第33話 青春万歳

 目の前のエメラインの出血は止まりそうにない。

 傷は深いが、幸い腕や脚が切れたりしていないので、HPを回復さえすれば助かるはずだ。


 でも、このままだとエメラインは間違いなく死ぬだろう。

 それどころか、ミノタウロスに全員殺されるのは避けられそうにない。


 もう躊躇している場合ではなかった。

 『ユニークスキル』を使うことにより、この場を切り抜けることができるなら、このパーティから追い出されるようなことがあっても、今こそ使うべきだ。


 くそ! なんで俺は最初に使わなかったんだ!

 どうせ使うなら、最初から使ってれば、エメラインがこんな目に合うことはなかったのに。


 俺の『ユニークスキル』なら、最初から使っていれば被害を出さずにミノタウロスに勝てただろう。

 しかし、今から使ってエメラインは救えるのか、もう間に合わないんじゃないか、最悪の状況が頭をよぎった。


 ああ、もう!

 せめて恥ずかしい名前をなんとかしてくれよ!


 俺は、この世界に転生させ、『ユニークスキル』を自分に与えた存在を恨みながら、使う決心をした。


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 青春万歳

  スキル種別 ユニーク

  使用条件 一日一回まで

  効果

   友情パワーを全開にしてパーティメンバー全員のレベルを戦闘中のみ5アップさせる。発動させるには、両手を挙げ大声でスキル名を叫ぶ必要がある。

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「クソッたれが! 青春バンザーーーーイ!!」

 俺は両手を挙げた。


 一瞬、「何を急に言っているんだ?」というような顔で三人は俺を見たが、すぐに状況が変化しだした。


 全員の身体が輝きだすと、レベルが5上昇する。


「テ、テツヤ君、何をしたの!?」

 混乱したような表情をセシリアが見せる。


「あ、あれ? エメラインはどうしてたんですかー?」

 セシリアに抱きかかえられていたエメラインが、意識を取り戻し起き上がった。

 出血は止まり、刺さっていた大斧が抜け落ちる。


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 名前 エメライン

 年齢 16歳

 レベル 18

 種族 人間

 職業 僧侶見習い

 HP  86/221

 MP  145/268

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 よし。レベルアップによるHP・MPの上限値が増えた分だけ回復したようだ。


「え!? エ…………エメライン…………よかった…………。わああぁぁぁ」

 セシリアがエメラインの胸に顔をうずめ、また泣き出した。


 彼女がこんなに泣き虫だったとは。

 俺はセシリアの新たな一面を見た気がしていた。


「セシリアさん、大丈夫ですー。エメラインは元気でーす」

 エメラインはセシリアの頭を撫でながら立ち上がると、すぐに『ヒール』の魔法を唱えた。

 HPが半分以下になっている、アレックスとブラッドリーを回復させたのだ。


 凄いなエメラインは。

 こんな状況で、まずやるべきことを判断したようだ。


「てめえ、テツヤ、これはどうなってやがるんだ!」

 ブラッドリーが俺を睨んだ。


 彼の事だ、もう俺を『異世界人』と疑っているのかもしれない。

 だが、そう思われても仕方がなかった。『ユニークスキル』を使えるのは事実だし、これ以上隠すことは出来なかったのだから。


「話は後だ! 倒すぞ!!」

 アレックスが、冷静だが強い口調で言った。


 そう、その通り。今はミノタウロスを倒すのが先決だ。

 俺は武器を握り、再度戦闘に参加した。



「5レベル違うと、こんな違うものなのか……」

 俺は、その後の一方的な戦いに驚愕していた。


 立ち直ったセシリアの魔法は、ダメージが1.5倍ぐらいに上がっている。

 初めて気づいたが、ダメージが大きくなると、魔法を喰らったときモンスターが怯んで隙が大きく出来るようだ。


 近接戦では、どこから出したのか、いつの間にかミノタウロスは別の大斧を装備していたが、その攻撃をアレックスはあっさり跳ね返す。

 巨体のミノタウロスがアレックスに力負けするようになった。


 シーフ見習いであるブラッドリーは、まったく攻撃を受けなくなっていた。

 敏捷性が高くなり、そのスピードにミノタウロスがついていけてないようだ。


 俺はというと、『鉄の棍棒』で与えるダメージは一応増えていた。

 増えてはいたのだが、レベルが上がる前のアレックスやブラッドリーよりも少ないのだ。

 武器が悪いのか、スキルレベルが悪いのか分からないが、5レベルも上がってこれだと、俺が攻撃で活躍するのは難しいのだと改めて痛感させられる。


「とどめだ!」

 アレックスの剣が、ミノタウロスの身体を貫くと、残りHPが0になった。


「グオォォォォッ」

 断末魔が聞こえた。


 俺たちは、ついにボスモンスター『ミノタウロス』を倒したのだ。




「あははははははは」

 先ほどまで泣いていたのが噓のように、セシリアが笑い転げる。


「ちょ、ちょっと……。そんなに笑わなくても……」

 俺はどんな表情をすればいいか分からなかった。


「だ、だって、聞いた? あはははは、何さっきの? あはははは、『青春バンザイ!」とか急に言い出すんだもん、あはははは!!」

 セシリアはお腹を抱えている。


「俺も言いたくて言ってるわけじゃ……」


「まさかテツヤ君から、あんな恥ずかしい言葉が出るとは…………あははははははは! ダメ、止まんない!!」


「はあ……」

 恥ずかしいって言うなよ、自分でも分かってる。


「あ~あ、笑った。それにしても、『ユニークスキル』なんて隠し玉もってるなんて、さすがにビックリしたなぁ」

 セシリアは笑いが収まると、涙を拭いながら言った。


「ま、まあ……」


「おかげで助かりましたー。テツヤさんはエメラインの命の恩人でーす」

 エメラインが笑顔で俺を見た。

 破れた神官服から素肌が見え隠れして、目の置き場に困った。


 ああ、それにしても良かった。

 もう一度、エメラインの笑顔を見ることが出来て、本当に良かった。


 俺は心からそう思った。

 『ユニークスキル』のせいで、このパーティから抜けることになったとしても、この笑顔を取り戻せただけで、後悔することはない。


「『ユニークスキル』か。聞いていたとおり凄いものだな。テツヤがいなかったら、俺たちは全滅していただろう」

 アレックスが静かに言った。


 言葉のわりに、感謝している表情じゃない。

 やはり『異世界人』だと疑っているのかもしれないな。

 また、あの時みたいに剣を向けられるのだろうか。


 俺は責められることを覚悟した。

 本当はこのパーティから抜けたくない、そう感じていることに自分でも気づいていたが、もう遅かった。今回は仕方なかったのだ。


 そろそろブラッドリーが何か言うかもしれない。俺は彼を探した。


「テツヤ……」


 辺りを見回すと、音もたてずブラッドリーがすぐ近くに立っていた。

 さすがシーフ見習いだなと、俺はどうでもいいことに感心した。


「こ、の、ボンクラがぁ!!」


 俺はブラッドリーに殴り飛ばされた。


「ってえ……!?」

 俺は殴られた痛みに思わず言い返そうとしたが、言葉を止めた。

 言い争ったところで、俺は何を言い返せばいいのか分からなかった。


「てめえ……、なんで最初から使わなかった! なんで今まで隠してやがった!!」

 ブラッドリーは、俺の襟を掴み引き寄せた。


 スキルの名前が恥ずかしかった、なんてのは言い訳だ。

 『異世界人』と疑われるのが嫌だった。いや、『異世界人』と自分で認めたくなかったのかもしれない。


 ブラッドリーはいつも以上に感情的だか、『異世界人』ってことに怒ってるのか? それとも最初から使わなかったせいで危険な目に合ったことに怒ってるのか?


 どちらにしても、ブラッドリーに言う言葉を持ってない。

 俺はブラッドリーから目を逸らした。


「バカ野郎がぁぁ!!」

 また、ブラッドリーが俺を殴り飛ばした。


「くっ……」


「てめえはどうせ、『異世界人』て疑われるんじゃないかと思って躊躇してたんだろうが!」


「な!?」

 俺はブラッドリーを見上げた。


「バカにすんのも、いい加減にしろ! てめえは! 俺たちを! 何だと思ってやがる!!」

 ブラッドリーは倒れた俺に何度も殴り掛かってくる。


 俺の回避レベルでは、どうせ避けることは出来ないのだが、俺は避ける気が起きなかった。

 殴っているブラッドリーの表情が、俺には寂しそうに見えたのだ。


「そこまでだ!!」

 アレックスがブラッドリーを止めた。


「ブラッドリー、もういいだろう」


「チィッ」

 ブラッドリーは肩で息をしながら、俺に背中を見せた。


「いいか、テツヤ……」

 アレックスが膝をつき、耳元で囁いた。

「今回、仲間を信じなかったのは、お前の方だ」


 !!!


 セシリア達を見ると、寂しそうな表情で俺を見ている。


 そうか、そういうことか。

 この夏、これだけ一緒に過ごしてきたんだ。俺たちはもう……。


 ブラッドリーに殴られた頬が痛かった。

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