変えさせた。
「何だねブラッドリー君! 私は学園長ですよ!?」
トバイアス学園長が強い口調で言った。
レベルが倍ほど違うと、威圧感にブラッドリーが気圧されている様子だ。
さっきまでは平民にも寛容な教育者のような態度をとっていたが、今は強硬な姿勢に変わっている。学園を辞めないなら譲歩する気はないということだろう。
「先ほど言った通り、私自身は君たちを差別するようなことはありません。しかし、学園としては貴族の依頼を断る理由がないということです。学園長である私は、学園にとって最も賢い選択をする必要があるのです」
「くっ」
ブラッドリーが殴り掛かるんじゃないかと思う表情で睨む。
他の3人は諦めの表情が現れている。
このままでは皆、学園を辞めてしまうのではないだろうか。
学園からの支援金がなくなるとはいえ、今日のようなことが続くなら、学園に居続けることは難しい。
俺だったら、そんな我慢を続けてまで、学園に残ることはないだろう。
俺は、せっかく手に入れた仲間を失うんじゃないかと、不安に襲われた。
やっとの思いで仲間と認めてもらえたばかりなのに、彼らが学園から去ったら一からやり直しだ。
いや、彼らのいない勇者クラスなんて、残っていても仕方がない。
だからといって、彼らと一緒に学園を辞めたところで俺の帰る故郷はない。彼らにのこのこついて行くわけにもいかないし、もう絶望的だ。
俺にはここしかないんだ。アレックスたちがいる勇者クラスしか。
俺は、何がなんでもここを切る抜ける必要があると感じていた。
「トバイアス学園長!」
俺は不安を吹き飛ばすように声を張り上げた。
「さっきから君はなんなのです。関係ない者は出ていきなさい!」
トバイアス学園長だけではなく、皆が俺に視線を集める。
「関係ないなんてことはないです! 俺だって学園の生徒です! いくらここは貴族社会で、いくら貴族に寄付されているからって、今の話を見過ごすことはできません!!」
「何が言いたいんだね、君は?」
「ですから、そんな理不尽なことは受け入れられないと言っているんです! もし、アレックスの申し入れを断るのでしたら、今聞いた話、新聞に全部話します!!」
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