第29話 不老不死探偵の助手 其の拾
「おい、起きろ。小僧、起きやがれ・・・」
どこか遠くから聞こえてくる声に、深いところから引き戻される。
あれ、なんだろう。オレ、なにしてるんだっけ。
「いつまで寝ている。目を覚ませ」
頬をなんどか叩かれている。
ああ、眠っていたのか、オレは。
そこでハッと目を開けた。
そうだ、ラスプーチンに捕まって。
「やっと起きたかよ」
顔を上げると、見覚えの無い男がランタン片手に、椅子に捕縛されているオレを見下していた。
「頭からの伝言だ。店に置手紙をしておいた、だと。テメェのご主人様が直ぐに駆けつけてくれるといいけどな。そしたらそいつを待ち構えてとっ捕まえればお仕舞だ」
皇国人だから、言葉が通じて助かる。
「おい、まさかオレを人質にしたのか?」
「だろうな。まぁご主人様が見捨てずにちゃんと来てくれることを祈れ」
男は下卑な笑いを漏らし、踵を返した。
「ご主人様なんかじゃねぇよ!」
「ふん、ほざいてろ」
男は出口へ向かう。
いや、待て待て。そういうことじゃないんだ。
師匠に、オレを人質にした、なんていったら。
それは、なんていうか・・・。
だいたい今何時なんだ? オレはどれくれい眠らされていたんだ?
師匠がその置手紙に気付くまでに、あとどれくらいの
バーン‼
突然の轟音と閃光。
「わっ!」
オレは叫んで一瞬目を瞑った。
なにかが上から落ちてきた。おそらく天井が崩れたんだ。
目を開けると、辺りに立ち込める煙、天井に開いた穴から射し込む光。
床を埋める木材は、所々燻り、焦げた臭いが立ち込めている。
いったいなにが起きた。
『さて、トキジク。ここが目的の場所で合っているのか?』
『おいおいおい、なんだよコレ。全然空飛ぶ絨毯じゃないだろ!』
支那語? 今、トキジクって・・・。
『えぇい、いちいち五月蠅いヤツだ。最初から違うといったろう』
この声。
煙が外からの風で薄れていく。
そこに現れたのは、支那風の服を着た知らない男と、見慣れた玄女と、トキジクさんの姿だった。
「し、ししょ」
「お、いたいた。なんだそんなところで、椅子に縛り付けられているとは。なるほど、迷惑をかけた償いに、俺にキツイお仕置きをされるのを待っておるのだな? 実に良い心掛けだ。褒めて遣わす、我が忠実なる下僕よ」
あああ、この雰囲気、やっぱり。
しかし、クソ、煙と埃が目に染みて。
「む、泣いておるのか、下僕よ⁉」
「そんなんじゃねーっすよ! ていうかもしかしてあの絨毯使ったんすか⁉ あれ移動先に雷落として滅茶苦茶にするから危なくて使えねーっていってませんでしたっけ⁉ もうちょっとズレてたらオレに直撃だったんじゃないすか⁉ こわ、コワイ‼」
「仕方なかろう、急いでいたのだ。悪の手先に囚われの身になり、恐怖で震えている哀れな下僕を助けるためにな。まぁ泣いて喜んでいるならワシの苦労も報われた」
そういって師匠は、とてもとても厭らしい笑みを浮かべながら、オレの顎に指を添え、顔を上げさせた。
「ん? どうした。嬉しくて言葉も出ないのか?」
違う違う違う、これはトキジクさんじゃない。こんなのは断じて違う。
だけどだけど、顔がカッと熱くなって、胸の高鳴りを抑えられない。
「と、トキジクさん。また、昔の人格がぶり返してますよ・・・」
「なにをおかしなことを。照れを必死でかくしている顔もかわいいぞ」
ちょ、ちょっと、顔、近い近いちか・・・。
「おい貴様ぁ!」
トキジクさんたちが現れる前に居た男が、我に返り急に立ち上がって叫んだ。
間髪入れず、師匠は銃で男の胸を撃ち抜いた。
「他人の逢瀬を邪魔するとは、なんとも無粋であるなぁ」
トキジクさんはオレを見据えたままいった。
『トキジク、君はいきなりなにをしているんだ!』
背後の支那服の男が叫んだ。
『あんまり煩いと、お前も撃つぞ』
『な、なんだと!』
こんな冷酷無慈悲な人は、トキジクさんであってトキジクさんじゃない。
ずっとずっと昔はそうだったのかもしれないけど、今は違う。
オレの知っているトキジクさんは、オレをこんな風に弄んだりなんかしない。
こんな悪魔的な魅力で、オレを所有して支配して我が物にしようとなんてしない!
「さて、静かになったところで、再開と契約の接吻でも交わそうぞ」
「違う」
「なに?」
「あんたはトキジクさんじゃない!」
オレは咬みつかんばかりに言い放った。
顎を押さえられたまま、じっと目を睨み付ける。
一瞬だけ、トキジクさんの瞳が揺れた気がした。
「残念だが、この俺も全部ひっくるめて俺なんだ。だから俺の話した言葉、俺の行った行為、それらはいつだって俺の正直な心の現われだ。お前に否定されても、拒絶されても関係ないことだ」
トキジクさんはそういって、オレの顎を引き寄せ、顔を近づけ・・・。
『なぁトキジク。お取り込み中すまないが、さっき撃ち殺した男が立ち上がってきたぞ』
玄女が背後から声を掛けてきた。
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