第29話 本屋さん
俺たちは順当に駅までたどり着き、さらに電車に乗って二十分ほどで都心へ。スマホナビによると、目的地の書店まではあと徒歩十分。開店まで時間があるため、少しその辺をぶらついた。
その間、卓磨と別れるための作戦会議のようなものもしたのだが、概ねなにげないおしゃべりをすることになった。
程良い時間になったところで、目的地への移動を開始。スマホのナビを頼りに細い路地を抜け、待ち合わせにしている書店、『鏡の森』に到着する。
一般的なマンションの一室を店舗に改装したような作りになっていて、個人経営のこじんまりしたお店だった。店長の選んだ特徴的な本が置かれていてラインナップが面白い、らしい。岬先生の提案でここに集合となった。
本当にここは書店なのか? と疑いつつ店内へ。ざっと見回すと、カウンターの奥に二十代後半くらいの女性がいるだけで、他に人はいない。待ち合わせよりはだいぶ早くついていたので、まだ岬先生の姿はなかった。
物珍しさにきょろきょろと辺りを見回すと、神坂さんも感心した声を出す。
「へぇ、なんだか面白い書店だね。本屋って言ったらチェーン店みたいなのしか知らなかったから、こんなところ初めて」
『ぐぬぬ。すごく味のあるお店なんだけど……。やっぱり先生は経験値が違う。わたしじゃこんなデートスポットは思い付かないよ……』
「確かにこんなところは初めてだな……。店長セレクトの本屋なんてあるんだ……」
一般的な書店なら、新刊だとか人気の本だとかを入荷して販売するのだろう。ここでもそういう本はあるのだけれど、店長の趣味で選んだ古本も多数並んでいて、そのセレクトが特に面白いそうだ。確かに、人気作もあるが、なんだかよくわからない本もたくさん。
また、本の置き方も独特で、通常の平置きだけじゃなく、小型観覧車みたいなものに陳列されているものもあった。他にも、福袋的に中身がわからないよう包装されているものまである。後者については、悲しい気分のときにはこの本を、という紹介文だけが添えられ、開封するワクワク感も楽しめるようだ。
「あ、画集も色々あるみたいだよ」
「本当だ。気になる……」
俺はイラストを書いているため、画集を眺めるのが結構好きだ。気に入ったものがあれば実際に購入することもある。
新しいものから少し古いものまで、ラインナップは様々。日本のものも、洋物も様々。俺は海外のものにはあまり詳しくないが、日本とは根本的に違う系統の絵柄も好き。
ただ、やはりざっと見て目に付くのは、親しみのある日本のものだ。
「男鹿和雄さんの画集とかもあるのか……。ちょっと古いのにな」
俺が口にした名前を、神坂さんは知らないようで。
「男鹿和雄さんって誰だっけ?」
「ジブリ作品の背景を描いてる人。すごく精緻で綺麗なんだけど、ただ綺麗なだけじゃない。絵なんだけど、写真よりもどこかリアルで、その上写真よりも温かみを感じるのが魅力的なんだ」
「へぇ……」
その一冊を手に取り、パラパラとめくってみる。俺はプロになりたいわけじゃないけれど、こんな絵が描けたらいいなと、心底羨ましく思う。
「あ、確かにこんな背景見たことある。へぇ、アニメって、色んな人が協力して一個の作品を作ってるイメージだったけど、一人で背景を作ることもあるんだ?」
「まぁ、もちろん、一人でアニメに必要な背景の全部を描いたわけではないだろうさ。美術監督だし」
「そっかー」
『わたしからすると、なんか綺麗だな、くらいだけど、イラストを描く人からするとなんか違うんだろうな。たぶん、藤崎君と同じ目線では見ることはできない。……綺麗だな、って思えたら、それでいいのかな』
「あ、悪い、こんなの見せられても、描かない人にはよくわからないよな」
「ううん。藤崎君が夢中になってるの、なんか見てるだけで楽しいから」
「そうか? ふぅん……」
『うーん、それとなく好意を伝えてるんだけど、これじゃ伝わらないかぁ……。伝えていいかもわからないから控えめだけど、伝えたかったらはっきり言わないとダメね』
はは。わからないふりをするのも大変なんだけどな。わからないフリだけは気づかれないから、俺ってそういう才能だけはあるんだろうか? ……なんの才能だよ。
「ちなみに、藤崎君は、こういう美少女イラストとかは好みじゃないの?」
「古いな……。いとうのいじさんの、まだ初期の画集だ……。『灼眼のシャナ』……」
昔々にどっかの古本屋で見た覚えが……。なんだか懐かしい。流石に新品ではないよな、と思ったら、やはり中古だった。新品も中古も織り交ぜて置いてあるのはかなり特殊だな。
「俺だって美少女イラストも好きだよ。もちろんな。でも、俺はどちらかというと……こっちかな。米津玄師さんの『かいじゅうずかん』とか、出水ぽすかさんの『POSTCARD PLANET』」
「なるほどー。可愛い可愛いした感じじゃなくて、味のある感じがいいんだね?」
「だいたいそういうこと。でも、神坂さんはあんまりイラストとか興味ないだろ? こういうの見てもわからなくないか?」
「直感的に、これいいな、っていうのくらいはわかるよ。わたしも藤崎君が好きなやつ、好きだよ」
『藤崎君のことも好きだよ』
おまけみたいに続けるな。不意打ちでドキッとしちまうだろ。
「……そっか。なら、いっか」
「うん。いいのいいの。あ、なんか見たことある絵柄。ミュシャだっけ?」
「ああ、うん。あれはミュシャだね。画家なんだけど、イラストみたいな絵が有名かな」
「ああいうのも綺麗だよね。結構好き」
『こういう、アート的なものを愛でる雰囲気、卓磨とはないなぁ。卓磨って完璧にスポーツマンだもんね。あとはゲーム。こういう、スポーツ観戦とかにはない盛り上がり方、新鮮で楽しいな』
『……あれー? なんで藤崎君は女の子となんだかいい雰囲気になってるのかな? 神坂さんだよね? 藤崎君の友達の彼女。偶然ここで会った……ってことはない、よね? わざわざこんなところに来るタイプではなさそうだし。もしかして、藤崎君のストーカー? ってのもまぁないか。なら、一緒に来たってこと? 私とのデートのはずなのに? ……なんでそんなことになっちゃったのかなー? 藤崎くぅん?』
あ、岬先生が来た。表情はわからないが、不機嫌そうなのはひしひしと伝わってくる。
ごめんなさい、岬先生……。俺が悪いんです……。
申し訳なく思いながら、岬先生の接近を待った。
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