第32話 ミノタウロス戦
それから、俺たちは自分ができることをひたすら繰り返した。
アレックスは強力なミノタウロスの攻撃に、怯むことなく立ち向かう。
少しでも多くダメージを与えるためと、周りにターゲットが向かないようにするためだ。
ブラッドリーは、回避できるよう距離を取りながら攻撃を続けた。
アレックスほどの防御力がないので、ダメージを受けないように気を付けている。これはエメラインの負担を減らすためでもある。
セシリアは『エアシュート』と『アイスアロー』を交互に繰り返す。
MPが尽きるまで撃ち続けるつもりだろう。
エメラインはもちろん回復に専念。
アレックスだけじゃなく、ブラッドリーや俺のHPが半分を切ると、すかさず回復をしてくれた。
彼女がここまで忙しい戦闘は初めてだ。
そして俺は、『ブロック』と『グランドパワー』が切れないようタイミング測りながら上書きをし、攻撃をする時はなるべく反撃されないように気をつけて棍を叩きつける。
与えるダメージはほんのわずかだが、俺に出来ることは他にないのだ。
戦闘は均衡状態が続いているように見えた。
俺たちはエメラインの魔法で回復し、ミノタウロスは少しずつHPが減っている。
このままいけば、いつかミノタウロスを倒せる。
一見、そう見えた。
だが、『慧眼』のある俺には、この戦闘の結果が見えてきていた。
このままいけば、ミノタウロスのHPがなくなる前に、俺たちのMPが尽きるのが先だ。
すぐにセシリアのMPは尽き、攻撃魔法の援護はなくなるだろう。
さらにエメラインのMPも尽き、回復させることができなくなる。
そして俺のMPも尽き、補助魔法の効果が切れてしまう。
まずいな……。このままじゃミノタウロスのHPを3分の1ぐらいに減らすのがやっとだ。
どうする? どうする?
俺は打開策がなく、焦りを感じていた。
こんなことなら、高額でもMP回復ポーションを買っておけば良かったと、今さら意味のない後悔すら出てきた。
「ウオオォォォォォォォォッ!!」
そうこうしているうちに、ミノタウロスのHPが半分を切ると、突然様子が変わり大きな遠吠えを放った。
「何かする気だ! 気をつけろ!」
アレックスがそれに気づき声を出した。
俺は慌てて武器を構えなおした。
何が起ころうと、少しでも受けるダメージを減らせるよう警戒する。
ミノタウロスは持っている大斧を大きく振り上げた。
俺の警戒心が極限まで高まる。
俺の位置はミノタウロスの背後。距離も少しあるので、あれが届くようなことはないはずだが。
後ろの俺まで届く範囲攻撃を俺は警戒していたが、ミノタウロスは想像と違う攻撃をしてきた。
もう少しちゃんと調べていたら、このダンジョンのミノタウロスは、HPが半分以下になったらそういう攻撃をすると分かっていたのだが、突然の戦闘に巻き込まれた俺たちは、まったく下調べがない。
ミノタウロスはそのまま大きな斧を投げつけると、一番離れた位置にいたエメラインに直撃した。
「きゃあぁぁぁー!」
セシリアの悲鳴がボス部屋中に響く。
離れていても、『慧眼』持ちの俺には見えた。
表示されたダメージは125。
エメラインのHP最大値は137……。
「エメライン!? くそがぁぁ!!」
ブラッドリーがミノタウロスに飛びついて短剣を振り回す。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
アレックスも雄叫びを上げ突進する。
二人とも、仲間を傷つけられ怒り狂っている様子だ。
俺はすくんだ足をなんとか動かし、エメラインに近づいた。
「ダメ! 死なないで! エメライン、死んじゃダメェ!!」
セシリアは泣きじゃくりながら、出血の酷いエメラインを抱えて薬草を使っている。
なんて気丈な女の子なんだろう。
俺なんて、手が震えて鞄から薬草をうまく取り出せないでいるのに、セシリアはすぐに取り出してエメラインに与えている。
それでも、エメラインの命が消えかかっているのを、俺は見えていた。
薬草の回復より出血によるダメージが上回っているようで、少しずつHPが減っていく。
「どうしよう!? どうしよう!?」
セシリアもそれを感じているのか、絶望的な表情で涙を流している。
回復魔法が使えるのはエメラインだけだ。
そのためエメラインをすぐに回復させる手段が俺たちにはない。
ポーションなら瞬間的にHPを回復させられるが、そこまで準備する時間はなかった。
セシリアのMPはもうほとんど残っていない。
俺も最後の『ブロック』と『グランドパワー』を使ったので、今のが切れたら終わりだ。
アレックスとブラッドリーは善戦しているが、HPを回復することができないので、あとはジリ貧。
このままでは、俺たちは全滅してしまう。
ゲームと違って、セーブポイントからやり直しというわけにはいかないだろう。
俺は大きく後悔していた。
この世界に来て半年近く経っていた。
最初の頃はスキルのことをよく知らず、そのせいで勇者クラスに落とされてしまった。
だが今は、学園の授業やセシリアから教わることで、スキルの仕組みをだいぶ知ることができた。
そう、この世界のスキルは、大きく三つに分かれていた。
一つ目は『コモンスキル』。
この世界に住むすべての人々が生まれつき持っているスキルで、戦いだけではなく、生活に必要な全てがこの中にあった。
能力の高さはスキルレベルで表され、繰り返し使うことでレベルを上げることが出来た。
二つ目は『エクストラスキル』。
『コモンスキル』の上位スキルにあたり、『慧眼』のように生まれつき備えられている場合もあるが、基本的には訓練をすることで身に着けるスキルだ。
冒険者が使うような『エクストラスキル』なら、戦士ギルドや魔法使いギルドにお金を払い訓練するのが一般的だ。
『コモンスキル』のようにスキルレベルはなく、持っているだけで能力は全て同じか、基礎パラメータによって能力が変わったりする。
上位の冒険者になると、どんな『エクストラスキル』を習得しているかが、重要な要素になってくるらしい。
そして、三つめは『ユニークスキル』。
『エクストラスキル』の上位スキルにあたり、かなり大きな効果を期待できる。
もし戦闘用の『ユニークスキル』があるようなら、どんな状況でも一発逆転すら可能だった。
ただ『エクストラスキル』と違い後から身に着けることはできず、生まれつき持っているケースしかない。
と言っても、『ユニークスキル』を持っているのは極めて稀であり、実際、歴史上それが確認されたのは数える程度しかいないようだ。
しかも、そのうちの九割が『異世界人』という。
『異世界人』。この世界では勇者と並んで忌み嫌われる存在。
最初に『異世界人』と疑われた時は、なんて迷惑な話だと思っていた。
たまたま『異世界人』が必ず持っている『慧眼』を俺も持っていたため、『異世界人』扱いされた。
だが、転生したばかりの俺は二十年近く前に現れた『異世界人』とは間違いなく違うので、エメラインの嘘を見抜く能力により、疑いを晴らすことが出来た。
おかげで、少しずつだがアレックス達に受け入れられていった。
しかし、『ユニークスキル』を知ることで、俺の考えは変わっていった。
たしかに俺は、その二十年近く前に現れた『異世界人』とは違うが、そいつらは俺のように異世界転生して来た奴らなんじゃないかと思うようになった。
逆に言うと、異世界転生してきた俺は、やっぱり『異世界人』なんじゃないかと考えるようになっていた。
『異世界人』と思われて、また皆に嫌われるのは辛かった。
やっとアレックス達と縮んだ距離が、また離れるのが嫌だった。
だから俺は、アレックス達にずっと隠してきた。
『ユニークスキル』を持っていることを。
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