妖精の絃

片喰藤火

妖精の絃

ヴァイオリン占いでジョヴァンニ・バティスタ・ガダニーニだったので、この物語を考えました。



妖精の絃

                     片喰藤火


大きな国と大きな国の間に、音楽が盛んな小さな国がありました。そこにヴァイオリン職人のガダニと言う人が住んでおりました。


ガダニは気難しく、かんしゃく持ちで、周囲にあまり良く思われる人ではなかったのですが、ヴァイオリン製作の腕は確かだったので、お客さんが途切れることはありませんでした。

その日は自分の楽器製作の仕事ではなく、お客さんの依頼で駒の交換と絃を張り替える仕事をしていました。

駒の成形を終えてガット絃(羊の腸を細く裂いて依り、絹や銀などで巻いた絃)を張っていた所、f孔の中にひょろりと変にきらきらとした不思議な一本を見つけました。


「何だこれは」と、いじくっていましたら、どこにでも吸い付くように絃が張れる事に気が付きました。

試しに鑿と小刀に絃を張って弓で弾いてみたところ、先ほどの駒を削っていた時の作業の音が聞こえてきました。

どうやらこの絃は何でも楽器にしてしまう力を持っているようです。


机と椅子に張ってみたところ、トンカントンカンと職人が作っていた頃の音が響きました。

本と本に張ってみたところ、物語を奏でる音が響きました。

海の絵と鳥の絵に張ってみたところ、波の音と鳥の鳴き声が響きました。


――これは面白い。


 次は何に絃を張ってみようかと考えていると、職人のアマテが工房に入ってきました。

「親方。新しい依頼の……。何をしているんです?」

「おお。ちょっとこっちへ来い」

 ガダニはアマテを呼び寄せ、右手と左手に不思議な絃を張って弓で弾いてみました。


――まったく親方は、依頼が立て込んでるんだから遊んでる場合じゃないのに。

――だいたいなんでいつも俺ばかり怒られるんだよ。

――不愛想でぶっきらぼうで、来なくなったお客さんは数知れず。


「な、なんですかこれ」

 アマテは自分の声が響いたことに驚いて冷や汗をかきました。

 先程まで楽しそうだった親方の表情が変わり、片方の眉をひくひくとさせて怒っているのです。

「お前はそんな事を思っとったのか」

「いやいやいや。俺、言ってませんって。ちょっとは思ったりはしてましたけど……」

「いいから出ていけ」

 アマテはとりあえず謝ってから凄い勢いで工房の外へ逃げ出しました。

 しかしアマテは親方に怒鳴られるのには慣れていたので、小一時間外でぶらついてからまた工房に戻ればいいかと、然程気にせずに散歩に出かけました。


 アマテは時間を潰そうと街の本屋へ寄ってみました。本棚からおとぎ話の本を手に取って読んでみました。

 そこにはヴァイオリンの中に棲む妖精の話が載っていて、その妖精は時々ヴァイオリンの中に絃をわざと一本残す悪戯をするそうです。

――あの絃はひょっとしたら妖精の絃かもしれない。

 そう思いながら続きを読むと、その絃は物が聞いてきた音を響かせたり、人や動物の思いを響かせる絃で、その絃の音色に取り付かれた人は、音に吞み込まれて死んでしまうという結末でした。

 アマテは嫌な予感がしたので急いで工房へ帰る事にしました。


「親方!」

 工房へ入るとガダニは居ませんでした。さっきの絃と弓もありません。

アマテは念の為にと絃を切る小刀を持って親方のガダニを探しに行きました。


 一方ガダニは工房から出て、街の街灯や寝ていた野良猫、建物や看板。目に付くものに絃を張っては音を聞いて楽しんでいました。

 小高い丘で一休みしている時にふと「この大地はどんな音がするのだろう」と思ったので、地面に片方を張って、もう片方をどこに張るかときょろきょろと辺りを探しました。近くに錆びた鉄くずの塊が落ちていたので、それにくっつけて絃を張りました。


――なんと素晴らしい。これが地球の音楽なのか。


聞き惚れていると、なにやら雑音が混じってきました。それは銃弾の音や人の悲鳴や建物が崩れる音でした。

 昔この丘は、大きい国同士が争っていた戦場だったのです。そして、ガダニが絃を繋いだ鉄くずは戦車の破片だったのです。

 ガダニは急いで弓を放しましたが、鳴り止みません。

耳を塞いでも聞こえてくる戦争の音に気が狂ってしまいそうになりました。

 その時、戦争の音の外側からアマテが叫ぶ声が聞こえてきました。

「おやかたぁ―」

 アマテはガダニに急いで駆け寄り、ブチリと絃を切りました。

 切ると同時に戦争の音は消え、辺りにはそよぐ風の音と穏やかな小鳥の鳴き声が響いていました。

「親方。大丈夫ですか?」

「ああ……」

 アマテは、ガダニが遊んでいた絃は妖精の絃と言う物だったことを説明しました。

 切れた絃の片方がアマテの人差し指と親指に張り付いていて、そこにガダニの持っていた弓が倒れそうなのを支えた時、スッと音が響きました。


――親方が無事で本当に良かった。


 その言葉が響いたあと、切れた妖精の絃はふわりと消え去りました。

「おまえ……」

「いや、その、あの。そんな事よりも早く戻って仕事してください」

「わかった。わかった。さっきは怒鳴って悪かった。それと、助けてくれてありがとう」


 アマテは親方への不満は思うよりもちゃんと口に出して言おうと思い、ガダニは思っている事を知るよりも、ちゃんと口に出した言葉を信用しようと思いました。そして少し自分の短気を直そうと反省したのでした。



――おしまい――



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妖精の絃 片喰藤火 @touka_katabami

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